冬北高校こたつ部日誌 令和

かぎろ

2021年度こたつ部活動記録

2022年

令和のこたつ部

◇2022/1/5(水) 曇りのち雪◇




 窓の外にはちらちらと、白い光が降っている。正月の間に積もった雪の山を、ほんの少しずつ大きくする粉雪だ。寒そうだな。こういう日だから、やっぱりこたつはありがたい。

 今年も俺は冬北高校の謎部活・こたつ部でぬくぬくとしていた。

 掘りごたつの中に足と手を入れて、半纏を羽織り、机にこてんと頭を置いて窓を眺める。時間は放課後。あと数時間はのんびりできる。

 逆に言えば、数時間後には家に帰らなくてはならない。

 雪の中。

 足を滑らせないよう注意しながら。


「帰んのめんどくさ……」


 思わず声が漏れる。するとこたつの対面に座る女子の後輩が反応を寄越してきた。


「もう住めばいいんじゃないですか?」

「こたつ部に?」


 俺は顔を上げ、目の前の後輩を見る。後輩はショートの黒髪・黒縁眼鏡・黒ブレザーで、黒い革製のブックカバーをつけた文庫本を読んでいた。その後輩が、俺と目を合わせる。少しだけ、首を傾げた。「なんですか?」


「部室に住む……その手があったか」

「え。いや、冗談ですけど」

「こんど寝袋とカップ麺二ヶ月分ともろもろの生活用品持ってこよう」

「……ひょっとして、高校卒業までここに住むと?」

「こたつ部の三十四代目の部長は実際住んでたらしいぞ。だから俺も!」


 笑ってみせると、後輩は『ぱたん』と文庫本を閉じ、はぁと溜息をついた。


「……この際、はっきりさせましょう、熱騎あつき先輩」

「えっ、何」

「こたつ部って何なんですか?」


 後輩が前髪を耳にかけながら問いかけてくる。「冬季限定で活動する部活であり、活動内容はこたつでだらだらするだけ。部員の数は校則で定められた人数を満たしておらず、現状私と先輩のふたりのみ。しかも今回、以前には部室に住んでいた生徒もいるなんて言い出して……。こんなおかしな部活が、どうして存続していられるんですか?」

「……ぬくもちゃん」


 俺は後輩の名を呟く。


「今更それ訊くか?」

「今までに何度も訊いてるのにはぐらかされ続けてるんですが?」

「まあまあ、みかんでも食べなさい」

「またはぐらかされました。蹴ります」


 可愛い後輩・音琴ねごとぬくもちゃんの可愛げのない蹴りが掘りごたつの中で暴れる。俺は仕方なく「わーかった、わかった話すよ」と荒ぶる後輩を鎮めた。

 のほん、と咳払いをして俺は思いを馳せる。

 語り出す。

 こたつ部の起源について……。


「紀元前3000年……」


 ぬくもちゃんの黒タイツキックが脛に直撃して俺は泣いた。


「いきなり嘘じゃないですか!」

「痛い。骨折れた」

「折れてないから本当のことを話してください」

「てか俺もよく知らないんだよ。ごめんぴ♡」


 ぬくもちゃんの黒タイツキックが来る前に俺はこたつから脱出、回避して勝ち誇った。寒かったのでまたこたつに入りなおした。蹴られて泣いた。


「今度こそ折れた」

「折りました。というか本当に知らないんですか?」

「うん。初代部長とかなら知ってるかもしれんけど。まあでも、こたつ部はなんか教師陣には見逃されてるから、廃部になったりはしないと思うんだよな。だから大丈夫だよ」

「……もやもやします。そのあたりの理由は知っておかないと」

「几帳面だな。じゃあ、ここはとりあえず、俺の推論を聞いてそれで勘弁してくれないか」

「推論ですか?」


 湯呑のあたたかい緑茶を啜り、一息つく。それから俺は「大した根拠はないんだが」と話を始める。


「冬高には〝七十七不思議〟があるじゃん?」


 わが校の新聞部がつくった『冬高ディクショナリー』……冬北高校独自の用語などを網羅した謎の本に、こんな項目がある。



冬北高校七十七不思議

ふゆきたこうこうななじゅうななふしぎ

【意味】冬高に関わる七十七つの不思議な事柄。不老の留年生、特別棟の無限1UP階段、冬だけ活動するこたつ部など。七十七つもない説や、百八つある説がある。



「冬高って、なんか変じゃん。七十七不思議なんてのがまことしやかに噂されてる……っていうか、一部の不思議は実在することが生徒間で常識になってるし。たまに着ぐるみが廊下を歩いてたり、校舎裏で生徒が勝手におでんの屋台を営業してたりさ。そういう風土がもう根付いちゃってるからだと思うんよな」

「もともと変だから、こたつ部もそのうちのひとつとして当たり前のものになってしまっている、と……」

「そういうこと。意外と当たってる気がしないか? どうしてこんな高校になったかまでは説明できないんだけどさ」


 そう言いながら俺は急須のお茶をぬくもちゃんの湯呑に注いでやる。小さく礼を言い、ぬくもちゃんは湯呑に口をつけた。

 俺はそんな彼女のことを眺めながら、なんとなく、感謝をしていた。何にといえば、こたつ部を維持してきてくれた、今までの部員たちにだ。


 俺が五十四代目の部長を任された時、連綿と続くこたつ部の歴史を否応なしに意識させられた。先代部長、燦射院さんしゃいん火巳子ひみこ先輩。先々代部長、日下部くさかべころな先輩。俺が関わりを持てたのはほぼこのふたりだけだが、その前にも、その前の前にも、部長がいて、こたつでだらだらしていたのだろう。

 活動内容はこたつでだらけるだけなのだけど、それでも毎年部員を確保し、まったりとした部活の空間を保ち続けてきてくれた。

 ぬくもちゃんと、出会わせてくれた。


「……なんですか先輩。生温かい目してますけど」

「別に。なんか、卒業したくねえなーって思っちゃっただけ」

「あー……」

「俺が卒業したら、ぬくもちゃん、部長お願いね」


 言うと、ぬくもちゃんの表情がかげる。


「……私に、できるでしょうか。務まるでしょうか、部長が……」

「え? こたつでだらけるだけじゃん」

「そ、そうなんですけど。その……私、未だに熱騎先輩以外とは……」

「うまく会話できない?」


 こくりと頷くぬくもちゃん。

 この後輩はコミュニケーション弱者みたいなところがあり、入部した当初は大変だったのだ。

 でもまあ、もう大丈夫だろ。

 俺は笑う。


「じゃ、早いとこ新入部員を勧誘しないとな」

「えっ? ま、まだ早いのでは……」

「もう一月だぜ? 十二月からこたつ部は再開してんのに、遅いくらいだよ。そんで俺と一緒にその子と打ち解ける練習をしよう」

「うぅ……」

「大丈夫」


 身を乗り出し、ぬくもちゃんの頭をぽんぽんと叩く。


「俺相手にやってるみたいに話せばいいんだからさ」

「罵倒して、蹴ればいいんですか……?」

「んん~もうちょっと練習が必要ですね」


 お互いにくすくすと笑って、俺はこたつ部日誌を手に取る。ぼちぼち今日のことも書くか。新しいまっさらなページに、鉛筆で『2022/1/5(水) 曇りのち雪』と記していく。

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