【7-3】変わった所(レオside)

 窓から見える草原がネモフィラに包まれた頃、遠く離れた聖園みそのからある一通の招待状が届いた。

 それを読んでいると、今は俺の秘書をしている緒鉢おばちが着物を来た人物を連れてやってきた。


「聖園の小刀祢ことねからお客様です」

「久々だな。レオ」

「会長……」


 招待状を机に置き椅子から立ち上がれば、頭を下げる。

 もう会長ではなく、聖園の一国の主ではあるのだが、未だに会長呼びが抜けられないでいた。

 緒鉢はそんな俺の様子に僅かに笑みを浮かべると、俺達を気遣ってか部屋を後にした。

 学生の頃とはだいぶ変わった彼の様子に、会長は目を丸くして緒鉢が出て行った扉を眺めていると、俺は応接間に案内しつつ苦笑いして会長に言った。


「変な感じでしょう?」

「……ああ」


 俺の言葉に会長は少し戸惑い気味に頷いた。

 緒鉢が大きく変わったのは、あのヘイズとの戦いが終わってしばらく経った頃。

 戦いの後も真燃しんもえの事を第一に考えていた緒鉢だったのだが、真燃にも言われたのか、四年の夏頃辺りから急にウィーク学園に来ては俺を呼び出してくるようになり、相談を受ける事が多くなった。

 何故俺に? と最初は首を傾げつつ相談を受けていたのだが、次第に話しているうちに意気投合してしまい、今に至る。

 用意された紅茶を口にしつつ、緒鉢の話をしていると、会長はちらりと再び扉を目にした後、話は先程の招待状の話になった。


「所で、例の招待状届いたか?」

「ええ。……日向ひなたとヨムですよね」

「ああ。まさか、あの二人も結婚するとはな」

「はい。遂にこの時がきたかと」


 そう言って二人で笑い合うと、会長は微笑ましげに「良かったな」と呟く。


「皆、幸せそうにやっていて」

「……ですね」


 会長の言葉に頷き、手にしていたティーカップを撫でれば、小さな声で俺は言った。


「幸せになってもらわないと、困りますから」

「?」


 会長は不思議そうにこちらを見るが、俺はくすりと笑うだけだった。

 何度もやり直しをやってきて、ようやく訪れた未来なのだ。ここまでやってきた以上、幸せになってもらわないと頑張ってきた意味がない。

 それに。もう、あんな地獄は繰り返したくない。


 無意識のうちに息を吐き俯いていると、会長が声を掛けてくる。

 俺はそれに気付き、目線を上げ「すみません」と謝れば、会長は首を横に振り言った。


「……その、今の仕事は大変か?」

「えっ。……あ、まあ。そうですね。仕事の量はともかく、うちみたいな所だと人付き合いもありますから」

「ああ。あるよなぁ」


 分かる。と、会長は腕を組み何度も頷く。

 俺の所は元王族だが、会長は現当主だからやはりそれなりに付き合いなども多いのだろう。どこか疲労じみた表情を浮かべる会長に「大変ですよね」と言うと、強く頷き返された。


「学園の頃から変わらないが、まあ色々とな。あるよな」

「会長の場合、国ですから尚更ですよね」

「そうだな。一応以前よりは戦いは減ったとはいえ、付き合いを間違えれば簡単にそちらに転がってしまう。難しいものだよ」


 ため息混じりに会長はそう言って、腕組みを解く。卒業してもそれぞれ大変な立場にいるのは変わらないようだ。

 互いに労っていると緒鉢が戻ってきて、傍にやってくる。会長は緒鉢に視線を向けると、笑って言った。


「折角だしお前も話さないか?」

「! ……よろしいのですか」


 緒鉢は目を丸くすると、そう訊ねる。

 会長に敬語を使う彼が何だか不思議に見えて仕方ないが、「会長がそう言っている事だし」と背を押してやれば、緒鉢は俺の隣に座る。


「どうせならプライベートの時みたいに話したらどうだ」

「プライベート……そうだな」


 咳払いをし口調が砕けると、会長が懐かしむように目を細める。

 若干肩に力が入っているようであったが、側にあるワゴンからティーカップを手にし、緒鉢に紅茶を注いで渡すと、緒鉢はそれを口にしながら話し始める。


「その、小刀祢さん……? 会長?……は、最近真燃様とは」

「最近は会ってないが、時雨しぐれを通じて話は聞いている。元気に過ごしているそうだ」

「そう、か」


 真燃の話を聞いた緒鉢は安堵の表情を浮かべる。

 そういや俺も時雨達とは長らく会っていなかった気がする。少し前に娘が生まれたとは聞いていたが、日向達の結婚式とは別に会いに行ってもいいかもしれない。

 そう考えていると、部屋に時計の音がなる。時刻は丁度十五時。ティータイムに良い時間になっていた。

 会長は時刻を見て、眉を下げながら「時間が経つのは早いな」と言うと、ティーカップをテーブルに起き俺達を見つめる。

 改めて一体どうしたのだろう。

 緒鉢と二人して会長を見つめていると、会長は真剣な表情を浮かべ、招待状とは別の文を懐から取り出した。


「今回来たのは、お前達の顔を見に来ただけじゃない。長々と懐かしくて話してしまったが、本題はこっちだ」

「本題?」


 笑みを消し身を引き締め訊ねると、会長は取り出したそれを差し出す。俺はそれを受け取り、中身を確認すれば、それはあの戦い以降独自で調べていたある件についてだった。

 緒鉢も覗きこむと、小さな声で「夕暮教ゆうぐれきょうか」と言った。


「報告がかなり遅くなってすまない。思ったよりもかなり時間が掛かってしまった」

「いえ。こちらこそ大変な時に」


 そう言いつつ文に書かれていた調査内容に、俺は焦る気持ちが湧き上がりその場に立ち上がる。

 夕暮教……あの時、ウィーク学園を一時的に占拠した宗教団体。霧宮きりみや含め、霧の一族も関わっていたといわれているそれらは、戦い後公安によって捜査進められていたようだが、一年後捜査が打ち切られていた。

 それを不審に思っていた会長は卒業後、霧の一族を入り口に独自に調べていて、数年前から俺や緒鉢も協力し、様々な方面から探りを入れていたのだが……。


(まさか、密かにこんな計画を立てていたとはな)


 そこに書かれていたのは、ウィーク領域を乗っ取る計画であった。七年前の続き。それをやろうと言うのである。

 今すぐにウィーク領域にいる部下に連絡を取ろうとした時、会長の冷静な声が響く。


「安心してくれ。もうこの件は終わった事だ」

「終わった……?」


 足を止めて会長を見つめれば、会長は紅茶を飲んだ後、「手は打ってある」と言う。


「数日前、俺の部下を忍ばせておいた。後数分で報告が来る予定なんだが」

「……その部下とは一体」


 緒鉢が訊くと、そこにタイミングよく携帯の着信音が鳴り響く。

 会長は袖から携帯を取り出し、俺達に聞こえるようにスピーカー付きで電話に出れば、携帯から気怠そうな男の声が聞こえてきた。


『はーい、先程事務所を特定し制圧しました。以上』

「了解。ご苦労」

『ったく、何でわざわざ怠惰の王であるこの俺に行かせるんだ……!』


 文句混じりに聞こえた【怠惰の王】というワード。それに、俺と緒鉢は驚き顔を見合わせた。


「霧宮サトル⁉︎ 何故あいつが……!」

『ん、その声……緒鉢? 長らく見てないと思ったら、そこにいたんだ』

「か、会長。これは一体」


 緒鉢の声に霧宮が反応する中、俺は会長に訊ねると、会長は得意げに笑んで言った。


「何。居場所が無いと不貞腐れていたからな。妹共々家に連れ帰ったんだよ」

「連れ帰った。霧宮を」


 緒鉢が唖然とすると、会長は続けてこう言った。


「どちらにせよ霧宮はウィーク領域には居られなかったからな。こちらとしても情報が欲しかったし」

『そうそう。ただその結果、聖園のとんだド田舎に住む羽目になったけど。今時交通手段が馬か牛車しかないってどうよ』


 霧宮がそう愚痴ると、会長は真顔で「鉄道は出来た」と言う。そういや開拓が進み、近くまで線路が伸びたとニュースで聞いたような。

 とはいえ、ウィーク領域での生活までには至らず、霧宮は不満だらけのようだが、最後に会長が報酬の話を聞けば「おでん」とだけ返し電話が切られた。


「報酬……おでん? 何かの隠語か?」

「いやそのままの意味だ。勿論給料はやってはいるんだが、ああして食べたい物を告げてくるんだ」


 緒鉢の疑問に会長が返すと、電話を袖に入れ立ち上がる。


「さて。そろそろ時間も来たようだし、俺はこれで。……また、日向の結婚式で」

「は、はぁ……」


 手を振り、会長は部屋を出る。緒鉢が遅れて後を追うと、一人残された俺はその場に立ち尽くしたまま、扉を見つめていた。

 時計の針の音だけが耳に入る中、再度渡された文を見つめると、俺は小さく笑い言葉を漏らした。


「全く。あの人は」


 昔と変わらない。けど、以前よりも更に明るくなった気がする。そう思いながら俺は、後ろにあった自分の机の席に戻ると、棚から紙を取り出す。

 日向達の結婚式は数週間後。皆に出会える事を楽しみにしつつ、ペンを手に取った。

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