お山の大将

 白石さんの説明は粛々と続いた。

 僕は資料を見ながら、当日の流れを確認していった。

 新入生へ向けた部活動紹介は、四月二十三日の午後から体育館で実施される。部活動毎に紹介する都合もあり、当日は午後授業はなく、発表を待つ間は各自部活動に精を出すように促すようだ。これは毎年そうしているようで、今更部長連中が噛み付いてくることはなかった。


 部活動紹介は各部五分間隔で行われて、総勢三十部が順番に体育館の壇上付近を使って新入生に向かってあの手この手を使って勧誘を行うそうだ。一部の文化部ではコントとか雑学を語るだとか、一切部活動と関係ないことをやったりもするらしいが、運動部、特に球技の方面ならば基本的にはボールを扱っている姿を見せる等して、新入生の好奇心をそそるようにするらしい。まあ、鉄板といえば鉄板な内容だろう。

 ただ、ボールを扱うことをとっても少しばかり制約がつくそうだ。丁度白石さんが説明しようとしていた。

 

「また、当日のルールとして、ボールやグローブの使用は問題ありません。ラケットも可能です」


 白石さんは野球部部長の方に目配せをしていた。件の部長は僕との一件ですっかり不機嫌になっており、何か嫌なことがあれば再びその碌でもない牙を向けそうな殺気を孕んでいた。せめてそれが部活動紹介という大義の下に行われるならばまだいいのだが。


「ただし、バットの使用は不可です。ラケット等と違いコントロールするのが極めて困難で、かつ硬球が新入生達の方へ飛んで怪我をさせないとも限りませんので」


「何でだよ。大丈夫だよ」


 そら来た。早速野球部部長が噛み付いてきたよ。


「大丈夫というのは、壇上から絶対にボールが新入生達の方へ飛んでいかない、という解釈でいいんですか?」


 僕は野球部部長に尋ねた。


「ああ、そうだよ」


 僕に対しては極めて陰鬱そうに、野球部部長は返事をした。


「それでも、危険なので駄目です」


「なんでだよ! 野球といったら、ボールをバットで弾き飛ばすのが醍醐味の一つだろ。それじゃノックも出来やしねえ! 何とかしろ!」


「だったら、せめてボールを替える等してください。とにかく硬球は駄目です。ゴムボール等では駄目ですか」


「駄目に決まってんだろ。そんなんじゃ野球独特の迫力が損なわれる! 硬球で! バットも許可! これは絶対に譲れない!」


 横暴な態度で野球部部長が叫んだ。

 白石さんは少しだけ怯えたように眉をしかめていた。

 体育館の遠くから見せるだけなのに、そこまで硬球にこだわる理由は何なのか。そう突っ込んでやりたい気もしたが、どうせお前ら全然わかってねえ、みたいな感じでまた突っかかられるんだろうなあ。


「白石さ……会長。野球部部長がそこまで言うなら許可してもいいのでは?」


 最早抗議も面倒になり、僕は野球部部長に加担した。


「でも……」


「大丈夫。彼は硬球で新入生含む観衆に絶対に危害を加えないからバットを使わせてくれ、と言っているんだ。彼が絶対に大丈夫と言うから僕達は許可するんだ。何か問題が起きたら、全ては危機管理も万全とこちらを偽った彼の責任だよ。こちらが責任を負う必要は一切ない。

 事実、僕達の危険視する内容に、彼は一切の代案も対策も講じる様子はない。それだけ誰にも危害を加えないという自信があるのか。もしくは危害を加えても責任を取れるからなのか。とにかく何かあれば彼が自分でケリをつけてくれるさ。

 そうですよね。何かあった時に責任を取れるから、こうして認可を求めているんですよね?」


 わざとらしく微笑んで伝えると、野球部部長は黙りこくった。こちらから提示した折衷案を呑まないのだから、彼に容赦をする必要はないと僕は判断した。

 そもそも彼、最早僕達を出し抜きたい一心で一々文句をつけているだろ。最初はあれだけやる気のない態度を見せていたのに、偉そうな態度を変えようともせず、何故そんなにも堂々と噛み付いてこれるのだ。


「さ、次に行こうか」


 その後も事あるごとに、野球部部長は白石さんの説明に突っかかってきた。その度に僕に論破されているのに、懲りた様子は微塵もない。

 既に大半の部長連中も、白石さんを除く生徒会役員の面々も、僕と野球部部長の口論に一歩後ずさってるように見えた。厄介ごとに絡みたくないのだろう。

 ただ、大半の生徒が野球部部長の態度が横暴であることは察しているようだ。彼が文句をつけようとする度に、周りの人の顔が歪んでいた。それでもフォローする気がないのは、相当彼を恐れているからなのだろう。彼、所謂ガキ大将タイプだもんな。

 まあ僕としても、余計なフォローは必要ないと思っていた。感情的に揚げ足取りに必死になる野球部部長の言い分は稚拙で、真っ向から正論を並べれば負けるはずがなかった。

 

 予定よりも随分と長く会議は続いた。生徒会顧問の須藤先生なんて、これだけヒートアップしている生徒がいるのも関係なしと言わんばかりに、すっかりと居眠りに興じていた。仲裁役としてこの場にいる自覚がないらしい。使えない人だ。


 それでも、ようやく一通りの当日の説明を終えた白石さんは、大きく息を一つ吐いて、再び話し始めた。


「それでは最後に、当日の順番決めをしようと思います」


「どうやってだよ」


 またか。

 いい加減、誰かこの野球部部長をどうにかしてくれ。おいこら須藤。お前だよ、お前。

 こういう時、鳳が欲しくなるな。あいつなら僕と一緒に彼への論破を手伝ってくれただろう。

 後輩に論破されるか、教師に論破されるか。

 後輩に論破されるのは無様だが、教師に論破されるのは精神的苦痛が伴うものだ。そうなれば彼も、少しはおとなしくなっていただろうに。


「くじ引きで決めようと思っています」


 いい加減白石さんも鬱陶しく思っていたのか、ため息を吐きながら野球部部長に言った。


「くじ引きだあ?」


 遂にそんなことにまで突っ込み始めた。下手なお笑い芸人より突っ込んでいるぞ。


「公平だと思うのですが」


「ふざけんな。そんなの運が悪い人ほど不利になるじゃねえか」


 だから不公平なのか?

 ……いや、不公平なのかもしれない。運が悪い星の元に生まれてしまったのばかりは、さすがに可哀想な気がするようなしないような……。

 ああ駄目だ。僕も疲れてきている。


「では、どうしたいんですか?」


「知らねえよ!」


 知らないんかーい。さっきからそうだが、せめて代案は用意しろ。代案もないのに文句をつけるな。

 ……て、そうか。

 彼はただ僕に噛み付きたいだけだから、代案を用意せずに気に入らないことに突っかかっているんだったな。

 ……いや、一応それだけではないのかもしれない。


「順番なんて関係ないのでは? 一番大事なのは発表内容だと思うのですが」


 そう言う白石さんに、


「内容なんて関係ねえよ! こういうのは最初に発表する方が目立つんだよ。だから順番を運なんて不平等なもので決めることに納得いかねえんだよ。俺はなんとしても野球部の紹介を成功させたい。そこの鈴木が言ったことを実行しているだけだ。自分の思惑を胸に抱いて、自分の利益のために。俺は一番に野球部の発表をしたい。

 だからなんとかしろ!」


 野球部部長は、彼なりの持論を展開した。

 それを聞いて、やはりと僕は納得した。

 野球部部長は、言っているこそ的外れで頓珍漢だが、それなりに自分の中でこうしたい、という意思は持っているらしい。

 先のバットの件も、部活動紹介の場で、彼はバットを持って硬球を打つという演出をしたかった。


 そして今回の件では、自分の好きな順番に野球部の発表を持っていきたいのだろう。


 ただ、それに至らせるための手段が横暴すぎる。先ほど僕は、互いが互いの思惑を胸に抱えて、互いの利益のために、されど相手を精一杯思いやって対話するのが会議だと論じた。

 しかし彼は、ここまで代案は一切応じない。自分の意見は曲げない。つまりは対話を完全に無視したただの傲慢で横暴な押し付けを実行しようとしている。


 先ほど彼を所謂ガキ大将だと論じたが、それはどうやら間違いではないようだ。多分彼は、今日までこういう横暴な物言いを続けて、自己を確立してきたのだろう。だから今、この態度を貫くことで自分の意見がまかり通ると思っているのだろう。


 ……ならば。


「わかりました。なんとかしましょう」


「ちょ、ちょっと鈴木君」


「何だよ、話がわかるじゃねえか。じゃあ考えておけよ」


 偉そうな態度は覆ることなく、野球部部長は自分の話は終わりだと言いたげに腰を上げた。


「ちょっと待ってください。どこに行くんです?」


「どこって練習だよ。大会が近いんだ。当然だろう? なんとかしてくれるんだもんな。それがお前の仕事だもんな」


「ええ、なんとかしますよ。でもそれは後日じゃない。今すぐだ」


「何?」


「あなたは言いましたね。自分の思惑を胸に抱いて、自分の利益のためにもお前らがなんとかしろって。だからなんとかしましょう。皆さんが円満にこの会議を終わらせられるようにしてあげるんです。

 だから、この場でケリをつけましょう。三十部の発表順をこの場で、今日決めるんです。あなたの言い分通りなんとかしますよ、この場で。今からね」

 

 絶対に野球部部長の思い通りにはさせん。

 僕の言葉に、野球部部長だけでなく他部長の顔まで歪んだ。

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