【7-5】幸せであれ

 ウィーク郊外にある小さな教会。

 魔鏡まきょう領域から近い事もあり、魔鏡式の昔ながらのログハウスなどが丘に点々と見える中、鐘の音と共に教会から日向ひなたとヨムが出てくる。

 白いタキシードとウェディングドレス姿で、左右から祝福の言葉と共に、フラワーシャワーが舞うと、二人は照れ笑いしながら歩いていった。

 俺も列の中に入り、二人が通りかかった所で「おめでとう」と言うと、二人は会釈して去っていく。

 先程まで雨が降っていた空も、今は綺麗な青空が広がり、雨で濡れた芝がキラキラと輝いて見えた。


「綺麗だな」


 そう言葉を溢し空を見上げれば、澄んだ青に白い月が微かに見えた。

 すると、傍に気配を感じて横を見れば、キャスタル先生が立っていた。挨拶をし、「良い天気になりましたね」と言えば、先生も頷き空を見る。

 披露宴の行われる教会傍の庭では、席についた二人が様々な人々と共に写真を撮る中、ふと先生は俺に訊ねてきた。


「どうだい。君達の所は。仲良くやっているかい?」

「はい」

「そうか」


 俺の頷きに、先生は笑みを浮かべる。時折風が髪を揺らしながら、二人して披露宴を遠くから眺めていると、先生はそれを見つめながら言った。


「君の時もそうだったけど、こうして幸せそうな光景を見られて良かったよ。先生冥利に尽きるってものさ」

「先生冥利、か」


 俺もいつかそう思える時が来るのだろうか。そう思いつつ、腕を組み日向達を見つめていれば、先生は話を続けた。


「先生という立場は中々なものだったよ。今まで上から眺める事しか出来なかった私が、誰かの為に、手を貸してあげられるのは嬉しかった。同時に君達には大変な思いもさせてしまったけど……」

「でも、後悔はないですよ。多分、他の皆も」


 結果が全てという訳ではないが、皆助かった。

 ただ、そこまで至るにはかなりの時間と犠牲はあったけれども。消えかけてはいたが、目を伏せれば今でもいくつか繰り返した過去を思い出せた。

 胸に手をやり埋められた神器を感じると、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえて顔を上げる。


「写真撮るわよー」

「あ、はーい。……じゃ、行きましょうか、先生」

「ふふ、そうだね」


 ユマに呼ばれ、俺はキャスタル先生に言う。先生は小さく笑って頷けば、俺の後を追うように日向達の共へ向かった。

 日向やヨムを真ん中に二人の家族や出席者も合わせて、集合写真を撮った後、「先輩」と日向に言われ、ヨムと三人で個別に撮る。


「わざわざ俺を入れなくて良いだろ?」

「良いんですよ。それに先輩と三人で撮りたかったんです」

「ふふ、まるで寮に居た時を思い出しますね」


 日向とヨムに言われ俺は仕方なく笑えば、二人の間に挟まれる。と、背後からフラワーシャワーの残りなのか、櫻島さくらじまやヴィートが花びらを飛ばし、目の前が花びらで覆われる。

 飛ばしすぎと俺が叫べば、周囲が笑いに包まれ、同時にシャッターも切られた。


「ちょっ、ユマ! 今の撮ったのかよ!」

「ええ。貴方達の場合、自然体の方が写りが良いから」

「そうそう。意識しない方がかえって良いんだよ」


 ユマに続いて櫻島がそう言った後、ユマの背後からカメラを覗き込み、「お、いいじゃん」と呟いた。

 半信半疑で花びらを払いながら俺も行けば、楽しげに笑う俺達の姿があった。自分で言うのもなんだが、結構綺麗に写っている。


「本当だ……」

「な?」

「まあ、ちゃんとしたものが欲しいのならばもう一回撮るけど」


 どうする? と言われ俺は振り向くと、二人は笑って頷いた。

 でもどうせなら。と、少し離れた場所で見ていた小刀祢ことね会長やレオ先輩も手招きし、ジェンマと話していたサナも連れてくる。久々のメンバーに、先輩が「懐かしいな」と呟けば、「でしょう?」と笑顔で返した。

 ユマや櫻島によって、日向とヨム、サナは用意された椅子に座らされ、その後ろに先輩と会長と共に並んで立てば、ユマがコクリと頭を縦に振り、カメラを構える。


「じゃあ、撮るわよ。はい……」


 掛け声と共にそれぞれポーズをとれば、シャッターが切られる。隣にいた櫻島が確認すれば、「おお」と感心して俺達に向けて親指を立てた。


「撮れた?」

「撮れてる撮れてる」


 サナが立ち上がり、櫻島と共にカメラを見れば、サナは笑みを浮かべ「良いね」と呟く。

 それを聞いた日向とヨムが顔を見合わせて笑えば、俺もつられて頬を緩ませる。

 すると、日向が「あ、そうだ」と呟き、ユマ達の所へ向かえば、日向はユマを連れて俺と二人並ばせる。


「いやいやお前達が主役だろ。なんで俺達なんだよ」

「良いから良いから」

「今日はノカちゃんも連れてきてるんだろ? 家族写真も兼ねて一枚」


 日向や櫻島に言われ戸惑う俺達だったが、一緒に来ていたエビノさんによって、俺にノカが渡されると、「仕方ないな」と言って、ユマと寄り添う。

 よく分かっていないノカはよそ見をしていたが、日向やサナによって注意をそちらに向けられると、櫻島によってうまく写真に収められた。


「お、いいじゃん!」

「ですね!」


 櫻島と日向が興奮混じりに言えば、俺は苦笑いしつつ確認しに向かう。

 ユマも写真を見て「良いじゃない」と笑えば、日向に礼を言ってカメラを受け取る。ちらっと横から覗けば、確かに良く撮れていた。


「ノカもちゃんとカメラ向いてるな」

「ね」


 しっかりとこちらを見つめるノカに、俺は口元を緩ませれば、ユマも頷き、ノカの頭を撫でる。

 ひと仕事終えたノカはうとうととして俺に寄りかかると、やがて周りも気にせず、俺の腕の中で寝息を立てる。時間を見ればいつも昼寝をする時間帯になっていた。

 そんなノカを小さく揺らしながら人混みから離れれば、レオ先輩がこちらにやってくる。

 眠るノカに笑みを浮かべ、「疲れたな」と言って、先輩が頭を撫でれば、目をショボショボさせながら先輩を見つめる。


「あ、起こしたか?」

「いえ、多分大丈夫かと」


 戸惑う先輩に苦笑混じりに言えば、ノカは再び寝始める。寝るのは良いが、正直ずっと抱いているのもきつい。

 エビノさんの視線も感じ、困ったように笑えば、レオ先輩が気を利かせ、建物を指差す。

 エビノさんもやってきて、ユマに声を掛けた後三人で建物に入ると、教会のソファーを借りて、ノカを寝かせる。

 エビノさんが持っていたブランケットを掛けて、その上から撫でていると、その横にあった一人用のソファーに先輩が腰掛け、缶コーヒーを渡してくる。


「あっ、ありがとうございます」

「すまないな。これで」

「いえ」


 ありがたく受け取り口にすれば、先輩は気持ち良さそうに眠るノカを見つめながら呟いた。


「良かったよ。皆、元気に過ごしていて」

「ですね。本当に良かった」


 出席や祝電などで、見知った人物の近況を多く聞いた気がする。レオ先輩は緒鉢おばちと共に一週間前に遊びに来てくれたが、二人とも変わらず過ごしているそうだ。

 控室から見えるステンドグラスを見つめながら、コーヒーを飲んでいると、ふと脳裏に昔の記憶を思い出す。


『俺一人の犠牲で、未来を変えられるのなら』


 明るい教会……? 蒼い城だろうか。いや違う、そこは。

 缶コーヒーから口を離し、頭を過ぎる違和感に固まると、俺はステンドグラスから先輩に視線を移す。

 どうして今まで気付かなかったのだろう。そう思いながら、先輩を凝視すれば、先輩はこちらを見て「どうした」と訊ねる。


「先輩。変な事言うかもしれませんが。以前俺達でここに来ませんでしたか」

「以前? いや、初めてだと思うが」

「……ですよね」


 やはり思い違いだろうか。なんて考えていると、レオ先輩は缶コーヒーを傾けた後、小さな声で言った。


「ただ、ここは昔。誰かの葬式で来た事はある。……誰だったかは忘れたが、あれは多分誰かの大事な人だった」

「葬式……?」

「……ああ」


 レオ先輩は頷く。葬式……それを聞いて、深く思い出そうとすると、それを遮る様に先輩が俺の名前を呼んだ。


「今は前だけ見て生きろ。……もう、全て終わった事なんだ」


 強く、言い聞かせるように言われ、俺はキョトンとしながらも頷く。

 全てが終わった事。それが引っ掛かりつつも、「そうですね」と返せば、先輩はフッと笑って頷いた。

 互いの缶コーヒーが無くなり、先輩は立ち上がると部屋を後にする。部屋を去る先輩を見送れば、俺は再度ステンドグラスを見上げた。


(けれども、やっぱり。気にはなる)


 気にした事で、やけに感じる既視感。でも、【あの時】のように空は暗くはない。

 きっと、これで良かったのだろう。そう思いながら、ノカに視線を向ければ、どこからか鐘の音が聞こえた気がした。

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