不憫な男の不調理由
翌日の昼休み、僕は白石さんの誘いを断って、三年四組の教室に足を運んでいた。断るにあたって、白石さんに浮気を疑われたり散々な目にあったが、これも彼女のためなのである。
だって、仲良くなりたいと思った副会長が自分達のせいで悩んでいると知ったら、さすがの白石さんだって恥をかくではないか。
恋人として、そればかりはさすがに忍び難い。
というわけで、随分と珍しく白石さんに歯向かって独断で動いたのだが、後でなんて謝罪をするかを考えておこう。
「あの、吉村先輩いますか?」
というわけで、そんな対価を払ってまで、僕はこうして三年四組に足を運んだわけだが、どうか昨日のようにいないなんてことはよしてくれよ。
僕と会話に興じた先輩女子が、教室でのんびりとしていた副会長を見つけて呼びに行ってくれた。
良かった。いた。
ただ、副会長はこちらに気付いた途端に露骨に顔を歪めるのだった。
ごめんね。心労を抱える元凶になった僕がわざわざ訪れて。
「どうしたの。突然」
副会長はこちらに近寄るなりにそう聞いてきた。全うな疑問である。
僕は頭を掻いて苦笑していた。
「えぇと、立ち話もなんなので、少しだけよろしいでしょうか?」
「ちょっと待った」
何の気なしに誘ったのだが、副会長は眉間に皺を寄せていた。
「面倒事じゃないだろうな?」
ああ、そういうことね。
「違いますよ。そんなに身構えないでくださいよー」
茶化して言った。僕がわざわざこうして来た理由は、ただあなたの悩みの理由を知りたいだけである。それも大概面倒事かもしれないと思った。
「本当だな? 本当なんだろうな?」
ただ副会長は、僕の返事にあまり信用していないようだった。僕、彼にそんなに粗相を見せたことはなかった気がするんだけどなあ。
そんなわけで、不信感を抱く彼を連れて、僕達は図書館に足を運んだのだった。
図書館はあまり人もおらず、静寂とした空間となっていた。
「で、話って?」
図書館の他の使用者に迷惑をかけないように、副会長は小さめな声で尋ねてきた。
「はい。実は副会長に聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「この前先輩、生徒会室に僕と白石さんより先にいたことあったじゃないですか?」
「あったっけ? あったような」
副会長は天を仰ぎながら唸っていた。
あれ、覚えてないんだ。呆れ果てて帰ったはずなのに。
幾ばくか疑問を抱きながら、僕は話を続けた。
「ありましたよ。それで、その時の先輩の様子が凄いおかしかったんですよ。どうしたのかなあと思って。
そこまで話すと、副会長は納得したように唸って、苦笑していた。
「なるほど。心配してくれたってことね」
「えぇ、まあ」
心配というか、謝罪というか……。
「そ、それで先輩、最近何か問題ありましたか?」
「うーん。まあねえ」
副会長は、なんだか言い辛そうに唸っていた。唸った後も、こちらをチラチラと見ながらどうしたものかと悩んでいるように見えた。
しばらくして、副会長は大きなため息を一つ吐いて、決心したような顔つきをこちらに見せた。
「あんまり言いふらさないでくれよ?」
と前置きをして、副会長は本題に入るつもりらしい。
ついに来た、か……。
謝罪する準備、しておくか。しておこう。
「実はさ、進路のことで悩んでいるんだ」
「ご、ごめんなさい!」
……ん?
「ん?」
「ん?」
二人して目を合わせて、首を傾げあった。
そしてしばらくして、副会長の進路という言葉を思い出して、僕は納得したように冷や汗を掻きながら頷いていた。
「ああ、進路ですか。なるほどぅ……」
なるほど。三年である副会長にとっては確かに、進路で悩んでも何らおかしくないわなあ。気付けなかった自分が恥ずかしい!
「あれ、でも生徒会のことで先生に相談したって……」
でも、遠巻きから聞いたって寺井部長が言っていたような。
「なんでそのことを知っている?」
やべ。
「ああ、いや。風の噂で聞いたんですよ」
適当に誤魔化したが、どうも信じてもらえなかったらしい。当然であるが。
「それでてっきり僕、僕と白石さんがあまりに仲睦まじいから文句でもあるのかと思って。時々そのことで怒られていたし。だから気になってこうして足を運ばせてもらいました」
致し方なし。全てをバラしてしまおう。
そう思って全て話すも、副会長は大きな声で笑い飛ばした。
「そりゃ、準備中とか打ち合わせ中にイチャイチャしだしたり、イチャイチャの流れで独断で行動を起こしたりすれば文句も言うけど。
それ以外で恋路に文句をつけるわけがないじゃないか。仲睦まじいのは、端から見ていたら基本的には微笑ましいし、羨ましいよ」
正論であり、なんだか普通に良い人の言うことであった。うぅぅ、ごめんな副会長。
「それで、先生とは何の件で生徒会の話をしていたんですか?」
「そりゃ、進路の件さ。内申点を稼ぐのに、生徒会をやってて良かったね、みたいな感じでさ」
ははあ。なるほど。
……ん? 待てよ?
「先輩って勉強は出来るんですか?」
「ボチボチかな」
ボチボチか。その反応を聞くに、志望校には届かない学力というわけではないのだろう。であれば、不思議だ。
「ボチボチであるなら、進路で何を悩んでいるんです? 学力が足りないというわけではないんでしょ?」
「まあね。実は僕が悩んでいるのはさ、志望校についてなんだ」
「志望校について……ああ」
「実は僕、行きたい大学があるんだ。ただ、そこは東北の方の地方大学でさ。家から通うことは出来ないんだ。通うには、一人暮らししたりしなくちゃいけなかったり、その辺が不安でさ」
なるほど。
ありがちな話だな。
「それで、担任の篠塚先生に相談したら言われたわけさ。
『そうやって進路を悩むことが出来るのは、君がキチンとここまで頑張ってきて、だからこそ多数の選択肢が生まれたからこそ、迷うことが出来るんだよ。だからじっくり悩みなさい』ってね。その中でも、生徒会は内申にも影響あるから、やってて良かったねと言われたわけだ」
人が成し得てきた成果を褒めつつ、それにより人が悩むのであれば存分に悩め、か。篠塚先生、優しいおじいちゃん先生のような風貌をしていたが、年を重ねてきた分、思い悩むことに意義を見出しているんだな。
悩むことは重要だと思う。
どうして失敗したのか。どうすれば失敗しなくなるのか。そういうことに思い悩み、対策していくことで、人は更なる成長を遂げていける。僕もそう思っているから、手放しに共感できた。
「ただ、時間は限られているだろう?」
ただ悩めると言っても、時間は限られている。副会長はもうしばらくしたら、生徒会から去っていく。そして、この学校からも。
そんな彼にしたら、人生の岐路に立った現状に焦り、周りが見えなくなるのは至極当然であった。
「時間は限られているけども、存分に悩むことは、別に悪いことではないのでは?」
「でも、勉強などは待ってくれない。こうして悩んでいる内にも周りに置いていかれる」
「僕は別に、すぐに答えを出す必要はないんじゃないのかって思っただけです」
「それはどうだろう」
副会長は否定的だった。
「人生を帰路する大事な選択だからこそ、さっさと決めるべきではないと思いますよ。事実、そう思ったからこそ、副会長もこうして悩んでしまったわけでしょう?」
そう尋ねると、副会長は唸った。
「なら、君ならどうする?」
「え?」
「今の君は他人事だから軽々しく言えている気がしてならない。だから、自分がその場に立ったと思って答えてくれ。
君ならどうする?」
僕ならどうする、か。
僕ならば……そうだな。
前の僕は、それこそ選択肢などなかったし、楽観的な男であったから特に悩むこともせずにさっさと進路は決めれた。
ただし今の僕は、多分色んな人のおかげもあって、たくさんの選択肢。たくさんの道がこの先広がっていくことだろう。
僕ならばどうするか。
確かに難しい。
でも、そうだな。
「すぐには決めないですね。というか、決められない。だからこそ、頭の片隅には置いてたまに思い出して悩むだろうけど、それに雁字搦めにはならないようにします。だって、時間は限られているんですから。やりたいことをもっとしたいじゃないですか」
そして、もし何かあれば……。
「そして、もし進路が決まらずに、将来が不安になったりしたら、白石さんに慰めてもらいますよ」
苦笑しながら伝えると、
「恋愛脳がぁ……」
副会長も苦笑して、いつもの悪態を僕に突くのだった。
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