崇拝者。無自覚。
翌日、僕は白石さんに無理やり連れられて、三年四組の教室に足を運んでいた。件の副会長の所属するクラスが、この三年四組であった。
今日も雨が降ったせいで延期された体育祭準備だったのだが、どうやら白石さんはその代わりに一つのお節介を焼いたらしい。
昨日のやり取りであった。
「副会長にはいつもお世話になっているし、もし女の子とどんな風に話したらいいのだろうとか悩んでいるなら力になってあげたいわね」
「そうだね。……そうかな?」
白石さんは最早副会長の悩みの原因を恋の悩みと決め付けていた。すっかりと楽しそうにしながら、今日彼の教室に訪れて話を聞いてみようと言い出すのであった。
もし仮に恋の悩みであったとしても、人の恋路に茶々を入れるというのは関心出来かねた僕であったが、圧の強い彼女に歯向かう術がなく、結局こうして副会長の教室にまで連れられてきた、というわけなのだった。
先輩方の教室ということもあって、先陣を切った白石さんは少しだけ緊張した面持ちで室内を覗いていた。
「いないわね」
白石さんは呟いていた。どうやら目当ての副会長は留守らしい。
彼女の背中を見ながら、少しだけ憂鬱な顔を僕はした。
やっぱり、こういうの良くないと思うんだよなあ。恋愛脳気味の白石さんはそれはもう楽しそうにしているが。他人の恋路に介入するのってやっぱりお節介だし。
というか、副会長の悩みって本当に恋なのか?
正直、彼が恋にうつつを抜かす姿が想像出来ない。
ただ、白石さんに説得する言葉が見つからない。頑なな人だし、それこそ本当の理由を見つけないと納得しないだろうなあ。
うーんと唸っていると、
「お二人さん、どうかした?」
どうやら僕達に向けて話かけてくる女子がいたらしかった。
「いや、あの……」
ん?
女子の声だし、白石さんが上手く話してくれるだろうとたかを括っていたが、何やら白石さんは口ごもっているようだった。
白石さんの顔を見た。彼女は少しだけ頬を染めて、上の空をしていた。珍しい反応だな。
僕は白石さんの眼前に立つ女子の顔を覗いた。
「て、寺井部長っ!」
そして僕は、畏まったように声を上げていた。心臓が高鳴っていくのがわかった。間違いなく今、僕は興奮を覚えている。
彼女は寺井さん。僕達の先輩にあたる彼女は、外見はただの高校生。いや、中身も多分、普通の女子高生。しかし彼女、実は僕達の敬愛する我が校吹奏楽部の部長を務めるお方だったのだった。
僕達は吹奏楽部の朝練がある日は決まって、早朝に通学をする。それは今となっては語る必要もないと思うかもしれないが、彼女らの演奏を一分一秒でもこの両耳でしかと聞くための行いであるわけなのだが。彼女はそんな僕達の崇拝する吹奏楽部の長であるわけで。
同様寺井さん、いいやてらい部長も崇拝すべき対象であるのだ。損な彼女をよもや眼前で拝める日がこようとは。人生何があるかわからないものである。
同じ高校の学生相手に崇拝だとか中々に危ない発言であるが、この学校の父兄には僕を崇拝するような人達もいるから何らおかしくはない。そんな思考に陥っている時点で僕はおかしい。
「部長はいいよ。今は部活動中じゃないし」
「あれ、今日って練習日でしたよね?」
僕達は最早副会長の恋路の心配も忘れていた。忘れて、寺井部長に質問をしていた。
副会長はやはり不憫なお人であった。
「そうだけど、何で知っているの?」
少しだけ不思議そうに寺井部長は苦笑して小首を傾げていた。
し、しまった……! 一般的な学生は入部していない部活動の練習日など把握していないのだった……! 興奮するあまりすっかり失念していた。くそっ!
「鈴木君、失礼な態度、慎みなさい」
「ごめん」
謝罪する他なかった。
「寺井部長」
そんな僕を他所に、すっかり困惑から快復した白石さんは、貼り付けた営業スマイルで寺井部長に握手をしていた。
「先日の部活動紹介、お忙しい中素敵な発表をありがとうございました」
「えぇ、ああ。ううん。こちらこそ、生徒会で忙しい中ありがとうね」
困惑気味に、寺井部長は言った。
白石さんは、目尻に涙を蓄えていた。多分、寺井部長に顔を知ってもらえていたことが嬉しかったのだろう。
アハハ。オーバーだなあ。僕がもし逆の立場なら……やばい。泣ける。
「そ、そんな。あの場では、後ろの鈴木君が迷惑をかけたりして。あの、その……。彼の恋人として、やっぱりごめんなさい」
うおい。それは言わなくていいだろう。
というか、ナチュラルに恋仲であることバラしているし。白石さん相当困惑しているな。
アハハ。まったく。オーバーだなあ。僕がもし逆の立場なら……やばい。平謝りしか出来ない。
「すいませんっした!」
故に僕は、頭を下げた。それはもう、日頃けだるげな僕からは想像もつかない早さで頭を下げた。
「当時の無礼をなんてお詫びしていいのやら……」
「も、もうっ。二人ともふざけすぎだよ」
しかし、僕達の態度は寺井部長におふざけと捉えられてしまったようだった。くそう。どうしてだ……!
「そろそろ本題に入ろうよ。二人はどうしてわざわざ上級生の教室に訪れたの」
「……あ」
白石さんはようやく思い出したようだった。さすがに副会長が不憫だった。
ちなみに僕は、覚えていたが後回しにしていた。さすがに屑すぎる。
「じ、実は、寺井部長のお手を煩わせて申し訳ないんですが」
白石さんはそう前置きをして、続けた。
「このクラスの生徒会副会長である吉村先輩のことで、聞きたいことがありまして」
「吉村君? そういえば今日はもう帰っちゃったなあ」
寺井部長は後ろを振り返って言った。
やはり。副会長、今日はもう帰っちゃったのか。
「それで、吉村君がどうかしたの?」
「副会長、最近恋したとか聞いてないですか?」
「ちょっ、白石さん!?」
思わず僕は白石さんに声を荒げていた。さすがにそれは、オブラートに包まなさすぎ。
「恋!?」
すっかり寺井部長も目を輝かせてしまっていた。
「ああいや、その。違うんです」
もし副会長が誰かに恋をして悩んでいなかった場合、それはまた彼が不憫な結末になるので、僕は慌てて事情を説明した。
昨日の副会長の様子がおかしかったこと。
その様子を見て、あれは恋に悩んでいると違いないと白石さんが思ってしまったこと。
そこまで説明すると、寺井部長は高笑いを見せていた。
「白石さん、結構乙女なんだね」
寺井部長の言葉に、白石さんは頬を染めて俯いていた。
自らの暴走ぶりを少しだけ自覚したのか、恨み節交じりの視線とかお言葉は白石さんからはなかった。良かった。
「そ、それでどうでしょう?」
さっさと話を進めたくて、僕は寺井部長を急かした。
「うーん。あたしもそこまで吉村君とは仲良いわけじゃないけど、そういう話は一度も耳に入ってきたことはなかったなあ」
「そうですか」
自らの説が否定されて、白石さんはシュンとしていた。
「でも、そうだなあ。そういえば、ウチのクラスの担任の篠塚先生と暗そうな顔で教室で話し合ってたの見たなあ、この前」
篠塚先生、か。確か国語の教師で、二年にも教えに来てくれていたな。
「どんな話してました?」
なんだか確信めいた話を聞けそうだ。
僕は寺井部長に迫っていた。
「うーん。遠巻きからだったから正確じゃないかもだけど。生徒会のこととか話していたような」
「生徒会、ですか」
……あれれぇ?
それってもしや。帰結しちゃう? 話、僕の当初の考えと帰結しちゃう?
「何か、生徒会内で悩みを抱くようなこと、思いつく?」
何の気なしといった風に、寺井部長は微笑んで聞いてきた。
恐らく件の元凶①である僕はといえば、苦笑しながら背中に冷や汗を流していた。
「うぅん。ないですね」
しかし、恐らく件の元凶②はまったく気付いていない様子だった。
どうやら無自覚らしい。
なるほど。……これが、あれか。
つまるところ、副会長の言うところの、『恋愛脳』か。
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