【7-2】変わらない所

「久々ですー! 先輩! 元気にしてました?」

「してたよ! そういうお前は?」

「元気に過ごしてます!」


 久々の再会にパチンと手を叩き笑い合う。

 奥の席に座っていた茉由山まゆやまは立て掛けてあったメニュー表を日向ひなたに渡すと、日向はそれを受け取りながらも話を続ける。


「今日は何の集まりで?」

「飲み会。櫻島さくらじま主催のな」

「にしてもまさか日向が来ていたなんてな。言ってくれたら良かったのに」


 俺に続き櫻島がそう言って日向の肩に腕を回す。それに対して日向は困ったように笑うと「忙しいかなって」と呟く。どうやら俺達に気を遣って敢えて言わなかったらしい。


「滞在期間そこまで長くないですし。明後日には帰るんですよ」

「何だよ水臭えな。連絡してくれたら無理やりにでも開けていくって」

「そうだぞ。櫻島はともかく俺達はすぐにこれるのに」

「そうそう」

「遠慮しなくていいよ。僕なんか締め切り前以外は時間あるし」


 それぞれ言うと、日向は目を丸くした後笑みを浮かべる。そして次来た時は連絡しますと日向が言うと、俺達は頷いた。

 話は変わり、話題は日向達の話になった。日向は卒業後、地元に戻り家業を継いでいた。

 ヨムとはしばらく遠距離恋愛していたようだが、去年辺りにヨムが日向の所に住み始め、一緒に暮らしているらしい。


「じゃあ今回はヨムの用事で付き添いで来たのか?」

「それもあるんですけど……その」


 俺の問いに日向は照れる。暫く沈黙が続き、俺達は顔を見合わせると、察した茉由山が恐る恐る訊ねた。


「もしかして、結婚とか?」

「……はい」

「「マジか‼︎」

「おめでとう!」


 恥ずかしがりながらもこくんと頭を縦に振る日向に、俺と櫻島は声を上げ、米遣よねづかも手を叩き祝った。

 二人を学生時代からずっと見ていただけに、こちらもすごく嬉しかった。


「まだ籍は入れてないんですけど、会場とか色々見て回りたいなと思いまして」

「なるほどな。それで良い所はあったか?」

「はい。あ、えっと、こことか」


 櫻島に言われ、日向は携帯を取り出して写真を見せてくる。俺も覗くと、ウィーク郊外にある小さな教会だった。傍には花畑もある。

 その横で米遣が「へえ」と感心していると、日向は何かを思い出したかのように、俺を見て訊ねてくる。


「籍とかで思い出した。先輩明日時間ありますか。ちょっと頼みたい事が」

「ん、良いぞ。あれか?」

「ええ、あれです」


 証人よろしくお願いします。

 そう言われ、俺は強く頷く。以前から日向に頼まれてはいたのだが、可愛い後輩の為、喜んでその大役を引き受けよう。

 俺の返事に日向は礼を言って深々と頭を下げれば、日向の注文を聞きに春霧はるぎりがやってくる。


「何だぁ。お前も結婚するのかぁ? ったく、羨ましいなぁ」

「えへへ」


 幸せそうに笑む日向に、春霧は悔しげな表情を浮かべる。そんな春霧に茉由山は息を吐くと、「こんなのがあるけど」と携帯を春霧に突きつけた。


「マッチングアプリ。今時はこれで出会う人も多いみたいだよ」

「それがあったか!」


 目を見開き春霧は手を打つと、注文取るためのメモとペンを机に置き、ポケットから携帯を取り出して弄り始める。

 すると、仕事を放棄した春霧を見かねてか、諏訪すわがすごい形相でやってくると、春霧の後頭部を素手で叩き、携帯を取り上げた。


「まだ仕事の時間だろうが」

「ひでぇよネネぇ。すぐに終わるから」

「仕事終わるまで没収だゴラ。それとも無給にしてやろうか?」

「……すんません」


 ドスの効いた声で言われ、春霧は頭を押さえながら小さな声で謝った。明らかに春霧が悪いのだが、何だか可哀想に感じてしまう。

 叱られ落ち込む春霧を置いて、諏訪は携帯を持ったまま去ると、呆れた表情を浮かべながら茉由山が言った。


「ま、登録とか時間かかるし。終わってからがいいんじゃない……?」

「それもそうだなぁ」


 素直に頷くと置かれたメモとペンを手に取り、日向の注文を聞く。日向は苦笑いを浮かべながらもラーメンを頼むと、春霧は静かに去っていった。

 春霧がいなくなった後静けさを打ち消すように、俺の携帯が鳴る。そこそこの音量でデンファレちゃんマーチが流れると、誰もつっこむ事なく、俺も平然とした様子で電話に出た。


「ん、どうした?……ああ、分かった。了解」

真燃しんもえか? どうした」

「いや、明日家にヨム呼ぶって連絡。多分日向の件だと思う」


 そう櫻島に話し日向を見ると、日向は再度頭を下げる。

 櫻島は酎ハイを飲み干し、傍に置かれた餃子を口にしながら、俺達を見て言った。


「お前ら二人ってさ、学生の頃からそうだったけど、常に一緒にいるよな」

「あー……まあ、実家が近いのもあるしな。後は、可愛い後輩だから?」

「そういう先輩こそ可愛いですよ」

「いやいやお前が可愛いんだって」


 可愛いの言い合いが始まると、それを横で聞いていた米遣が一言「いいなぁ」と呟く。羨むというよりは嫉妬に近い低い声に、櫻島が笑って俺に言う。


「ほら米遣が嫉妬してるぞ〜」

「してないよー羨ましいだけー」

「んも〜米遣も可愛いなぁー」


 よしよしと頭を撫でれば米遣は嬉しげに頭を寄せてくる。ふとテーブルの上を見れば、空になった瓶やグラスがいくつも置かれていた。日向以外飲み過ぎである。

 可愛い可愛いと俺も米遣に頬擦りすれば、茉由山が無言で俺達の前に水を置いていく。

 櫻島にも水を渡せば、茉由山は櫻島に言った。


「お前は酒に弱いイメージあったけど、意外と強いんだね」

「んー昔はな。今は付き合いもあるし、飲み方は分かってるから」


 とはいえそろそろ終わりにしようかな。と櫻島も呟き、渡された水を飲む。

 飲み会も終わりに近づく中、日向が頼んだラーメンがやってくると、日向が食べ終わるまで俺達はゆっくりと水を口にしていた。


 

※※※


 次の日。昼食を済ませノカの相手をやっていると、家にインターフォンが響く。

 テーブルにティーカップを置いていたユマが返事をして玄関に向かえば、日向とヨムの声が聞こえた。


「お邪魔します」

「します。……! 久々です、時雨先輩」

「おー! お久!」


 ノカを抱き上げ、ヨムにそう返すと、日向達を用意していたテーブル席に座らせる。

 日向は俺の抱いていたノカが目に入ったのか、「もしかして」と俺に訊ねてきた。


「そう。俺の娘」

「やっぱり! わぁ……! 初めまして!」


 屈んでノカの目線に合わせて日向が手を振れば、ノカもパッと笑って手を振りかえす。いつもは人見知りするのだが、今日は珍しく機嫌が良かった。

 そんなノカにユマも珍しがりながらも、キッチンからティーポットを持ってくる。

 在学時と変わらずヨムは髪を短く切り揃えていたが、前にも比べてだいぶ明るくなったようにも見えた。

 ノカの様子や雑談を交えながらお茶をしつつ、ノカが昼寝した所で、本題の証人の話に移ると、日向が持ってきていたリュックから二人の婚姻届を出した。


「ここ、なんですけど」

「ん、了解。任せとけ」

「間違えないでよ?」


 気合いを入れて腕まくりする俺に、ユマが笑い混じりに言う。名前と住所書くだけだ。間違えたりはしない筈。……多分。

 そう思いつつも慎重にゆっくり書いていると、日向が訊ねてくる。


「そういえば先輩達は何がきっかけで結婚を?」

「ん? 」


 名字の途中で手を止め顔を上げると、日向はハッとして申し訳なさそうに謝った。


「いや、その。仕事が落ち着いたからとか、そんな感じかな……って」

「ああ。そういう事。いや、俺達は……」


 ユマを見れば、ユマはノカの背をトントンと優しく叩きながらこちらを見る。

 仕事が落ち着いたからとか。確かにそれもあるにはある。だが、一番の理由は……


「「デンファレちゃんの婚姻届が出たから」」

「あ、なるほど」


 ユマと揃えて言えば、日向は納得したようで何度も頷いた。

 偶然本屋で目にした結婚情報誌の付録にあったデンファレちゃん婚姻届。それを持ってユマの家に突撃したのは良い思い出(?)である。

 まあ、遅かれ早かれ結婚はするつもりでいたので、話は順調に進んだのだが、その話をする度にユマがやれやれと言いたげな表情になっていた。


「先輩のデンファレちゃん愛はすごいですね……」

「ここまで来るともうバカよ。バカ。最近じゃノカの服までデンファレちゃんで埋めようとしているもの」

「あ、言われてみればここに……」


 日向とユマの会話にヨムが気付いたのか、ノカの服に付いているデンファレちゃんのアップリケを指差す。それを聞いたユマは静かに頷く。

 書き終えた俺はペンを置くと、頬杖しながら「良いだろ」と拗ねた。


「ノカ似合ってるし」

「まあそれは否定しないけど」


 可愛いのは可愛いけどね。と眠るノカを俺に渡す。そして、ユマは婚姻届とペンを手にして、俺の隣のもう一つの証人欄に名前を書き始めた。

 デンファレちゃんと言えば、もうすぐノカの一歳の誕生日である。少し前に見かけたベビー服を思い出し、携帯に表示させ、書き終えたユマに見せれば、ユマは呆れた表情で言った。


「本当に貴方はデンファレちゃんバカね」

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