不遇副会長が落ち込んでしまった。

恋愛脳、白石美穂

「天気予報によると、体育祭の日は、今のところ雨みたいだね」


 シトシトと雨が降り続く外を生徒会室からぼんやりと眺めていた。隣で文庫本を読む白石さんは、いつも通り可愛い。違った、おしとやかである。

 先日の大原さんの一件を終えたのも束の間、僕達は間近に迫っていた体育祭の準備に終われている。しかし、進捗は乏しい。

 梅雨時ということもあり、今日も降り続く雨のせいである。

 いつも放課後になると喧しいくらいの校庭に、人気はまるでない。曇天のために薄暗い景色と相まって、なんだか心にモヤモヤとした侘しさを感じさせられた。


「つまんないなあ。折角の体育祭準備期間なのに」


 仮に当日雨が降らず体育祭を実行出来たとして、こうも予行演習不足な状況だと、進行の方も不安が付きまとうだろう。そうなれば、僕は生徒会に付きっ切りになって当日ははしゃげそうもない。


「鈴木君。体育祭も学業の一環ということを忘れちゃ駄目よ。今のあなたの言い方を聞いていると、なんだか遊び目的で体育祭を取り組むように聞こえる」


 冴えない僕に、白石さんは少しだけ呆れたようにそう言った。手に持っていた文庫本は、栞を挟んで机に置かれていた。

 どうやらこのまま僕との会話に興じてくれるようだった。


「とはいうが、学生側からしたら体育祭なんて遊びに違いないだろう。文化祭、修学旅行、体育祭。大義名分は学びを深めるためとなっているけど、果たしてどれだけの学生がキチンとそれらの行事で学生の本分をこなせているか。甚だ疑問だね」


「そうね。でもあたし達は生徒会という模範生であるべき立場でしょ? それに、そう。あたし達は主催者側の立場。ならばあたし達は行事を円滑に進めるという仕事を全うしなくちゃいけないんじゃない?」


「アハハ。まったく」


 僕は少しだけ呆れたように笑って続けた。


「仰るとおりで返す言葉もないね」


 全くその通りだ。ただ、それも結局はそういう振る舞いをしなさいよ、というだけの話。僕達は遊びに飢えた未成年。大義を知った上であれ、誰がその大義をモットーに行動するのだろうか。


「鈴木君、サボりは関心出来ないわね」


 そんな僕の思うところを察したように、白石さんは微笑んで言った。

 いやはや、君はエスパーか何かかな? 何で僕の言いたいことを察せれた。本当、察しの良い彼女である。少しだけ怖い。


「サボりも何も、こうも雨続きだとどうしようもない」


 少し苦しくなった僕は、肩を竦めて見せた。そもそも僕がこうして少しづつやる気を失くしていったのは、この雨続きの天気が悪い。

 まったく。どうして梅雨時に体育祭なんかやるのだ。こんなの、体育祭を中止にさせて、その時間を勉強に当てる、という学校サイドの思惑が透けて見えているではないか。


「大丈夫よ」


 しかし白石さんには、お天道様すらどうにかする自信があるらしい。


「何故?」


「てるてる坊主、部屋の窓際に吊るしているから」


 そっかー。それは良かったー。

 彼女、迷信というのに傾倒するような人には見えないのだが……。宗教とかには関わらせないように取り計ろう……。


「あまり信用してない顔ね」


 そんな投げやりの僕の態度を見たからか、白石さんは少しだけ膨れていた。


「甘く見ないでね。白石家のてるてる坊主の効果は凄いのよ。先祖代々受け継がれているんだから」


 女子高生が一人で明日晴れますようにと祈る分には可愛いものだが、一族で由緒ある伝統と言われると若干引く。メルヘンな家系なんだなあ。

 

「期待しているよ」


 僕は苦笑気味に言った。


「やっぱり信じていない」


 そりゃあね。


「もうっ。中学三年の修学旅行、台風が直撃する予定だったのに突然温帯低気圧に変わって飛行機が飛ぶことになったのはそのてるてる坊主のおかげなのよ?」


 さすがにそれは、あまりに話がうますぎないか?

 というか白石さん、中三の時って他人なんか信用出来ないとツンツンしていた時期ではないか? それでも修学旅行は楽しみでてるてる坊主を家の窓際に吊るしていたとは、これが所謂エモいという奴なのだろうか。


「むぅ。わかった。体育祭と、後今年の修学旅行、見てなさい。絶対晴れるから」


 すっごい自信。ここまで言われると……もしや本当なのか? というか、そんな伝統を継承する家系なんてある? 私刑執行人の家系より闇が深そうなんだが。

 まあ、そんな白石家の伝統は一旦置いておいて。


「修学旅行は別に雨が降ってもいけるだろう。目的地京都で新幹線だし」


 台風でも吹かない限り、新幹線って欠航しないイメージだ。でもそれは大概飛行機もか。あれ、別に白石家のてるてる坊主関係なくても中三の修学旅行って行けたんじゃね。まあ、行っても何も出来なかったのでは意味ないから一緒か。


「確かに、そうかもね」


 少し考えた後、白石さんは苦笑して続けた。


「でも、楽しみ。修学旅行」


「白石さん、サボりは関心出来ないなぁ」

 

 僕は大層意地の悪い笑顔で微笑んだ。意趣返しのつもりでそう言った。


「違うわ。これはサボりじゃない。あたしは勿論、京都には学生の本分である勉強のために行くつもりよ。ただ学びの場で隣に偶然、あなたがいるだけよ。大好きなあなたが偶然京都で隣にいてくれて、一緒に学びを深められるだなんて、あたしは運が良いわね」


 つまり、あくまで本分から逸れた行いはしていませんよって事ね。さすが白石さん、ああ言えばこう言う。


「フフフ。顔が赤いわよ、鈴木君」


 言葉に詰まっている内に、僕は白石さんに茶化された。そりゃだって、誰が言い訳ついでに胸中を吐露されると思う。

 突然大好きだなんて、彼女には恥とかそういう感情はないのかい。


「ねえ、今から二人でどこに回るか考えておきましょうよ」


「いいけど、どこか行きたいところあるの?」


「地主神社に行きたい」


 白石さんは頷いて答えた。あまり聞いたことのない名前の神社だなあ。


「清水寺の境内にあるそうなの」


「へえ、そうなんだ」


 知らなかったな。


「どんな御利益があるの?」


「恋愛成就とか、良縁祈願ね」


「良縁……」


 ポッと頬を染める白石さんに、僕もつられて頬を染めていた。

 うわあ。

 いつも通っている生徒会室内が、中々に甘ったるい恥ずかしい空間に感じてきた。いや、まあ事実なのだけれど。


「そ、そっか。じゃあ行こうか」


 良かったー。

 この場に白石さんと僕しかいなくて。

 こんな甘酸っぱい空気、他の人がいたら僕耐えられなかったー。


「ハァァァァ……」


 い、いた……。

 すっかり忘れていた。


 実は本日、僕達よりも先に生徒会室に来ていた副会長が、呆れたような大きなため息を吐いていた。誰に呆れていたのかは聞くまでもないだろう。

 白石さんとのトーク(笑)に盛り上がるあまり、すっかりと忘れていた。ごめんなさい。副会長。


「えぇと」


 思わず口ごもっていた。

 白石さんはといえば、先ほどよりも顔を真っ赤に染めていた。どうやら彼女も副会長の存在を忘れていたらしい。


 ……やっちゃった感を出しているけど、これ一番不憫なの副会長だよな。日頃、恋愛脳な生徒会会長、不真面目な僕に振り回され、苦悩の耐えない彼に対して、僕はあまりにもあんまりな仕打ちをしてしまったらしい。


 これ、いつものやつだな。

 そろそろ『この恋愛脳どもがぁ』って怒りの小言をもらう頃だ。


 最早弁明することも叶わず、僕は黙って副会長のお叱りを待った。


 しかし、


「ハァァァァ」


 どうやら副会長は僕達に対して呆れていたわけではないようだった。椅子から立ち上がって、生徒会室を後にしたのだった。

 

 呆気に取られてしまい、残された僕と白石さんは言葉を紡げずにいた。


「ど、どうしたんだろうね」


 しばらくして、僕は苦笑しながら副会長の異変について何か知るところはないかという意味で白石さんに話かけた。


「わからない」


 白石さんも困惑気味に首を横に振っていた。


「わからないけど、いつもの副会長らしくないわね」


「そうだねえ」


 何かあったのだろうか。

 それこそいつかの大原さんみたいに、身投げするとか……。あんなに深刻そうな副会長みたことないし。


「大丈夫じゃない?」


 血の気が引いていく僕を見ながら、白石さんは楽観的にそう言っていた。


「そうかなあ」


「そうよ」


 そうか? そうなのかなあ。


「だったら、白石さんは副会長は何に悩んでいると思うの?」


「え?」


 白石さんはしばらく目を泳がせて、何やら思いついたように手を叩いた。


「コイよ」


「魚の?」


「違う。恋よ。ラブ。あたしがあなたのことを愛しているように、副会長も誰かに恋をしたのよ」


「そっか」


 そっかそっか。


「恋か。そうかあ」


 頬杖をついて、恥ずかしさで少し浮かれる頭で思った。

 恋愛脳がぁ……。

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