僕は今、きっと青春を過ごしている
放課後、無事に今年度の文化祭が終了したその日、僕はクラス委員長、白石さんと二人で一足先に打ち上げ会場に向かっていた。安藤さん達にはスーパーで金額分のオードブルと飲み物を買ってきてもらっている。整合性を取るべく金額は無関係者には見せないでくれ、と苦笑すると、向こうにもそうだね、と苦笑していた。
「それで、そろそろ教えてもらえる?」
黙って公道を歩いていたら、白石さんが少しだけムスッとしながらそう言った。
「何を?」
「中々話すタイミングが取れなくて聞きそびれていたけど、売上金のことよ」
「ああ、そのこと」
そういえば、白石さんも安藤さんも、どうして売上金が六万円以下じゃないのだと驚いていたな。
といっても、どうして彼女達が売上金を六万円以下になると勘違いしたのか、僕はさっぱり見当が付いていなかった。
頭を搔いてなんて説明しようか苦笑していると、白石さんは少しだけ寂しそうな顔をしていた。
「いや、違うんだ。別に後ろめたいことをまたしたから話したがらないわけじゃないんだよ」
慌てふためいて、僕は白石さんに弁明した。別に泣かせたいわけじゃないのだ。
というか、後ろめたいことを一度はしたみたいな話し方になってしまった。そんなことをした気は、更々僕にはないぞ!
「むしろ、どうして六万円以下になると思ったんだい?」
「あなた、いつかのロングホームルームで言っていたじゃない。目標売上金は六万円だって。だからてっきり、パイナップルが無くなった後に値下げをしたって行動から、六万円に届かないと思ったのよ」
「ああ、そういうことか」
いつだかのロングホームルームで、確かに目標は六万円と言ったことがあったような。
「でもそれは、あくまで目標だろう? 価格当初は四百円のままだった。販売数が増えれば、自ずと売り上げも伸びるだろう?」
僕としては、当初百五十杯しか売れなかったところを、二百五十杯まで売れるようにしたのだから、売上金がアップするのは当然だと思っていた。
だから強気な割引券の配布や、値下げに踏み切れたわけだ。
「でも……だったらなんで目標は六万円なんて金額を口走ったの?」
「だって、商品が完売出来るかどうかはわからなかったじゃないか」
少し素っ頓狂な顔をした後、白石さんは納得げに頷いた。
「そっか。二百五十杯限度の材料を集められたとしても、何杯売れるかはわからないから、完売した時の売上金ではなくて、ある程度の見込み金額を言ったのね」
「そう」
なるほど。つまり白石さん達が売上金が六万円以下に勘違いをしてしまった理由は、僕の口走った目標金額が販売限度数に基づく金額だと勘違いしてしまったから、というわけか。
「まあ確かに。割引券の配布だったり、パイナップルがなくなった後の値下げだったり、見込みの売上金は都度連絡しておくべきだったね」
事情を察して、僕は反省をした。先にも言ったとおり、二百五十杯まで販売出来るようになったのだから、売上金が増えることは周知と思い僕は報告を怠ってしまった。そして、クラスメイト達も僕の台詞に誤解を起こしてしまった。僕とクラスメイト共々、原価意識が少し甘かった結果だな。今後はキチンと、事前に事細かに詳細を説明するようにしよう。まあ、口で言うのは簡単だが、それが簡単に出来たら苦労はしないのだが。
ただ、もし僕の意図がうまく伝えられていたら、皆の商売への更なるモチベーション向上にも繋がったし、山田さんにもあんなに青い顔をさせずに済んだのかもしれないと思うと、やはり申し訳ないことをした。
「そう思うと、やっぱり今回は僕の責任だなあ」
少し遠くを見ながら、僕は呟いた。
「何の責任?」
「え?」
どうやら聞こえていたようだ。僕は苦笑しながら、続けた。
「いや、僕がもっとしっかりしていればと思ってね。責任を感じてた」
「失敗もしていないのに、責任を感じていたの?」
彼女の言葉に、僕は思わず足を止めていた。
次いで、思わず笑みがこぼれた。そうだ。そうだったな。
「衣装代も賄えた。ライブも成功した。売上金総合一位も成し遂げた。それなのに、責任を感じる必要がある?」
本当、その通りだな。
そういえば、いつか安藤さんとプロ野球を見に行ったときに考察したな。
あるチームがどうして人気球団になりえたのか、と。
僕の結論は、そう。
ファンの皆を喜ばせられるほど、チームが強くなったから。結果を出せるようになったから、だったな。
今回だってそうだ。
僕は、僕達のクラスは、上級生を含めた全てのクラスで一番、売上金が高かった。つまり結果を出したのだ。
仕事において一番大切なことは結果を残すことなんだ。
そう言う意味でつまり。
……つまり、そう。
「終わりよければ、全て良しってことだね」
ライブも成功した。衣装代も賄え、バイトする必要もなくなった。何より、パイナップルをぶちまけたことも挽回された。山田さんも、最終的には救われただろう。
ならば、それでもういいじゃないか。
勿論失敗はフィードバックはしていくが、罪の意識を感じる必要は、きっとないんだ。
僕の言葉に、白石さんは小さく微笑んでいた。
「まだ終わってないわよ」
「え?」
「まだ、打ち上げがあるじゃない」
白石さんの言葉に、僕は再び苦笑して、再び公道を歩き始めた。
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打ち上げが始まってそこそこ時間が過ぎた。
防音スペースということもあり、活力溢れる学生達は大層楽しそうにはしゃいでいた。
主催者側ということでそれなりに忙しく場を進行させていた僕だったが、そこそこ時間が経った頃、他クラスのバンドメンバーを見つけて近寄った。
「ありがとうね。本田さんに堀江さん。自分達のクラスの打ち上げを抜け出して来てもらって」
「いいの」
「そうそう、だってこっちの方が楽しそうだしー」
なんて軽い言葉を頂いた。そう言ってもらえると、本当助かります。
もう少し話していようと思ったら、
「皆さん、打ち上げは楽しく過ごしていますか?」
マイク越しに、白石さんの少しだけ朗らかな声がスペース内に響いた。
クラスメイトが楽しそうに返事をした。
「そう。なら良かった。今回は出店の件も、バンドの件も、色々と助けてくれてありがとう」
様になるお辞儀をしていた。
「さて、というわけで。いつか皆さんにお約束したこと、覚えていますか? 安藤さん」
「うぇえ! 急に話し振らないでよ!」
それはこの場でバンドメンバーが演奏を見せるという約束だ。バンドメンバーの一員である安藤さんに話を振ると、驚いて口に運んでいたポテトが喉に詰まったのか、少しだけ苦しそうにしていた。
「ごめんなさい。とりあえず来て貰える?」
「うん。わかったー」
安藤さんが返事をした。
「出番みたいだね」
微笑みながら後ろにいた二人に言うと、にこやかにその場を離れていった。
僕はといえば、最後尾を陣取って、これから始まるショーに備えていた。
手際よく少女達が準備を終わらせる。
そして、ギター兼ボーカルの安藤さんがマイクに向けて話そうとしたところを、
「待って」
山田さんが制した。皆の視線が集まる中、持ち場を離れて、彼女はマイクの前に向かった。
少しだけ不安げに山田さんを見る安藤さんにコクリと頷いて、山田さんはマイクの前に立った。
「まずは皆。今回は出店で、迷惑をかけてしまってごめんなさい」
「そんな言葉聞きたかねーぞー!」
頭を下げる山田さんに、僕は最後尾から野次った。
途端、数名の女子に睨みを利かされるが、
「失敗したのなら謝るべきだけど、失敗してないんだぞー。わかるだろー?」
僕は微笑みながら野次った。鋭い視線が緩和されていく。
「本当に皆っ! フォローしてくれてありがと!」
感極まる山田さんに歓声が沸きあがった。
僕は最後尾で笑っていた。
「そして、忙しい中マネージャを買って出てくれた白石さん。バンドメンバーのみんな。衣装役をやってくれた岡野さん。そして……鈴木! 本当にありがとう!」
再び、山田さんは頭を下げた。
「皆のおかげで、無事可愛い衣装で、自信を持って文化祭で演奏が出来ました。だから、本当にありがとう。ありがとう」
山田さんは顔を上げた。頬が少しだけ、赤かった。躊躇しているのか、もじもじとしていた。
すると、最後尾で事の成り行きを見守る僕と視線がかち合った。
(いけっ!)
僕は微笑んで、ジェスチャーと口パクで彼女にそう伝えた。
山田さんは少しだけ微笑んで頷くと、
「平田!」
大きな声で意中の彼を呼ぶのであった。
数度の歓声が上がる中、僕は最後尾から燃え上がるほどの学生達の熱気を傍観していた。
そして、思った。
嗚呼……。
多分。
多分だけど。
僕は今、きっと青春を過ごしている……。
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