当たり散らす

 まあ野球部部長が言うこともあながち間違いではない。僕達生徒会メンバーがすべきことは、この場の収集だ。揉め事にならないように折衷案を提示し、相手を納得させる。それがこの場で僕達に求められるタスクだ。

 ただ、彼は一つ見落としている。

 それは僕達のタスクは、それ以外にもあること。それは、この場にいる誰もが円満に、納得して会議を終わらせられること。そして、より早く当日の順番を明確にさせることだ。こういうことは引き摺れば引き摺る程に尾を引くものだ。

 例えば、当日とある部活がうまく自分達の部活動を紹介出来なかったとする。そしてもし、その紹介を失敗させてしまった理由を、順番一つ円滑にさっさと決められない生徒会のせいだ、と難癖をつけてきたとする。するとどうなるか。

 答えは彼らの言い分通りに生徒会の責任となってしまうのだ。

 難癖も良いところだとこの実情を知っている人ならば誰もが思うだろう。だが、生徒会の立場としては文句をつけることは出来やしないのだ。自分達の仕事をすぐに終わらせなかったのは事実なのだから。

 だからこちらとしては、何時間かかろうとこの場で発表順を決める以外の選択肢、というか案を用意する気は更々ない。

 向こうが強硬手段を先に用いたのだ。こちらだって同じことをしても、バチは当たらない。

 

「ふざけんな。これ以上は付き合ってらんねえよ! こっちだって忙しいんだよ」


 野球部部長は吼えた。


「ならあんた、なんであんなに自分だけが得する横暴な意見をポンポン出したんですか? 会議がどれだけ長引いても自分の意思を通したいからだろ? だからこっちは一つずつ丁寧に応じてきたんだ。なのに、今の言い分は明らかにおかしいだろ」


 僕はそんな無責任なガキ大将の喉元に噛み付いた。勿論比喩である。


「行動も一貫できない癖にあれだけ文句を付けたんですか? あなた、さっきからおかしいですよ。より良い部活動紹介をしたいんでしょ? だから時間を惜しまなかったんだろ? なのに今のその態度はおかしいだろ。突っ立ってないで、いいから早く座ってください。これ以上時間を無駄にする気か」


 これまで丁寧な口調を続けた男が、怒気をこめて喋ったのが効いたようだ。しばらく逡巡した後、野球部部長は渋々席に戻った。

 彼が帰ろうとした理由は勿論承知している。こんな退屈な会議、彼はさっさと終わらせたかったのだろう。そして、自分の自由な時間を謳歌したかったのだろう。

 だが、それは彼だけではないのも勿論理解している。

 この場にいる部長連中の誰もが、野球部部長同様さっさとこの会議を終わらせて帰りたいと思っているに違いない。


 だが、僕の一言で彼らもまた野球部部長同様この場に拘束されることになった。


 しかしどうだ。


「んだよ、この坊主。いつまで時間かければ気が済むんだよ」


「偉そうなことばかり言って。酷いったらありゃしない」


 部長連中から陰口が聞こえた。彼らのヘイトは今、野球部部長に向いていた。

 ガキ大将が偉ぶるだけ偉ぶって、この会議を荒らすだけ荒らして、果てには自己中心的にいの一番に帰ろうとする。あまりに誠意の欠けた彼の行動に、怒りを覚えない部長は一人としていなかった。

 その点僕は、彼の横暴に丁寧に答えるもブンブンと振り回された哀れな男子生徒、くらいに写っているだろう。……多分。

 まあとにかく、そういうわけで僕にヘイトが向くことはなかった。少しだけホッとしているのはご愛嬌だ。


 ただまあ、野球部部長の言い分も一つは認めてやろう。くじで順番を決めたくないという意見だ。


 僕は立ち上がると、黒板の前に立ち、一から三十まで番号をチョークで書いた。


「皆さん、これ以上は時間も勿体無いので、挙手制で決めましょう」


「挙手制?」


「そ、これから僕が一から三十まで順に読み上げるので、好きな順番で部活名を名乗って挙手してください。そしたら応じた番号の下に僕が部活名を書く。

 被ったらじゃんけんして、勝った部活がその順番で発表出来る。

 で、負けたら残った番号に挙手をする。指名する。

 どうです。くじで決めるよりはまだ公平性があると思うんですが」


 野球部の彼に乗っかるなら、所謂ドラフト制度である。


「賛成の方は挙手を」


 白石さんの声に続き、まばらに手が挙がった。ひいふうみい……賛成多数。可決だな。


「はい。では一番」


 消沈気味に野球部部長が挙手をしたのが見えた。そして、同じタイミングで三つの手が挙がった。


「各部活動、部活名を名乗ってください」


 VIP待遇で野球部だけは先に書いてから、僕は聞いた。吹奏楽部。オカルト部。

 そして、


「手芸部」


 ぶっきらぼうに、いつかの文化祭でのバンドメンバー、山田さんが言った。相変わらず染髪している。それ校則違反だぞ。ていうか、二年で部長なんだね。

 やるやん。明日は俺にリベンジさせて。


「はい。次」


 そうして順々に数字の下を埋めていった。部活動紹介の順番は、早くも二十以上が決められた。


「はい。じゃあ被った番号の……一番から、じゃんけんして発表する部活を決めてください。負けたら空いている番号を言ってください」


 紹介順が決まった番号がわかるように、一つしか部活名が書かれていない場所にチョークで大きく丸を書きながら、僕は言った。


「おい。じゃんけんじゃ駄目だろ!」


 すっかり意気消沈していたと思ったが、野球部部長は再び難癖を付け始めた。

 もう僕、疲れたよ……。

 振り返りながら文句をつけようとしたら、


「あんたさ、さっきから文句ばかりで全然代案を出さないよね」


 山田さんが機嫌が悪そうに言った。


「あんだとっ!?」


「あんた、そういう言い草でずっと皆を自分の思い通りにしてきたんでしょ。だから、懲りることもなくずっと難癖だったり文句をつけるんでしょ。そうすれば皆が自分の都合に合わせて何とかしてくれたから。

 正直格好悪いよ、そういうの。

 文句があるなら、じゃあどうすればいいかも一緒に言えばいいじゃない。それがいいか悪いかを皆で話し合うのが会議でしょ。

 それすらも言えないなら、文句なんてつけないでよ。鈴木は優しいから中々はっきり言わないけどさ、今のあんた凄い迷惑。文句を言う前に、じゃんけんで勝てばいいだけでしょ。じゃんけんに勝つ自信もない癖によくそんな生意気言えるよね。

 まったく。出来れば同じ部長だと思いたくない」


 生徒会でもない同性でもない年下の女子にここまではっきり言われたからか、野球部部長はすっかり黙り果ててしまった。

 そしてじゃんけんの結果。


「一番は手芸部ね」


 僕は手芸部に丸をした。


「あちゃー、楽器の運搬面倒だから一番に終わらせたかったのに」


 吹奏楽部寺井部長が言った。え? なんで部長の名前を知っているかって? 当たり前だろ。白石さん共々、僕達はこの学校の吹奏楽部の大ファンだぞ。

 

 そうして順番決めのじゃんけんは進み、二順目の順番決めも終わり、三順目も終了。ようやく全部活動の発表順が定まった。


 結局野球部部長は最後まで順番が決まっていなかった。本当に運が悪かったんだな。それは少し同情した。まあ後半は、最早順番の優位性がないような順番しか残っていなかったのだから、わざわざ別の部活動が入る場所に入らなければいいだけだったのだが。思い通りにいかない苛立ちから、誰かに当り散らしたい一心だったのかなと思うと、同情する気も失せたが。


「お前ら、いつまで学校に残ってんだ」


 居眠りから覚めた須藤先生は、僕達を叱りつけた。こうなったのも彼のせいだと言うのに、そんなことすら気付かずにさっさと僕達を視聴覚室から退散させた。


「皆さん、今日は遅くまでありがとうございました」


 廊下にて、呆然としていた部長連中に僕は挨拶をしてお辞儀した。

 頭を上げると、ここまで会議をリードした生徒会一同への慰めの声が響く中、一人坊主頭の生徒が大きな態度で暗闇の続く廊下を歩いていっているのが目に付いた。


 彼、これで少しは反省しただろうか。

 自らの言動、行動が配慮に欠いたものだったと気付き、悔い改めるだろうか。


 ドカンッ


 ゴミ箱が蹴飛ばされる音だった。

 どうやら彼は、変わることはなかったようだ。

 暗黒の道に一人進む彼が、僕はどうしようもなく愚かに見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る