夕暮れ、非常階段で
放課後。
夕焼けで赤々と染まる非常階段に、僕は白石さんと向かっていた。彼女曰く、ロングホームルームの反省会だそうだ。
いつかはさっさと置いて行ったのに、今日は一緒に付いて行くことを彼女は認めてくれた。少しだけ嬉しいものの、自分の気持ちを認識した今となっては、少しだけ気恥ずかしかった。
外にある非常階段は、少しづつ季節が変わっていることを思い出させるかのように、ほんのりとした涼しさを感じさせた。
「詐欺師」
非常階段の最上段に座るや否や、白石さんは目を細めて僕を咎めた。手で隣に座るように促された。
「詐欺師じゃないよ」
誤魔化すようにそっぽを向きながら返した。隣に座るのが気恥ずかしく感じる時が来ようとは。
「座らないの?」
「長話にもならないだろう?」
「……もうっ」
「うわっ」
突如立ち上がった彼女に手を引かれて、僕は強引に彼女の隣に座らされた。心臓が高鳴っているのがわかった。
「見積、本当にしたの?」
「したよ。脳内で」
高鳴る心臓を落ち着かせながら、僕は答えた。
「なんだか衣装代もレンタルスペース代も虚偽の申告があったように思うんだけど?」
「え、そう?」
僕は白を切った。勿論、レンタルスペースの費用も衣装代も知る彼女にすれば、虚偽であることは一目瞭然だった。
「客相手に利益なしの見積を提示する人はいないだろう? それと同じ話さ」
見積を作るときに利益を見込むのは当然のことだ。事前に見積もった金額に利益を足して、客先に費用を請求する。会社の発展の上で重要になることに他ならない。
「証拠を残さないように、黒板に書いたことをさっさと消したんでしょう?」
「まあね」
「箇条書きでどこがポイントかわかりづらくして、突っ込む暇を与えないようにしたでしょ?」
「まあね」
「更に、差額みたいな重要な金額は口頭で述べて、それも記憶させなかった」
「ご名答」
白石さんは頭を抱えていた。
「綺麗事だけじゃうまく回らないものさ。それに、こっちは出し物のアイディアや打ち上げ場所の選定までしている。追加費用をもらってもいいくらいには、貢献してると思うけど?」
ま、それも全て勝手にした行いなのだが。
正論風に述べると、白石さんは戸惑うように俯いた。
「それでも……」
「でも、ああでも言わなきゃ納得してくれなかった」
「それは認める。でもバレた時の整合性は取れるの? 例えば、レンタルスペースの値段を調べられたとか」
「だったら、オードブルと飲み物の値段を上げたといえばいい」
「本当、悪知恵は働くのね」
「まあね」
白石さんは再びため息を吐いた。真実がバレて、信用が失墜することを恐れているのかもしれない。
「何かあったら僕のせいにするといい。残りの売り上げを着服したとでも言ってくれ」
「そんなの駄目。絶対に出来ない」
「なら、駄目だったらバイトしよう。何せ、もし売り上げが足りなかったら、どっちにせよバイトをしなくてはいけなくなるんだから」
「そうだね」
今回、クラスの出し物から衣装代を賄う説明をするにあたって、僕達は一つのリスクをとっていた。それは、レンタルスペースの確保だ。実際のレンタルスペースの費用は、説明した額の約半分の一万二千。つまり、もし催し物の売り上げがそこにも達しなければ、僕達は更に打ち上げ代もバイトで稼がなくてはいけなくなるのだ。
そんな決断が出来た理由は、どっちにせよ六人でバイトすれば一日で賄えるだろう額だったことと、そこまでも売り上げが見込めない展開にはまずならないだろうという考察に至ったためだ。
「今回のあなた、少しらしくなかったわね」
「そうかい?」
吹奏楽部の演奏。サッカー部の煩い叫び声。その他部活動の活気ある声。無言の時間が流れると、聞こえてきたのは青春を謳歌する若者達の活力だった。
「気付かないとでも思った?」
「思ったと言うか、僕がそれに気付いていない」
無自覚であることを装って、僕は遠くを見た。
彼女への好意。
こんなもので仕事の仕方が変わってしまったなんて、元社会人失格で言えないし、そもそも彼女に伝えることも出来ない。
「ありがとう」
「何が?」
「結局いつも、一番の貢献者はあなたじゃない」
「君のスピーチも良かったよ。今回は話したいこと、全て話せたね」
「でも、また何も言えなくなってしまった」
「その内言えるようになる」
そう言うと、彼女はしばらくこちらを見つめた後、僕と同じように遠くを見始めた。
「いつかここでした質問、覚えている?」
「覚えていない」
「あなた、本当に高校生?」
あったな。そんなこと。
あの時は確か、どう思う、と聞き返した。
でも今は違う。
僕は鈴木高広の人生を生きていくと決めたのだ。復讐のために。
ならば、今出すべき答えは。
「僕は高校生だよ」
二十五年で積み上げた物を全て失って。
十五年で積み上げた物を全て失った体で、僕は今生きている。
でも、ようやくこの虚無の体にも様々な物が積み上がり始めている。
その中でも一番。
一番、今僕が誇るべき物は、君への好意なのかもしれない。
時に笑いあい、時に慰めあい、時に隣に立って僕に甘えを許してくれて。時に僕を叱ってくれる。
そんな君に、僕はこれからどれだけお返しが出来るだろうか。
そんな君に、僕は僕の全てを打ち明けることが出来るのだろうか。
君にこの思いを、いつか伝えることが出来るのだろうか。
「さ、帰ろうか」
いつかそんな日が来ることを祈って、微笑みながら僕はそう伝えた。
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