7章 愛しい君と共に【時雨レイ メイン】

【7-1】時雨先生

 あれから何度目かの春がやってきた。

 生徒会長として二年やってきた俺は、卒業後小刀祢ことね会長と同じく清星山せいせいざん学園に入学し、その後教官としてウィーク学園に戻ってきていた。

 教官になるきっかけは……まあ、小刀祢会長なのだが。最初はそんな気は更々無かったというのに、生徒会長を経験しているうちに、自然とそっちの道に向かっていた。

 そんな俺も今年で三年目。去年からは担任としてクラスを任されていた。

 新学期が始まり、春の長閑な空気に眠気を誘われる中、背伸びしてクラス名簿を手にすると、席から立ち上がり担当するクラスに向かう。

 朝のチャイムが鳴る中階段を上がっていると、下からすごい勢いで上がってくる男子生徒の姿があった。


「あ、時雨しぐれ先生おはようございます……!」

「おはよー急げー」

「はーい!」

 

 返事をして側を通りがかったのは、俺の受け持つ生徒である朝霧あさぎりハレ。名前で分かる通り、あのキサラギさんの弟である。

 彼とは去年からの初担任から共に一緒にいるが、弟だと分かったのは入学式の時、小刀祢会長と共に挨拶に来てからであった。

 会長からは「気にせず接してくれ」と言われた為、他の生徒と変わらず見ているが、特に他の生徒とトラブルを起こすような事もなく、仲のいい友人達と一緒に過ごしているのをよく見かけていた。

 そんな彼が席に着席し、跳ねた髪を整える様子を目にしながら、名簿を開いて出席を取っていると、前の席に座っていた女子生徒が俺の手を見て言った。


「そういえば昨日、時雨先生の奥さんテレビで見たよー」

「あー出てた! 先生もシルエットで隠れてたけど出てたよね」

「あー……あれか」


 この間、番組のために撮って欲しいと言われたんだっけ。そんな事を思い出しながら出席を取り終えると、女子生徒の背後の席にいた男子生徒が、頬杖をつきながら話に入ってくる。


「にしても噂は本当だったんだな。先生の家には沢山のデンファレちゃんグッズがあるって」

「お前も見てたのか」

「先生って本当にデンファレちゃん好きだよね」

「だね。あ、もしかして単位落としそうになっても、これで許してくれたり?」

「それとこれは違うからな。ちゃんと落とさないように勉強しろよ」


 そう言うと三人はニコニコしながら返事する。そのやりとりに他の生徒達も笑うと、俺もつられて笑いながらもホームルームに意識を戻させる。

 本日も変わりなく、生徒達は元気そうだった。元気な事は良い事だと心の中で呟きながら出席簿を閉じると、簡素に連絡事項だけ告げ、チャイムと共に礼をする。

 俺の担当する教科は基本的に午後のみが多い為、職員室に戻ると、その最中携帯にメッセージが二件来ている事に気がついた。一件はユマで娘のノカの写真がおり、もう一件は櫻島さくらじまからだった。

 開いて見てみれば、久々に飲みに行かないかというメッセージであった。そういや最後に会ったのは去年の忘年会以来だろうか。

 とりあえずユマ達の事もあり返事は保留にすると、携帯をポケットにしまい、仕事へ戻った。


※※※


 数日後。昔通ったあのラーメン屋に入ると、見慣れた紫髪の男が奥で手を挙げる。その横には米遣よねづか茉由山まゆやまの姿もあった。

 去年ぶりだなと言いつつ、空いていた米遣の隣の席に着けば、早速ユマ達の話になった。


「今日は大丈夫だって?」

「ん、ああ。たまには良いんじゃないかって。まあ、ユマはユマでサナと食べに行くって言ってたけど」

「あ、そういやアイツもそう言っていたな」


 なら大丈夫か。と言いつつ、櫻島は酎ハイを口にする。櫻島は卒業してすぐにサナと結婚し、今では二児の父となっていた。

 今日は周りに一般人がいるのもあり、バレないようにサングラスを掛けていたが、その内側から綺麗な琥珀色の瞳がじっとこちらを見つめていた。

 あの時、霧宮きりみやの戦いで失ったと思われていた左目は、手術によってある程度の視力を取り戻したようで、普段の生活にはさほど支障はないらしい。

 やってきた店員に俺はラーメンと餃子を頼んだ後、「それで」と櫻島はニヤニヤしながら訊ねる。


「どうだよ。ノカちゃん。最近歩けるようになったって聞いたけど」

「ん、ああ。早いよな。少し前までは寝返りさえ出来なかったのに。子どもの成長って早いよな」

「だろ〜?」


 気を付けないと、すぐ見過ごしてしまうから。と櫻島が言えば、俺はうんうんと強く頷く。それに対し、米遣と茉由山はそれぞれ笑みを浮かべながら言った。


「そっか、もうそんなに大きくなったんだ」

「櫻島の時もそうだったけど、最初に会った時すごく小さかったのにね」

「だよな。……その、普段から生徒見てるから、色々考えるんだけど、それとは別にいざ我が子が生まれるとな」


 なんか、こう。と言葉でうまく言い表せず、手を使って説明すれば三人は笑う。

 と、そこにラーメンと餃子を持った春霧はるぎりがやってくると、「楽しそうに話してんなぁ」と言いながら俺の前に置いた。


「子どもの話かぁ?」

「そう」


 頷き、手を合わせて割り箸を取れば、春霧は長いため息をついて言った。


「俺は出会いすらまだだからなぁ」

「安心して。俺もだから。というか、まだその気すらないから」

「僕もとりあえずは執筆活動がね」


 大丈夫大丈夫と茉由山と米遣が言うが、春霧はそうでもないらしい。まあ、そこら辺は人それぞれだと思う。

 櫻島も「焦らなくていいんじゃない」と春霧に言うと、春霧は「そうだな」と言って渋々頷いた。


「というか、ネラルーポに好きな人とかいなかったのかよ」

「あれはあくまでもグループだからなぁ。たまにカップルは出来ていたが、基本的に好きとか嫌いとかねぇし。……それよりもお前芸能人だろ。可愛いモデルとかいねえのかよ」

「あー……今はそこら辺厳しくなってるんで」


 そう申し訳なさそうに櫻島が言うと、春霧はまたため息をついて「だよなぁ」と答える。

 すると、そこに諏訪すわの声が響いた。


「おい春霧! 仕事溜まってんぞ‼︎」

「あーもう、へいへい。んじゃ、また後でなぁ」

「はーい」


 しゅんとしながらも去って行った春霧を俺達は見送る。今度飲み会をする時は春霧も誘ってやろう。

 仕事に戻った春霧を見つめていると、代わりに諏訪がやってくる。諏訪と呼んではいるが、名札には鬼海きかいの名前が書かれていた。


「周りが次々と結婚するものだからアイツ焦ってんのよ。そんなに焦るなって言ってんのにね」


 やれやれと言わんばかりに、背後のテーブル席の食器を片付けながら諏訪は言う。

 諏訪も早い段階で鬼海会長と結婚していた。ここにいるのはたまたま仕事を探していた時に、かつての店主が年だからという事もあり、店を畳もうとしていた所を引き継いだらしい。

 今では春霧含め、元ネラルーポの仲間も店員として働き、うまくやっていけているようである。


「所で、ネラルーポの方ってどうなったの」


 俺の質問に諏訪はキョトンとすると、すぐに不敵な笑みを浮かべ「まだあるよ」と答える。


「ただアタシは引退してOGになったけどね」

「そ、そうなのか」

「そうさ。それに今はチビたちもいるし。命懸けの仕事はもう出来ないのよ」


 そっちの方が報酬はいいけどね。と、小声で囁いた後、諏訪は食器を持って、厨房に戻っていく。

 出会った当初は色々ありそうだなとは思ったが、今は何だかんだで楽しく暮らしているようだった。

 改めてラーメンに向き合い麺を啜れば、携帯をいじり始めた櫻島が声を上げる。


「どうしたの?」

「いや、サナからメッセージ来てた。……うわ、また美味そうなやつ食べてる」


 米遣に対し櫻島が答えると、送られてきた写真を俺達に見せてくる。箸を止め顔を上げれば、鍋パーティーをしていた。


「あ、店に食べに行ったわけじゃないのか」

「らしい。ま、子どももいるしな」

「それにしては皿とか多くない?」


 茉由山の指摘に、櫻島は携帯を画面を戻しスクロールする。と、その人数の正体が明らかになったようで、「ああ」と納得しつつ櫻島は声を漏らした。

 

「ジェンマさんにヨムと申馬さるばも来てるのか」

「は、ヨム⁉︎」

「申馬もいんの⁉︎」


 二人の名前に俺と茉由山が反応すれば、櫻島は再度携帯を見せてくる。確かにそこにはジェンマ達の姿があった。


(ヨムがいるという事は、日向ひなたもこっちに来てんのか?)


 それだったら久々に日向に連絡でもしようかと、自分の携帯に手を伸ばしたその時、ガラリと引き戸の音と共に聞き慣れた声が響いた。


「すいませーん! 一人なんですけど……って、先輩方⁉︎」

「「「日向ーっ‼︎‼︎‼︎」」」


 日向の声に、茉由山と櫻島揃って三人で声を上げれば、こちらに手招きする。日向も嬉々としてやってくれば、櫻島によって、茉由山との間に座らされた。

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