脳うどん地獄

◇2022/1/6(木) 雪◇




 冬北高校に放課後がやってきた。

 俺は友達と別れたら部室棟へ直行。こたつ部の部室の扉を開け、挨拶をする。


「おすー」

「あっ、熱騎あつき先輩。こんにちは」


 後輩のぬくもちゃんは既に掘りごたつに入ってぬくぬくしていた。俺もカバンを置き、対面に入る。


「あったけ~……」

「そうですね~……」

「人類史最大の発明、それがこたつ……」

「ヒトはこたつを作り出すために文明を発展させてきたんですね……」

「「ふあ~……」」


 ふたりして、こたつで溶けていく。表情筋がゆるゆるになるが、ぬくもちゃんの胸元を見てしまい、俺の顔は北斗の拳みたいな劇画調になった。

 机に、胸が、乗っている。

 今のぬくもちゃんは背筋を曲げているからだ。

 でかいなー。

 やっぱそんだけあると肩とか凝るんかなー。

 っと、ダメダメ。下世話なことは考えるな。円周率を暗唱して心の平静を保とう。

 π=π=π=π=……


「……先輩、どこ見てるんですか……」

「はっ」


 しまった。北斗ガン見拳がバレた。

 ぬくもちゃんは胸元に手のひらを置き、ジト目で非難してくる。


「先輩もおんなじですね……視線がきしょい男子たちと」

「すみませんでした……」

「謝れるところは他の男子とは違いますね。謝れるタイプのきしょい男子ですね」

「結局きしょいんだ」

「先輩みたいなきしょだんが行く地獄の名を知っていますか? 脳うどん地獄です」

「詳細を聞きたくない字面すぎる」

「脳をうどんに、頭蓋骨を器にさせられ、永遠にすすられ続けます」

「香川県民しか耐えられないじゃん……」


 お互いに話題を逸らしたいところだ。俺は「やっぱりさ」とみかんを剥きながら喋る。


「ぬくもちゃん、実はコミュ症治ってるでしょ」

「え……天地がひっくり返ってもそれだけはあり得ませんけど……」

「そんな? いやいや治ってるって。どんどん喋るし、冗談も言えるし。あと足りないのはクラスメイトに話しかける勇気だけだよ」

「無理……です」

「そうかー?」


 ぬくもちゃんの表情に陰がさす。うつむくと、前髪が黒縁眼鏡を隠した。

 こたつの下でもじもじと手を重ね合わせているからか、両腕に挟まれた胸が少しだけ『むにゅ』と形を変えた。

 俺は劇画調になった。


「ずっと、友達なんていなかったから……いまさらクラスメイトと話すなんて、無理です。こんな、心の醜い人間を受け入れてくれる人なんて……。……でも……そんな私でも、熱騎先輩は……。…………あの、その、せ、先輩が、応援してくれるなら、私……!」


 ぬくもちゃんが顔を上げた。

 俺の視線に気づいた。

 ジト目。


「脳がうどんになってますけど大丈夫ですか?」

「地獄に落ちた!! わ、悪かったって、蹴らないで痛いから、痛っ痛い痛たたた」

「大丈夫ですよ。先輩がゴミクズの変態でも、まあ人権は…………ある、かな? あるかもしれませんから」

「断言して!! 悲しくなる」

「まるでゴミクズ変態にも心があるかのような言い草、滑稽ですね。初笑いです」

「そんな酷い初笑いあるか? てか俺は変態じゃない!」

「変態ではないと。わかりました。あ、ゴミ箱はそこにありますので入っといてください」

「ゴミクズでもねえ!!」

「ひぃ! 喋る生ゴミ!!」


 俺は悲しみに打ちひしがれた。


「視線がキモかったのは悪かった、ごめんね……」

「……いいんですよ。あまり気にしてません」

「気にしてない割には当たりが強かったが……」

「思春期って、好きな人にはちょっかいをかけたくなるらしいですよ」


 えっ?

 うつむいていた顔を上げる。


「……つまり俺のことが、す、好きってこと?」

「いえ、嫌いですが」

「夢見てすみません」

「もう……いやですね先輩。冗談に決まってるじゃないですか。好きですよ、せーんぱいっ」

「えっ! お、おお……」

「肥溜めよりはの話ですが」

「めちゃめちゃ下位じゃねーか」

「ほら、先輩? 女の子が好きって言ってあげたんですから、男の人はしっかり応えてくださいよ」

「肥溜めよりマシレベルの好きに対して?」

「告白は告白です。さあ、お返事をください。莫大な不労所得も添えて」

「はあ……。不労所得はないけど。でもまあ、ぬくもちゃんのことは好きだよ。ちょっと地味だけど、そこが可愛いよな」

「ッア」


 ぬくもちゃんが喉から変な音を出した。

 かと思うと、こたつ布団を持ち上げて自分の顔を隠す。

 その状態のまま、ぬくもちゃんの毒舌が炸裂する!


「ばか。ばーか。しね。かす」

「照れてんの?」

「うるさいばかしね」

「好きだぞ~ぬくもちゃん。BIG LOVE。可愛いぞ~」

「ばかばかばかばかばか」

「まあ……」


 俺も俺で顔を赤くしながら、反撃をキメた。


「肥溜めよりはだがなァ!!」


 ぬくもちゃんの黒タイツ・アルティメット・キックが脛に直撃した。俺の足の骨は粉砕され、選手生命は絶たれたのであった。

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