【7-4】雨宿り(サトルside)

 どんよりとした空の下。灰色の街に赤色灯がいくつも目に入る。その近くでは警察によって連れていかれる白い仮面の男達の姿があった。

 それを他所目に一人路地裏を歩いて駅へ向かっていると、廃ビルの裏にあたる曲がり角で、死角から見た事のある紫髪が目に入り、思わず声を漏らす。


「げっ」

「ん?」


 嫌そうな俺の声にあちらも気付いたようで、こちらを見るなり目を見開き指差して言った。


「お、お前っ‼︎ な、何でここに‼︎」

「それはこっちのセリフだ‼︎ 何で君がいる‼︎」


 こんな落書きゴミだらけの路地裏で、何をしているのか。

 そう言うと、櫻島さくらじまはため息混じりに手にしていた物を持ち上げる。


「おでんを買いに行ってたんだよ。この時期コンビニじゃ滅多に売ってないからさ」

「わざわざコンビニで買うのか君は。作るという考えはないのか」

「残念ながら俺は炒飯しか作れない」


 出汁が染みた大根に冷えたビール飲みたかった。そう櫻島は言うと、不覚にも俺も欲しくなってしまった。


(報酬におでんとは言ったけど、ビールはないんだよな)


 代わりに焼酎はあるのだが。

 ふとビニール袋に薄っすらと見える缶ビールに、思わずごくりと唾を飲み込む。するとそんな視線に気が付いたのか、櫻島は自分の手元を見た後、親指で背後を指しながら言った。


「そこに公園があるから飲まないか?」

「は?」

「折角だし飲もうぜ。長らく会ってなかったし」

「何故」


 そういう飲める仲でもないし、敵同士な筈だが。

 呆れ半分警戒混じりに見つめれば、櫻島は何事も無かったかのように、袋に入った缶ビールを投げ渡し、来た道を戻っていく。

 空はより暗くなり、空からポツポツと雨が降り始める中、俺は渋々櫻島の後を追った。


※※※


 公園に着いた頃には、雨は激しくなり雷も鳴り始めていた。

 雨に濡れる前に、公園にある山型の遊具の中に入り込むと、錆びたブランコを眺めながらビールを口にする。

 その横では同じく櫻島がビールを飲む中、細めの容器に入ったおでんの蓋を開け、芥子からしを取り出しながら俺に話しかけてきた。


「そういやお前、さっきまで何してたの?」

「……別に。ただの仕事だけど」

「の、割には結構目立たない服装してるけど」


 そう言われ、自らの服を見る。黒ずくめの服。ポケットからは革手袋が見え隠れしていた。

 櫻島の視線に構わず、俺は平然として缶ビールを傾けると、櫻島は小さく息を吐き喋り続ける。


「ま、いいや。何だかんだで元気にしてるみたいだし。それは良かったよ」

「良かった? 何がだよ」


 全くもって良くない。そう苛立ち混じりに返せば、櫻島は苦笑いする。

 あの時、目を覚ませば全てが終わっていて、ヘイズ先生は命を落としているし、父はとっくの前に捕まっていて家は荒らされていた。

 状況は最悪。隠されていた事が次々とマスコミや裏切り者に明らかにされる中、何かどうでも良くなった俺はツキを通じて時雨しぐれレイにある物を送りつけて全てから逃げ出した。

 霧宮きりみやの名も、憎らしい父親も、立場も何もかも。ただ唯一、【怠惰の王】という肩書きだけを持って、俺はウィーク領域を抜け出そうとした。

 そんな時、駅にて会ったのがあの男だった。小刀祢ことねサク。元ウィーク学園の生徒会長で、清星山せいせいざん学園大学部に進学していた。

 力の使い過ぎの後遺症で、うずくまっていた所に声を掛けられ、そこからどういう訳かツキ共々小刀祢家に仕えることになった。


「いざ来てみれば、ネットもテレビもない。コンビニもないし、あるのは畑田んぼでっかい川だけ‼︎ 楽しみなんて食べる事しかないわ」

「あー……そりゃ辛いな。ってか、小刀祢会長もすごいな。こんな奴を下に置くなんて」

「こんな奴? 口を慎めよ馬鹿」


 今はともかく昔だったらすぐに力でねじ伏せてやったのに。

 睨みつけながら、ビニール袋に入っていたスルメを噛みちぎると、櫻島は大根を口にしながら言った。


「ま、けど。良かったじゃん。拾ってくれる人がいて」

「……野良猫みたいな言い方するね。まあ否定はしないけど」

「否定しないのか」


 悔しいが事実ではある。

 それに生活は違えど、そこまで気分は悪くない。それは多分長らく続いた悪夢が終わり腐り縁から解放されたからだろう。失ったものはあれど、一日一日前に進む日常に安堵すら感じる。

 残りわずかになった缶を揺らし、未だに激しく降り続く雨音を聴きながら、俺は小さく吐露した。


「何度も何度も腐った部分見せられて、それでも尚縛られるよりはまだマシだよ」

「?」


 俺の言葉に、櫻島は首を傾げる。

 そういえば以前、ウィーク学園で時雨レイあいつからこんな事を言われた事があった。


『俺ももしその国に居たとしたら、お前の言う通りそんな感情を抱くと思う。だって、俺達は今を必死に生きているから』


『俺達はそれに抗う。今、ここで。お前達に対して』


 嫌なくらいに真っ直ぐとした目だった。俺もどうにかしていたとはいえ、全ての発端であるアイツからそんな言葉が出てくるのかと反吐が出そうな位にイラついた。

 しかし、それでもあいつの言葉は美しかった。

 だから俺は精一杯演じてやった。任された悪役を。これで終演になる様に願いながら。


「俺はね。縛られるのが嫌いだった。だから案外今の方が楽しいっちゃ楽しいのかも」

「へえ」


 意外そうに返事する櫻島。それに俺はハッとなると、自分が言った事が恥ずかしくなり、咳払いして一気にビールを流し込む。

 アルコールによってより身体が熱を帯びるが、口元を拭うと、「勘違いしないでよ」と櫻島に言い放った。


「マシってだけだから。良いとは言ってない」

「いやぁ、さっきの聞いてそれは無理だわ」


 ニヤニヤしながら「良かったな」と言われ、俺は舌打ちする。すると櫻島の方から携帯が鳴り、慌てて櫻島がその携帯を手にすると、辺りに女の声が響く。


『一体どこで何をしているの。大丈夫なの?』

「あーすまん。寄り道してたら雨酷くなってさー」


 あははと笑う櫻島。携帯からは女以外にも子どもの声が聞こえてくる。

 俺も自分の携帯を手に取れば、小刀祢の他にツキからのメッセージがいくつも来ていた。

 そのメッセージを眺め返信を返していれば、暗い空が徐々に解け、光が差してきた。


「お、晴れてきた。じゃ、そろそろ帰ろうかな」

「……俺も帰る」

「ん、そうか。気をつけてな」


 遊具から出て、ゴミをまとめた櫻島はそう言うと、俺とは別方向に向かって歩いていく。

 俺も駅の方へ向かっていくと、背後から櫻島に名前を呼ばれ、足を止める。


「またな‼︎」

「‼︎」


 少年みたく笑って大きく手を振る櫻島に、俺は呆れながらも、頬を緩ませると小さく手を振りかえした。

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