第28話 エピローグ

 穏やかな風が吹いていた。撫でるように草原の上を吹き抜けて、草花が前後左右に揺れていた。


 髪の毛を耳にかけて草花が揺れる様を見つめていた。こんな日が訪れるとは思ってもみなかった。一生をあの牢屋のような場所で終える可能性だって十分に考えられた。覚悟もしていたし、諦めてもいた。それを引き止めてくれたのは数少ない友人たちだった。


「なにしてんだよ! さっさと行くぞ!」


 遠くの方で声がした。馬に乗った女性のポニーテールが風に揺れていた。


「ちょっと待ってよ! フランとアルじゃ身体の大きさも歩幅も違うんだから!」

「だったら速く走れるように調教しとけよ!」


 ため息を吐き、彼女の方へとアルを歩かせた。


 横に並ぶと「走らせろよ」と文句を言われてしまった。二人で別々の馬に乗るとこういうことがよく起きる。歩幅が違うことなどわかりきっているというのに、彼女はいつでも文句を言うのだ。


「っていうかさ、なんでついてくるの? 別に一人でもいいんだけど」


 むしろ一人の方が良かった、とはさすがに言えなかった。


「一応監視役としてな」

「もう監視役は必要ないでしょ」

「必要ないわけないだろ。変な虫がついたら困る」

「つかないって」

「実際変な虫がついたろ。あのクソ野郎」

「男と女なんだから別にいいでしょ……」


 手綱を振ってアルを歩かせ始めた。


「お前らがよくても私は認めてねえんだよ」

「父親か」


 やれやれと思いながらもアルの速度をどんどんと上げていく。フランもあとから追いかけてきた。


 やがて町が見えてきた。


「手紙も出したんだろ。今更躊躇するなよ」


 今度はフランが頭一つ抜けたまま草原を走り始めた。


 ため息を吐いた。けれど同時に自分が微笑んでいることもわかっていた。だから手綱を振って速度を上げていく。


 町の入口に人の姿が見えた。男一人、女二人。それが誰なのかはわかっている。遠くからでもわかるのだ。


 胸が高鳴っていくのを自覚して、思わず涙が出そうになった。早く逢いたい。早く顔を見て言いたいのだ。私は家族に恵まれたと。今、幸せなのだと。


 入り口の三人が手を振っていた。だからこちらも手を振り返す。そんな彼女の顔は太陽のように輝いていた。






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魔王の自害 絢野悠 @harukaayano

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