助け舟

 放課後、各部活の部長連中が集まるより十五分くらい早く集まった生徒会役員メンバーは、せっせと机をくっつけてこの後の会議の準備を進めていった。


「鈴木君、几帳面ー」


「そうだろう? こういうのは綺麗に揃っていた方が見栄えがいいからね」


 机の角が揃うように机を並べていたら、書記ちゃんにお褒め預かった。素直に褒められると嬉しいものだ。

 見栄えもそうだが、整理整頓は仕事に鉄則だ。どこに何があるか。これはここに置く。日々忙しい社会人は、物を探す時間すら省きたがるのだ。


 ギロリ。


 ただそんな鼻が高い時間も束の間、白石さんからの鋭い眼光を頂戴した。おお、怖い怖い。怖くて、書記ちゃん事消し去れそう。ごめんね書記ちゃん。


「さあ、そろそろ部長達が来るからさっさと準備しようかー!」


 敢えて声を張って、準備を進めた。書記ちゃんと距離をとると、少しだけ残念そうな声が書記ちゃんから漏れた。思わせぶりな態度は辞めたほうがいいゾ。僕の彼女は怖いからね。

 白石さんの方から大きめなため息が聞こえた気がした。


「早くしろー」


 うんざりしたような声で、生徒会顧問の須藤先生が言っていた。何でも、教師陣で下っ端という立場上、断れなかったそうだ。とはいえ、決まった以上はもう少しやる気を出して欲しいものだ。


 準備を終えてまもなくして、ゾロゾロと生徒達が視聴覚室に足を踏み入れ始めた。どうやら彼らが、件の部長連中なのだろう。件というほど話題に上げた気がしないが。

 放課後という時間も相まってか、部長連中は雑談交じりに生徒会長白石さんの指定した座席に腰を下ろしていった。しかし、私語を止める気はないらしい。これでは新入生となんら変わらんな。


「静かにしてください」


 各部長が揃ったところで、白石さんが声をあげた。最早お馴染みのフレーズだ。ただそれがお馴染みな状況というのは、生徒会役員サイドからすると少しばかり寂しいものだ。たまには自分を律する姿勢を見せてほしいものだ。まして、彼らは各部活動の部長。他部員の見本となるべき彼らがそんな態度でどうするのだ。


 しかも彼ら、白石さんの言葉を聞く様子が未だに微塵も感じられない。これはあれだ。白石さん、三年生である部長連中に舐められているな。

 

「静かにしてください」


 もう一度白石さんが言うが、それを聞く人はあまりいなかった。そして、一度黙った連中も騒ぎ続ける連中の顔をチラリと見て、苦笑交じりに再び雑談を始める始末だった。いやまた始めるんかい。注意するとかないのかい。


 生徒会顧問の須藤先生は、この場に介入するつもりはないみたいだ。

 白石さんは顔色をあまり変えていなかったが、彼氏目線で少しだけ戸惑っているのがわかった。いつも一緒にいるからね。気付いて当然だ。素晴らしい洞察力だ。我ながらホレボレするね!

 ただ……思えば、こうして上級生相手に彼女が場を仕切る機会は今日まであまり恵まれてこなかった。昼休み、上級生相手の会議の場に一抹の不安を抱いたが、久しぶりに僕の悪い不安が的中してしまったようだ。


「いい加減黙ってください。時間が勿体無い」


 致し方なし。こうなれば僕が泥を被るとするか。そう意気込み、僕は声をあげた。

 まともに話を聞かないこういう連中にやる気を出させるには、こうやって煽るのが一番手っ取り早い。


「ああっ!?」


 坊主頭の男が顎をしゃくらせて僕に喧嘩を売ってきた。野球部だろうか。坊主だし。


「お前、舐めてんの?」


「舐めてません。逆に聞きますが、何故僕があなたを舐めていると思ったんですか?」


「テメエ、舐めてんじゃねえか!」


「わかってないな」


 僕はやれやれと肩を竦めた。


「あなたの質問に僕は答えた。では何故あなたは僕の質問に答えないんですか?」


「口答えすんじゃねえ!」


「口答えしていないでしょ。そもそも何故口答えしちゃいけないんですか?」


「テメエが後輩だからだろうが!」


 一年先に生まれたことを誇る人が多い世の中だ。

 まあ、それはいいや。学生のうちに他人より誇れるものなんて、それこそ年齢くらいしかないだろうしな。


「これは年功序列が関係する会議なんですか?」


 そういうと、野球部部長は口を閉ざした。


「あなたはここまで僕の質問に一つも全うな答えをしていませんが、もう一つ質問をさせてください。この会議の目的は何ですか?」


「なんだと?」


「いいから答えてください。認識の齟齬があったら困るでしょう?」


「来週の部活動紹介の説明と、部活動の発表順を決める場だろ」


 舌打ちをして、野球部部長は答えた。


「そうです。さすがですね。よくわかってらっしゃる。ではもう一度聞きます。何故僕があなたに口答えをしちゃいけないんですか? 何故あなたは僕の質問に答えないんですか?」


「それは……」


「僕が後輩だからですか? そうだと思ったなら筋違いも甚だしいですね。僕はあなたの後輩としてこの場に望んだわけじゃない。

 あなた達、各部活動を代表する部長の方々と、新入生達に向けて我が校の部活動の良さを知らしめるために協議をする生徒会役員の一人として、僕はこの場に望んでいます。

 さて、では僕もあなたと同じ質問をしますね。

 あなた、僕達を舐めてるんですか? この会議を有意義な会議にする気があって、この場に望んでいるんですか?」


 野球部部長は悔しそうに唇をかみ締めていた。


「やる気がないなら帰っていいですよ。他の部長方もどうぞ」


 そう言うと、揚げ足取りが出来るとでも思ったのか野球部部長が血気盛んに邪悪な笑みを浮かべ始めた。


「ただし、そういった部活動には相応の対応をこちらもしますよ。当然ですよね。部活動の一環でもある新入生への部活動紹介をないがしろにしようとしているんだから。同好会への降格。部費の撤廃。何なら廃部もありですね。

 脅しじゃないですよ。あなた達の今の態度を生徒会の一員として校長にでもお伝えします。そしたらトントン拍子に話は進むでしょうね。廃部は無理でも、あなた達の内申を下げることくらいわけない。

 部長という部活動の代表であるはずの立場の人間が、無責任な行動を取るとはどういうことか、それをわからせてあげますよ。

 良かったですね。あなた達の名前は一生我が校に刻まれますよ。不名誉な形ですけどね。でも中々できる事じゃない。素晴らしい。おめでとうございます」


 皮肉交じりに微笑み拍手をすると、野球部部長は顔を青くさせて元々座っていた椅子に座り直した。


「さて、無責任なあなた達のせいで時間を無駄にしてしまいましたね」


 僕は野球部部長が座り直したのを見届けると、続けた。


「どうして僕がここまで嫌みったらしい言い方をしたかわかりますか?

 それは、これ以上無駄なやり取りでこの時間を粗末にしたくないからです。時間は無限じゃない。有限なんです。人によっては時間を使うことで、お金という対価を得る人だっている。時間とはお金なんです。

 だからこちらが誠意ある態度を見せてあなた達に時間を割いてあげている今、各部活動の代表である部長各位には誠意を見せてもらわないと困る。

 互いが互いの思惑を胸に抱えて、互いの利益のために、されど相手を精一杯思いやって対話するのが会議でしょう? 自らの胸に手を当てて、しっかりと思い返してください。自分の行動がどうだったかを。誠意のある物だったかを」


 相手を思いやる、か。大概僕も欠けていることだが、今回は棚に上げてしまいましょう。


「はっきり言って、今のあなた達の態度はあまりに誠意が欠けている。反省してください。そして、ここからは態度を改めて会議に望んでください。

 いいですか。決して履き違えないでください。これは情状酌量ではないですよ、最後通告です。

 わかりますか? 生徒会役員の権限で、ここであなた達を追い出すことだって僕は出来たんです。

 それをせず、こうしてあなた達と未だ対話する機会を設けた意味をしっかりと理解してください」


 シュンとする上級生の顔を窺って、僕は白石さんに目配せをした。

 さてと、そろそろ始めましょうか。


「少し遅くなりましたが、これから新入生に向けた部活動紹介の事前打ち合わせを開始します」


 白石さんの声を遮る雑音は、もうなかった。

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