僕は僕と決別してしまった。
生徒会選挙、始まる
外に植えてある観葉林が真っ赤に紅葉を始めていた。つい先日まではこんな姿になるなんて思わない程に青々とした姿を見せていたのに。
年を取るほどに一年があっという間に過ぎていくことを実感させられる。毎日変わらない日々を過ごしているのに、時間だけは刻一刻と変化していく。ふとした時に、その事実に僕は度々気づかされる。その度に、心の奥底で疎外感にも似た寂しさを感じるのだ。
そんなノスタルジックな気分を抱く僕の姿は、たったの高校一年生。齢にして十五歳。
季節の移り変わりに趣を感じ始めるには、随分と早すぎるだろ草。
ただ、そう思うのにも理由があった。つい先日まで、学生に混じって文化祭という一大イベントを乗り切って。盛り上がって。
つまり、そう。燃え尽き症候群ってやつだ。はっちゃけすぎて、その反動が僕の体を襲っていた。うだつの上がらない日々が続いた。
そんな文化祭の熱もようやく冷め始めた頃の水曜日のロングーホームルームの出来事だった。
何か面白いことないかなー、と考えながら、委員長である白石さんは真面目にその場を仕切る中、僕は副委員長として端で壁に寄りかかっていた。明らかな職務怠慢である。
「というわけで、今学期のロングホームルーム。我がクラスでは、引き続き地域活動を実施していこうと思います」
文化祭準備もあって、今更にそんなことを決めている。白石さんの言葉に合わせて、活力溢れる若人達は返事をしていた。
僕はといえば、大あくびを端っこでかましていた。本当、ごめんね。
「さて、以上でロングホームルームを終わります」
丁度、授業終了を告げるチャイムもなった。
「と言いたいところだったんですが、皆さんにひとつご報告があります」
「え?」
段取りと違うことを白石さんが言い出して、僕は素っ頓狂な声をあげていた。
「実はあたし、この度生徒会選挙に立候補させてもらいました」
生徒会選挙。もうそんな時期か。
そういえば先週くらいのショートホームルームで、我らが担任、須藤先生がボソボソとそんなことを言っていたような。
それにしても……。
「一年で出るのかい?」
「うん。やってみようと思う」
決意に篭った白石さんに尋ねると、即返事が返ってきた。
普通、生徒会長とは二年生が執り行うケースが非常に多い。一年であれば、まだ学校内でそこまで顔が広くないだとか、そもそも年功序列が優先されるものだからとか、理由は様々あるのだが。
どうやら白石さんはそんなことお構いなしに、やる気みたいだ。その瞳から、彼女が本気であることがアリアリと伝わってきた。
「是非、応援してください」
彼女は最後に微笑んでその場を締めた。
端から客観的に見させてもらうと、少しだけだが不安に感じる部分もある。
ただ、まあそれも……。
手短にショートホームルームも終わり、放課後。すっかり陽が沈むのも早くなった今日この頃。
僕は再びノスタルジックな気分を抱きながら、白石さんに近寄った。
「公約とかは決めているの?」
「うん。大体決まってる」
尋ねると、微笑んでそう返してきた。
「へえ、どんな感じなの?」
僕はその席の主が下校して空席になった白石さんの隣の椅子に腰掛けながら、言った。
白石さんは無言でノートを見せてくれた。どれどれ?
彼女のノートには、二つの公約が書かれていた。
・学力推進プログラムの制定
・目安箱の設置
「この二つ、具体的には何をするの?」
「目安箱の方は、月一で新聞部と協力してアンケートを実施する。内容はマチマチにするつもり。食堂で追加してほしい商品はないかとか、施設内で改善してほしいところはないかとか。募った内容で一番多かったものを学校側と協議してなるべく叶えられるようにするの。
もう新聞部への根回しも済んでる。あたしが生徒会長になった暁には、滞りなく目安箱は機能する」
「へえ、手が早いねえ」
「もう一つのほうは、学校側と調整中。こういう内容は生徒によっては嫌がる人も多そうだし、強制にするつもりはないわ」
「なるほど。これも募集を募って、例えば希望者には土日に自習室を使っていいよ、とかそんな感じか」
「あわよくば教師に出てもらって、講義までしてほしいと依頼しているわ」
「へえ」
一教師の立場であれば休日出勤を嫌がりそうなものだな。まあ、上の立場からすれば、進学率とかは来年度の出願率の重要な要素となるわけだし、推し進めたいと思うかも?
であれば、教師を休日出勤させる費用と来年度の出願率を天秤にかけながら、その上でこれがどれだけ利益をもたらすかを伝えれば、向こうも納得してくれそうだ。
そして、公約といいつつ全てが実施される方向で見通しが立っていれば、それはもう生徒会選挙では有利になるだろうな。だってそれ、もう公約じゃなくて実施事項だし。
それにしても白石さん、陰で随分と手を回していたようだ。
これでは僕の出番、あんまりない。
まあ手伝えそうなことといえば、この学力推進プログラムの方で絶賛実施中の、学校側との調整くらいか。
「よし」
「鈴木君?」
意気込む僕に、白石さんは言った。
「はい。何でしょう?」
「お願いがあるの」
「お願い?」
「うん」
神妙な顔つきの白石さんに、僕は首を傾げた。
「今回の件ね、一つわかっていることがあるの」
「わかっていること?」
「ええ」
白石さんは頷いて、続けた。
「それは、あなたがいれば確実にあたしは生徒会長になれること」
「おお」
買い被られすぎて、思わず感嘆の声をあげた。
「いや、物事に絶対はないよ。うまくいくかはわからない」
「でも、あなたがいれば絶対に悪い方向に進まなくなる。あなたにはそれだけの力があるの」
思わず、照れた。そんな面と向かってはっきりと褒められるだなんて。普通思わないだろう?
「だからね」
「うん?」
「だから、今回はあなたに頼らないで頑張ろうと思うの」
「え?」
「あなたの力を借りずに、あたしは生徒会長になりたいの。あなたの力を借りずに、自分がどこまで出来るか知りたいの」
目を丸めた僕に、白石さんは続けた。
「だから、あたしがどこまで出来るか、見ていて?」
苦笑気味に微笑む彼女に、僕は何も言うことは出来なかった。
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