一念発起

「生徒会で副会長が悩みそうなこと、ねぇ……」


 三年四組からの帰り道、白石さんは顎に手を当てながら、何やらブツブツ言っていた。

 外では、昨日同様今日も大粒の雨が曇天模様の空から降り注がれていた。これから夏至に向けてゆっくりと日照時間が延びていっていたのを日々感じていたのだが、冬場にでも逆戻りしてしまったように、今日はもう随分と外も暗くなっていた。それだけ厚い雲が太陽からの光を遮断しているのだろう。

 

 ブツブツと呟く白石さんの後ろをついて行く。多分彼女は、このまま生徒会室に戻るつもりなのだろう。今日も雨ということで、間近に迫った体育祭の準備が実施出来ない。とはいえ生徒会室は、すっかりと僕達の居場所として確立され始めていた。だから、ゆっくりとこのまま完全下校時間まで、彼女はそこで僕との談笑にでも興じるのだろう。

 まあ正直、僕もそのつもりだし、一旦副会長の悩みも忘れてさっさとイチャイチャしてしまいたいものである。

 

 階段に差し掛かると、野球部が熱心に階段ダッシュを繰り返していた。

 いつだかいがみ合った坊主達も額に汗を蓄えながら、大きな掛け声と共に階段を駆け上っていた。


「ねえ、鈴木君?」


「あぁ、はい」


 そんな野郎の様子に気を取られていたら、白石さんに話かけられていた。

 白石さんは一瞬小首を傾げたものの、気を取り直して言ってきた。


「あなたはどう思う?」


 言葉足らずな投げかけだった。


「副会長の悩みかい?」


「そう」


「そうだねえ」


 一番に浮かぶのはやはり……。


『恋愛脳どもがぁ』


 やはり。

 いつも副会長から恨み節を頂く僕達の不淫ら(健全)な関係なのではなかろうか。

 とはいえこれは……白石さんが気付いていないのであれば、言いたくないなあ。僕もダメージを食らうし。


「なんだか新鮮だね」


 なので僕は、話を逸らそうと思って言葉を続けた。


「白石さん、いつかは他人なんか興味ないって言っていたのに、こんなに副会長のことを気にしてさ。なんだか新鮮だよ」


「そう?」


 よし。何とか話を逸らせそう。


「うん。まるで副会長に特別な感情がある……ような…………」


 ま、まさか?

 そういうこと? そういうことなのですか?


「アハハ。そんなのないわよ」


 よ、良かったー。

 ただ……副会長ごめん。また君の知らないところで、君に不憫な思いをさせてしまったようだ。本当ごめん。めんご!


「なら、なんで? なんで副会長の心配をしているの?」


 まあ不憫な副会長のことは放って、だとすれば彼女は何故副会長の悩みをこんなにも気にしているのだろうか。


「もしかして鈴木君、妬いてる?」


「……っは! そんなことないよ。ちょっとしかね!」


 まあ妬いてないといえば嘘になる。なんてったって僕、彼女の恋人だし。

 まったく。僕の白石さんに心配なんぞされおって、このスケコマシめ。なんだか自分に言われているような錯覚を覚えた。

 

 白石さんは僕が久しぶりに自発的に素直な胸中を吐露したからか、少しだけ意外そうにした後、クスクスと笑っていた。


「いいから、教えてくれよ」


 気恥ずかしさが心臓から喉元まで舞い上がってきて、僕は捲くし立てるようにそう言った。


「そんなに知りたい?」


 しかし彼女は、そんな僕の胸中を察しているのかニヤニヤしながら聞いてくるのだった。


「知りたい。知りたいから、教えてよ」


 そう言うと、満足したように白石さんは微笑んだ。

 ただ白石さんはしばらく、雨が降り続く外を見るばかりで、本心を語ろうとはしなかった。


「この生徒会も、あと数ヶ月で終わってしまうのよね」


 ようやく語りだした白石さんだったが、いつにもなく寂しそうに言うのだった。


「別に副会長だけに抱いた思いじゃないのよ? ただ……高校生活は三年しかないわけで、その中でこの生徒会メンバーで活動出来るのは一年しかないじゃない。それでいて、その半分ちょっとはもう終わってしまった。でもあたし達、……まあ鈴木君は別だけど、特別互いの気持ちを打ち明けたりしてこなかったでしょう? なんだかそれが少し寂しいと思い始めてきたの。

 折角縁あって同じ活動を共にする仲間になったのになあって」


 なるほどなあ。

 学生生活とは集団行動を学ぶ場と良く言うが、つまるところ白石さんは、一年限りでも同じ集団行動を共にする連中と、もっと仲良くなりたいと思っていたのだろう。

 だから、目の前で悩みを持っていそうで落ち込んでいるように見えた副会長に、何とか助けることは出来ないかと思い至ったわけか。


 殊勝な心がけだなあ。


「なんだかすっかり毒気が抜けたね」


「あら、誰のせいかしら」


 他人なんか興味ないとまで言っていた彼女は、どうやらもういないらしい。そう思って茶化したものの、強烈なカウンターを頂いた。

 本当、白石さんは変わった。

 見違えるくらい変わった。


 愛おしい彼女の変化は、なんだか子離れしていく親を見ていくような不思議な気持ちを僕に与えていた。胸の奥に温かい何かが溢れていった。


「ほら、だから一緒に考えて。副会長は何に悩んでいるのか。どうすれば副会長の悩みを取り払えるか。お願い」


 ただ、同時にもう一つ抱いた思いがあった……。


「生徒会関係での悩み、か。わからないわねえ。特に不満を抱いている相手もいないように見受けられていたけれど……」


 い、言えねえ……!

 これ言えねえよ……!


 多分副会長が僕達恋愛脳組のせいで心労を抱いていて、それのせいで担任にまで相談する事態になっているだなんて、言えないわあ。

 まあこれも結局仮説でしかないのだが……どうも僕には、寺井部長に聞いた状況や日頃の副会長の態度を見るにこれしか原因が思いつかなかった。


 ……はあ。仕方ないか。

 

 彼女のことを好いた弱みだ。

 多分僕は、副会長とこのままの関係で終わっても別に良いと思っている。だって、別にいがみ合っているわけでもないし。利害が合えば問題なく協力もできるだろうし。

 まあ一番は、また小言を頂戴しそうで、出来れば敬遠したいという気持ちがあるためなのだが。

 でも、好いた彼女がもっと彼、彼らと仲良くしたいと願うのであれば。


 一念発起、致しますか。

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