エピローグ
エピローグ
年末である。キャンパスも『いおり』も『マトリョーシカ』も閉まっている。そもそも年末にわざわざキャンパスの方へは行かない。
そんな事情もあって、ぼくらが集まっているのはカナトの家だった。
東京都内の賃貸アパートに1人暮らし。動画サークル計6人が集まって、少し窮屈に感じるくらいのワンルームだ。
「1年も終わりかあ」
こたつに足を突っ込みながら、誰ともなく言った。その場の全員が思っていることが、イタコみたいにケンジの口を借りて、言葉として出てきたみたいだった。
「短いようで長かったなあ」
カナトが言いながら、ぼくの手札からトランプを1枚引く。鼻の穴が膨らむのが見えた。当然である、ジョーカーだ。
「長いようで短かったじゃなくて?」
リオが訊ねながら、カナトの手札を探る。
「長かった。今年やったことを全部並べると、たった1年とは思えない」
「なんか分かる」
カナトに賛成するのはカホだった。
彼女の物言いも、笑い方も、相変わらずぎこちない。ぎこちないが、そこに自然体な滑らかさもある。
笑顔を浮かべるカホの手札から、サキノが1枚引いた。「うわあー」と声に出しながら人差し指がパタパタと忙しないので、ジョーカーを引いたのだと思った。一体どこまで回っているんだ。
「でもさ、楽しかったじゃん? 何もないよりいいじゃん」
ババ抜きでババを引いて、それでもサキノの声は明るい。
「楽しかった。なんだかんだ」
カナトが言った。
「な、俺の誘いに乗ってよかっただろ?」
ケンジは得意げな様子を微塵も隠さない。ぼくらの目をしっかり見てから、サキノの手札を引いた。
「そうかも」
言いながら、「そうかも」じゃなくて、「そう」だと思った。
華のキャンパスライフを想像していた春先に、1週間足らずでどん底に突き落とされて、藁にも縋る思いでケンジについて行った。
その結果がこれだ。実りや学びがあったかは分からないし、充実していた実感はない。
だけど1年が終わる寂しさがあって、1/4が擦り減った不安を感じるたびに、悪くない1年だったのだと思った。
ケンジの手札から1枚引いた。カードが揃って、2枚とも捨てた。
「あがり、1番乗り」
「夏川お前、なんでそんな強いんだよ」
「最強のメンタリズム、習ってるから」
「いつ?」
「金曜日の4限」
☆
新学期になって、キャンパスに行くと若々しい1年生の姿がある。
不安げにキャンパス内を彷徨っていたり、ムスッとした顔で歩いていたり、スマホに目を落として考え込んでいたり、たくさんの1年生がいる。
講義が終わって、ぼくは中庭に来ていた。
ケンジたちもリオもまだ講義があって、夜まで1時間30分の暇があるのだ。
ベンチに腰掛けて、中庭でワイワイキャッキャしている連中を眺めた。今の時期はお花見だろうか。やはりキャンパスに桜の樹はない。
やがて、1年生と思われるあどけない学生が、隣のベンチに腰掛けた。
浮かない顔で、足元をジッと見ている。何かを見ているのかと思ったが、ため息をついたのでそれは違うと分かった。
眺めながら、この顔を知っていると思った。
キャンパスライフに胸を膨らませて、だけど期待していたほど大したことはなくて、肩透かしを食らった失望に打ちひしがれているのだ。
かつてぼくがそうだったように。
「ねえ君」
声を掛けると、彼は驚いたようにこちらを見た。
「サークル入らない?」
~fin~
陰キャくんの、ネチネチ大学《キャンパス》ライフ 東 @ZUMAXZUMAZUMA
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