第49話

 学園祭は11月に幕を開けた。

 枕営業騒動のことなどお構いなしだった。ぼくらだって、進んで話すつもりもない。あれはもう終わった話なのだ。


 ……で済ませるのも不親切なので、その後の成り行きを説明しなければならない。

 結論から言うと、ぼくらは勝った。というより高崎たちが大敗した。


 Twitter、インスタ、TikTok、YouTube、Facebook、note、ニコニコ動画、ヤフートピック。とにかく思い付き限りたくさんのSNSで、高崎浩司は批判された。

 枕営業の強要を発端に、暴力団との繋がり、薬物の所持と乱用、脱税。やっちゃいけない悪いことを全部やっていたらしい。


 当然逮捕である。

 逮捕されたのはいいが、ぼくらも事情聴取を受けた。これが面倒くさかった。

 なぜあのホテルにいたのか、どこでその情報を入手したのか、高崎浩司や宮本アスカとはどんな関係なのか。

 根掘り葉掘り、ともすればぼくらが悪者かのように、散々問い詰められた。無事にぼくらは無罪と認められたが、説教じみた講釈を散々聞かされたのは未だに解せない。


 それから、宮本アスカだ。

 枕営業させられていたのは本当のことで、主演だった深夜ドラマは打ち切りが発表された。

 彼女が悪くないのにどうして、というぼくらの声が届くはずもない。それどころか宮本アスカの心境を知るすべもないのだ。

 後に残ったのは、仕事を失くした宮本あすかの、漠然とした罪悪感だけだ。


「俺は悪くないし、君らも悪くない」


 打ち切りの報道があった数日後。

 キャンパスで遭遇したミナガワ先輩は、出会い頭にそれだけ告げた。中庭を囲う通路で、紅葉狩りに明け暮れる連中を横目に見ていた。


「でも宮本アスカは主演を失いました」

「そうだね。世間は枕営業を許さない」

「世間にバラしたのは、ぼくらです」

「ぼくらじゃなくて、俺だよ。俺が連れてきたマスコミとか」

「でも――」

「後悔している?」


 出し抜けな先輩の言葉は、文脈にそぐわない不自然さを持っていた。

 違和感のままに顔を上げる。ミナガワ先輩と目が合う。穏やかにぎらついていて、日をほだす魔力を持った目だ。


「後悔は、ええと……」

「これだけ覚えておいてほしいんだけどさ。何もしない方がよかった、なんて絶対に思わないことだよ」


   ☆


 さて、学園祭である。

 ぼくらは動画サークルは大わらわだった。


 まずは学園祭の公式PVを手掛けたとして、開会式で紹介された。

 講堂で行なわれる開会式には、あらかじめ出席を強制されている可哀想な学生か、朝からよっぽど暇にしている可哀想な学生しか出ていない。ぼくらは前者の可哀想な学生だが、カナトは誇らしげに壇上へ上がっていた。


 それからお化け屋敷の映像アシスタントである。お化け屋敷をやっているのはテニスサークルだった。

 元々入り口で流す映像は、カナトが編集したものらしい。それを午前と午後の2部で切り替えるのと、機材の点検を依頼されていたのだ。つまり、カナトにしかできない仕事である。一応マニュアルは渡されたが、チンプンカンプンだった。


 さらに映画研究会の上映も手伝った。

 機材の調整はもちろん、映画の編集もこれまたカナトが手伝っていたらしい。1日に3回行なわれる上映化に同席しなければならず、最後には台詞を覚えきってしまっていた。ケンジと物真似をして遊んだはいいが、その遊びに走った時点である種の負けを感じた。


 そしてミスター・ミスコンの煽りVTRだ。

 舞台で放映されるVTRも、これまたカナトが手掛けたのだという。一体どこまで食指を伸ばしているのか、というよりどこにそんな余裕があったのか。

 別にミスターコンミスコンには同席する必要もなかったのだが、自分の”作品”は見届けたいらしい。カナトは満足げにVTRに見入っていたし、自分の映像を”作品”と呼ぶようになっていた。

 

 どこからこんなに仕事を持ってきたのか。問い詰めたら、カナトの動画がとにかく好評だったのだという。『乱視ゼロコンマ』と軽音部のPVで、口コミが広まったらしい。


「あれに遅刻しても、しょうがないだろ?」


 渉外役や編集補佐といった名目で、ケンジは何やかんやと手伝っていたという。

 そんなことで……とも言いかけたが、尋常じゃない仕事量に鑑みると、たしかに「しょうがない」と思った。


 それからもう1つ、カナトとの関係修復についても述べておかなければならない。早い話が仲直りだ。

 学園祭当日の朝。動画サークルに割り振られた教室に、ぼくらは集合していた。


「よし、全員揃ったな」


 ぼくらの輪の中心で、ケンジが言った。

 おはよう、と挨拶から始まって、段取りの説明と担当職の割り振りを説明していく。話を聞きながら、喋るのも上手くなったと感じた。


「じゃ、学園祭頑張ろうぜい」


 気楽な態度でケンジが締めると、挙手をしたのはサキノだった。


「どうした」

「やること多くない?」

「まあ、な」

「大丈夫かな。ちゃんと回しきれる?」

「大丈夫」


 カナトが答えた。妙な説得力があった。よくよく観察してみると、眼差しとか口調とか姿勢とか、色々な箇所にエネルギーがあるのかもしれないとわかった。


「まあ大丈夫ならいいけど……他の団体がしくじって、恨まれたら嫌だから」

「なんとかなるって」


 消極的なサキノに対して、カナトは口元を緩ませている。

 なるほど、これか。妙な説得力の正体は、あの緩みだ。隠しきれない笑みには、人を突き動かす魔力があるのだ。どういうわけか、ミナガワ先輩の顔が浮かんだ。


「まあ、何もしないでいるよりは」


 ぼくは居ても立っても居られなくなって、このソワソワする感じを放出するために、ひとまず言葉を口にした。


「せっかく色々やってたんだし」

「色々、な」


 カナトと目が合った。顔をくしゃくしゃにして、大袈裟に笑って見せた。


「え、仲直り?」

「まあ……」

「うん、まあ」


 ケンジが言うと、ぼくらはぎこちなく頷き合う。


 学園祭のエピソードといえば、ケンジカナトとコスプレカフェに行って物真似バトルを申し込んだら「コスプレと物真似は別物です」と強めに言われたこととか、リオとお化け屋敷デートをしたとか、ミナガワ先輩に騙されて飛び入り参加した演芸グランプリで心理テストを披露したとか、中田先輩主催のライブハウスでうぇいうぇいしたりとか、トークショーに呼ばれた宮本アスカと感動の再開を果たすとか、軽音部連中との打ち上げに行ったりとか、模擬店で買ったものを持ち寄って中庭でピクニックをしたとか、そういう感じだ。

 いまさら話すまでもないことだし、どこの学園祭でもできるような、取り立てて珍しくもないことだ。


 正直に言って楽しかった。それは認める。

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