スターティングオーバー
「うぅむ」
色々あったGWも終わり、僕は一人食堂で唸っていた。
今は昼休み。いつもなら白石さんと非常階段でイチャイチャしながら彼女のお手製お弁当を頂いているのだが、今日は一人で食堂を利用していた。
彼女は今日、学校を休んでいた。先日GW中に水族館に行き、イルカショーで頭から水を被った影響で熱を出したらしい。そんなラブコメみたいなことが実際にあろうとは、少しだけ驚いた。
そのため今、彼女にも相談する術もなく一人で頭を唸っているのだが、さて、件の件はどうしたものか。
「ちょっといいかい」
昼ごはんも食べ終わり難しい顔をしていると、見慣れない学生に話しかけられた。いや、見たことあるな。確か同じクラスの男子だ。
同じクラスの男子は、僕と同じ位難しい顔でこちらを見ていた。何やらこちらを観察するような目をしていた。
「ああ、どうぞ」
断る理由もなく、僕は男子が座れるよう隣の椅子を引いた。
男子は軽く頭を下げて、ゆっくりと椅子に腰掛けた。椅子に腰掛けた後は、膝の上に手を置いて俯いていた。何やら深刻な話のようだ。
「ごめん」
身構えていたら謝罪されて、僕は目を丸くした。何だ何だ。彼と因縁がある記憶なんてないぞ?
「中三の時、僕は君に酷いことをした」
情報不足な僕を放って、彼は自身の胸中を吐露した。しかし、中三というワードで大体の話を理解した。これはまた鈴木君の生徒会活動絡みの話だな。
「謝るべきは僕も一緒だよ。周囲に肩の怪我のことを話さなかったのがいけなかったんだ。ごめん。これでチャラにしよう」
そういう話であれば、僕も彼のことを無下にするわけにもいかない。僕は彼に向かい直って、頭を下げてから、微笑んだ。
しかし、彼の顔は晴れなかった。
「君の肩の怪我は一昨年の内から知っていた。でも、今日まで謝罪に行く気が出なかった。副会長でありながら、仕事の遅延を全て君のせいにしたり、リレーの一件では君が不利益になるような判定をわざと出したりした。
怖かったんだ、君に断罪されるのが。だから今日まで、謝罪に行けなかった。
だから、ごめん」
ほほう。
彼、中三の時の生徒会副会長だった人なのか。
それにしても、仕事の遅延だとか、リレーの不利益な判定だとか。やっぱり鈴木君、部活動紹介以外にも色々とトラブルを抱えていたらしい。
「いいよ」
まあとりあえず。僕は微笑んで彼に伝えた。
「え?」
「だから、いいよ。こちらにも非はあったし、何より君は十分に反省しているだろ。だからわざわざこうして謝罪に訪れたんだろう? その誠意だけで、もう僕は満足だ」
本心だった。
まだまだ未来ある彼に、過ぎたことで後悔して停滞などしてほしくなかった。時間は無限ではない。有限だ。一分一秒を成長のために無駄にしてほしくなかった。
それに……。
「でも……」
「じゃあ、こうしよう。今度一緒に野球でも見に行かないかい。僕、横浜ファンなんだ」
そういうと、元副会長は目を丸めていた。昔因縁を抱いた人からの突然の誘いに驚いてしまったのだろう。
「じゃあ、それで」
戸惑い気味に、元副会長は応じてくれた。
それに……。
それに、僕は後悔をしないように生きると決めたのだ。反省する彼の気持ちを汲まずに反故にし続けて、過去に囚われ続けて、僕は果たして成長出来ようか。答えは否だ。
そりゃ、時には感情的に文句を言うこともあるだろう。失敗することもあるだろう。
でも、その度に僕はどうして失敗したかを考えて、二度と同じことをしないように取り図ろう。
何せ、僕の金言は、『失敗しても、死なない』だからな。
隣にいたいと思った白石さんのためにも。
失意の中この世を去った鈴木君のためにも。
僕はこれから、後悔しないように先に進もう。成長していこう。
……だから、これは僕の決意の初めの一歩だ。
放課後、一年一組の教室には一人の生徒だけが残っていた。
ふて腐れた顔で机の上に敷かれた作文用紙を見つめる彼を見つけた僕は、微笑んで扉を数度ノックした。
彼はこちらに気付くと、ふて腐れた顔を歪めて、とても嫌そうな顔をしていた。
「何のようですか、鈴木さん」
大石君の心底嫌そうな声に、僕は思わず苦笑していた。
「聞いたよ。休み前、鳳にいつかの説明をしなくてこっぴどく怒られたそうだね。今日はその居残りかい」
「えぇ、そうです。本当下らないですね」
「下らないと言っても、一応鳳は今君の上司なわけだからね。彼の指示に従わないわけにはいかないだろ?」
「うるせえ」
雄弁で語りながら彼に近寄ると、彼はそっぽを向いて悪態をついてきた。相当嫌われているな、こりゃ。
「それで、何の用ですか?」
彼の前に立つことしばし、彼は今日一番不機嫌そうな顔で僕を睨んできた。
「僕を笑いに来たんですか? 性格悪いですね。ほら、僕は担任に目一杯叱られましたよ。それで今居残りをしているんです。これで満足ですか?」
「満足なもんか」
「……ケッ」
僕は彼の前の席の椅子を引いて、腰掛けた。
「僕はまだ、今回の件はあんたのせいだと思ってますよ」
「そうだね」
僕が同意すると、大石君は目を丸くしていた。多分、同意してくるとは思っていなかったのだろう。
「あんた、気は確かか?」
「確かだよ。だってそうだろ。少なくともあの場で僕が黙っていれば、君はあの場ですべり倒すだけで済んだわけだしね。
大人気なく事を荒げたのは、確かに僕のせいだってわけだ」
そもそもあの時の僕は、事を荒立てるべく彼に突っかかった。
妬みとかそういう下らない用件で、僕を貶めようとする彼が許せなかったんだ。
彼などどうなってもいい。そう思って、僕は彼を貶めた。
でも、今は僕の内心で変化が生じてきていた。
僕は過去に囚われないと決めたのだ。
だから僕は、彼との下らない因縁にケリをつけたいと思ったのだ。
このままではきっと、僕と彼は一生対立したままだ。
禍根を残したまま、互いにこれからも足を引っ張り合うだろう。
……この前まではそれでいいと思っていた。
でも、それじゃもう困るのだ。
過去に囚われたくないと決めた今、僕はそれじゃ駄目なのだ。
だって僕は、先に進みたいから。
後悔なく先に進むためには、彼との禍根を残すわけにはいかないじゃないか。
「だからさ。一緒に考えよう。鳳への説明をさ」
そこまで話すと、大石君は目を丸めた後、高笑いを始めた。
「全然、気は確かじゃないですよ、それ」
「本当かい。でもあの場で僕に突っかかる君も、大概気は確かじゃなかったね」
「確かに」
クツクツと笑った後、大石君は俯いていた。
「鈴木さん。僕は先輩が大嫌いです。どうしてかわかりますか?」
「そりゃ、同じ野球をする身で僕の才能に嫉妬したとかだろう。自意識過剰みたいな物言いだけど」
「違いますよ、自意識過剰ですね」
「あ、そう」
大石君は再び笑い出していた。
「鈴木さん。僕、実はあなたのピッチングを見に行ったことがあったんです。凄いピッチングだった。確かに妬みそうになるほど、才能を見せ付けるように、圧巻のピッチングを披露してくれました。
凄い人もいるんだな。最初は僕も尊敬の念を抱いた。
でも、その日あなたはテレビの取材でとても辛そうな顔で自分のピッチングを語っていました。
まるで、野球はただ嫌々やっているだけだって言いたげに。
バカにされた気分でした。僕には確かに才能はないが……真面目に野球はしていた。心の底から野球が好きで続けてきた。その気持ちをバカにされた気分だった。
だから僕は、あなたが嫌いだった。嫌いなもので僕よりも数段上の才能を持つ癖に、嫌々な態度なあなたが嫌いだったんだ」
何だか既視感のある話だ。もしかして、真奈美さんと同じ日の試合かな。
ただ、そうか。
当人は気付いていないが、彼も結局鈴木君への対応を失敗したんだ。鈴木君の真意を読み取れず、誤解をしてしまったんだ。
「鈴木さん」
物思いに耽っていると、大石君に声をかけられた。彼は続けた。
「先輩は、野球が好きなんですか? 心の底から、好きと言えますか?」
大石君の瞳は、これまでの僕を小バカにするような瞳とは違い、まるで僕の真意を見定めようと言いたげに切実なものだった。
多分、鈴木君も大石君も素直じゃなかったんだな。
こうして互いの気持ちを打ち明ければ、きっと因縁など抱えることもなく友情が生まれていたのではないかと思った。
でも、それは今更な話だ。
鈴木君はもう彼の思いに答えることは出来ない。だって彼は、もういない。
……でも。
でも、僕がいる。
二十五歳でもない、元サラリーマンでもない、僕がいる。鈴木君の代弁者がいる。
「大好きだよ。魂にも誓えるほど、大好きだ」
だから僕は、苦笑気味にそう伝えた。
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