白石さんの本気
白石さんから僕の手を借りない宣言を受けて、早数日。意気込みやろうとした事に参加出来なかったこともあって、僕はうだつの上がらない日々を過ごしている。授業中も、最近身が入らない日が続いている。前はあんなに楽しく授業を聞けたのに、こんな精神状態になる日が来ようとは、思いもしなかった。
そんなうだつの上がらない僕とは対照的に、白石さんの準備は滞りなく進んでいるようだ。彼女の応援演説を務めることになった安藤さんからの情報である。
僕の手を借りずに頑張ると言っていた白石さんだったが、正直今でも若干不安な気持ちが残っていた。でも、関わらなくて良いと言われた身で、進捗を直接聞くのは過干渉だとか言われそうだったので、僕はこうして三日に一回くらいのペースで彼女の応援演説を担当する安藤さんから話を聞いていた。ただ、話を聞いている限りは、やはり僕の出番はなさそうだった。
それにしても、安藤さんに応援演説を依頼する白石さん、中々に策士だな。バンドのマネージャーとして尽力した経緯もあるし、仲が良いこともあるし、安藤さんが彼女を無下にするはずもないもんな。
安藤さんは気さくで悪乗りしやすい性格ではあるが、学力は学年でも常に十五番台には入るレベルだし、何より先日の文化祭でのバンド以降、一年でありながら彼女の顔を知らない生徒はかなり限られている。
生徒会投票とはある種、人気投票の面もあるし、学校での有名人の安藤さんの起用は間違いなく正解だ。
加えて、
「うん。学校側からの承諾は貰った。先生サイドにとっても、学力推進プログラムは好感持てる施行だったみたい。特に駆け引きみたいな難しいこともなく、トントン拍子に話は進んだよ」
唯一僕が介入出来そうな公約として掲げる予定の学力推進プログラムの教師陣との調整も終わってしまったそうだ。
「そっか……」
安藤さんからの報告を受けて、僕は机に突っ伏した。
「まあ、須藤先生とかは休日出勤に難色を示していたみたいだけどさ、鳳先生はかなり好意的でね」
「うげ」
またその名前を聞く日が来るとは。
「鳳先生が部活動の合間に協力するって言ったらさ、教頭先生からも他の教師陣に説得してくれてさ。何とかなった」
「そう」
まあ、教師側から一人でも好意的意見が出れば、他の教師も立場上断りづらくなるよなあ。
鳳からすれば、休みの日も部活動のために学校には来ているし、片手間だったのだろう。
……後は。
「うん。でさ、面白かったよ」
「何が?」
「鳳先生、鈴木君はどうしたのって聞いてさ。白石さんが、今回彼はまったく関与していないって伝えたら、それはもう目を丸くしてさ。二枚目の先生があんな顔するとは思わないじゃん。本当、面白かった」
ケラケラと笑う安藤さんに、僕もその顔を是非見たかったとほくそ笑む。
僕が、何故鳳が白石さんに協力的だったことに納得したのか。
それは、いつかのバンドの時に、僕と白石さんが友人であることを彼が知っていたからである。多分奴は、今回の一件も裏に僕が絡んでいると思ったのだろう。
だから、教師でありながら僕への貸しを作るために、こうして尽力して回った、と。
しかし、蓋を開けてみれば、あらびっくり。今回の件で、僕の名前は一切出てこなかった。
そりゃ、目を丸くするわな。
「見たかったなー」
大層傑作だったであろう。学生一人に体よく使われる鳳の姿は。
『だから、あたしがどこまで出来るか、見ていて?』
「はあ」
彼女の決意に篭った顔を思い出して、僕は力なくため息を吐いた。
本当、今回僕の出番皆無だな。
まあ、それは本来喜ばしいことなのだが。好き好んで厄介ごとに絡みに行く人なんて、普通いない。
でも、他でもない白石さんの厄介ごとであれば……。
はあ。
情けない。良い大人になって、傍観一つ満足に決め込むことが出来ないとは。
情けない。いやあ、随分と情けなくなった。女々しくなった。
「あたしもあんまりやることがなくて驚いているよ。資料も全部、たたき台は白石さんが作ってくれた」
「そこまで」
白石さん、今回は相当力を入れて取り組んでいるようだ。
『あなたの力を借りずに、あたしは生徒会長になりたいの。あなたの力を借りずに、自分がどこまで出来るか知りたいの』
あの言葉、どうやら嘘ではないようだ。
「一緒に確認して、気になっている言い回しを精査して、それでほぼ終わり。すごいよ。本当。びっくりした。鈴木イズム、脈々と受け継がれているよ」
「鈴木イズム?」
「そう。白石さん、鈴木君の教えを脈々と引き継いでいるよ。結果を先に書いて、目的に至った背景をデータとあわせて見せることで整合性を取ったり、公約を果たすため、具体的に何をするのか、事細かに書いて、各項目に対しての期限を日にち刻みで書いたり。ありゃあ皆、目を奪われるだろうね。発表用資料というより、あれは宣言用資料」
「宣言用資料、か」
それだけ公約の内容に自信がある証拠、か。
それも当然だがな。もう根回しは完璧に終わっているんだから。資料を見たわけじゃないが、なんとなく想像がつく。多分、公約を果たすための項目の大半が、既に対応済みとかになっているんだ。
生徒会選挙で挙げる公約なんて、それこそその場凌ぎのありきたりな内容、かつ任期中に完遂されるかなんて見える化されることなんてまずないのに、彼女はそれを明確にして、見える化することで、圧倒的な支持を得ようとしている。
まあ、何と言うか。
「確かにそれは、鈴木イズムだ」
なんとも僕らしいやり方だ。
好意とか関係なしに、この体になってから彼女と共に過ごす時間が非常に長かったが、そこまで僕のやり方を踏襲してこようとは。
まあ、彼女は元々地頭も良いし、目で見てきたからこそその対応が出来るようになったのだろう。
「失敗しても死なない。だから失敗したら、どうして失敗したか考えて、それをフィードバックしていけばいいの」
安藤さんが、僕らしい言葉を口にする。
「白石さん、応援演説であたしが台本の台詞を忘れる度にそう言ってくれるの。本当、妬けちゃうね」
「妬けるもんか」
いたずらっ子みたいな微笑を見せる安藤さんに、暗い顔で僕は返した。これじゃ、本当に僕のやること皆無だ。まあ、元々頼られていないのだが。
……そうだよな。
今回僕、彼女に頼られていないんだよな。
彼女にとってこの生徒会選挙は、多分挑戦なんだ。これまでお節介にも絡み続けた僕抜きで、自分がどこまで出来るかの、挑戦なのだ。
挑戦的なその姿勢こそ、若さ。十五歳少女だからこその、挑戦。
多分、年を重ねて酸いも甘いも知った僕ではリスクを考えて出来ないこと。
彼女は今、未来のために成長しようとしている。その点僕は、多分これからの更なる成長はないんだよな。
本当の僕は、得た知識やノウハウを仕事でアウトプットする立場だったのだから。その点彼女は、まだ情報をインプットする立場なのだ。
精神年齢十歳差のギャップをこんなことで感じることになるとは思わなかった。
挑戦に挑んでいる彼女を助けようとすることは、多分お節介以外の何物でもないのだろう。
「ただ、そこまではいいんだけどさ。一つ心配があるの」
「心配?」
「うん」
安藤さんが不安げに頷いてた。
「白石さんの他に、二年生の女子が一人生徒会長に立候補しているみたいなんだけどさ。白石さん、上級生からあまり良く思われていないみたいなの」
なるほど。
自分の思い通りに行かないことが気に入らないタイプの人が、たかが一年なんかが立候補してきて生意気、とか考えているのか。アホらし。
「何もないといいんだけど……」
不安げに呟く安藤さんの顔が、僕は忘れられなかった。
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