【終】夏の記憶

 某月某日。特急列車に揺られながら、俺達は海へと向かっていた。

 夏休みという事もあり、列車の中は家族連れが多く、様々な場所から話し声が聞こえた。

 膝の上からノカが外の景色を楽しんでいると、前に座っていたユマも窓に近づき景色を眺める。

 太陽で輝く海に、沢山のウミネコ。昔と変わらず、長閑な景色が流れる中、遠い記憶に残る港町が見え、その最寄駅で席を立つ。

 ノカを片手に抱き、ユマと共に列車を降りれば、回収ボックスに切符を入れ無人駅を出ると、古い聖園みその式の民家が建て並ぶ道に出て、記憶を頼りに歩いて行った。

 道沿いには椰子の木が植えられ、民家の背後にある山からは途切れなくクマゼミの声が聞こえてくる。

 ああ、懐かしいなと、二人で話しながら歩いていけば、目の前をアゲハ蝶が飛んできて、ノカが手を伸ばす。


「ちょーちょー」

「蝶々だな」


 止まるかな。と手を差し出すと、アゲハ蝶はゆっくりと降りてきて指先に戻る。だが、すぐに飛んでいくと、ノカは残念そうな声を上げ、見つめていた。

 アゲハ蝶が高く上がり、やがて家の向こう側に消えていくと、その家からキャップを被った一人の老爺が出てくる。

 俺達は挨拶し先に進もうとすると、その老爺は俺を見つめ、声を掛けてきた。


「そこの人達。以前、ここに来たことなかったか?」

「ん?」


 昔、俺達と同じ髪色の子ども達と会った事があると、老爺は笑いながら言えば、俺とユマは顔を見合わせた後頷く。

 来た道を戻り老爺の所に行けば、そのキャップの柄と顔に見覚えがあった。


「あの時の漁師さん⁉︎」

「ああ、やっぱり! 大きくなったなぁ〜!」


 互いに気付き声を上げれば、老爺は満面の笑みを浮かべた。名前は知らなかったが、どうやらずっと覚えていてくれたらしい。

 老爺の声に、家から彼の奥さんである老婆が出てくると、俺達と老爺の話を聞いて目を丸くした。


「あらぁ、あの時の! 大きくなったわねぇ……! って、あら。その子は」


 ノカのことを聞かれ、ユマが照れながら「娘です」と答えれば、二人はこれまた喜び、ノカを可愛がった。


「ああ、そうだ。もし時間があるなら、あの寿司屋に寄ってちょうだい!」

「そうそう。今朝良い魚が獲れてなぁ。連絡をしてやるから、良かったら顔を出してくれ」

「是非是非!」

「ありがとうございます!」


 二人に言われ俺とユマは礼を言い、その場から離れる。

 と、民家近くの街灯に付けられたスピーカーから時報が流れ、携帯で時刻を確認すれば正午になっていた。

 それを見て、泳ぐ前に腹拵えするかと話し、港前の寿司屋に向かえば、その途中でユマが開いた俺の左手を握ってくる。

 どうした? と訊ねれば、ユマは少し照れた様子で言った。


「また昔みたいに、手を繋ぎたいなと思ってね」

「ああ……」


 納得し握り返すと、ユマは大きくその手を振って揺らす。

 流石に恥ずかしくないかと言いつつも、次第に俺も腕を振れば、三人で笑いながら歩いていった。

 小学生の頃の自分達が、同じ様に歩いた道を辿りながら――


【未来は時計塔が知っている】(終)

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未来は時計塔が知っている チカガミ @ckgm0804

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