文化祭準備回。尺を割く気はないから一話で終わらせるね

 文化祭執行委員が結成されて、早数日。白石さんの持ってきた去年の文化祭のお知らせもあって、申請は滞りなく進み、我らがバンドは正式に文化祭へのライブ出演が決定したのだった。


 完











 いや、締めるにはまだだいぶ早いだろ。

 誰に突っ込んでいるのかは自分でもわからないが、とにかく僕は何とか荒波のような流れに歯向かうことに成功したらしい。

 そんな僕は今、クラスの出し物の準備を行っていた。

 白石さんはいつかのロングホームルームで、準備は買出しぐらいだと豪語していたが、よりフルーツポンチの付加価値を高めるためにも、クラスで話し合いポスターを何枚か書いておこうとなったのだった。

 そんな白石さんは、今日は岡野さんの家で衣装作りを手伝っていた。他にももう一人、前学期のクラス委員だった堀野さんをいつの間にか仲間に引き入れたそうで、三人で仲睦まじく裁縫に勤しんでいるそうだ。

 僕もそっちに行きたかった。ぴえん。

 行かなかった。というか、行けなかったのは、クラスの文化祭の出し物を先導するはずのクラス委員長、副委員長がどちらも現場にいないのはまずいという判断から。夏休みの後半、数日裁縫を手伝いに行った僕だったのだが、正式に戦力外通告を頂いており、つまるところ消去法で、僕は今ここにいる。

 

「鈴木先生、こんな感じでいかがでしょうか?」


 ピアノだけでなく、絵のセンスまである平田君は、草案作りとして絵のイメージ図を皆の前で見せていた。そう、皆の前で。だから、その先生って言い方は止めろ。絶対余計な誤解を生んでいるから。


「平田君、それすごいいいと思うよー?」


「うんうん。すごい、絵上手だね」


 取り巻きの女子が平田君の絵を褒めている。まあ、態度は喧しいが。意外とどうして、美的センスは高い平田君だった。

 真ん中に大きなカップに具沢山のフルーツポンチ。上には『卍 具沢山絶対美味しいフルーツポンチ 卍』。そして、下に小さく値段が書かれていた。


「駄目だね」


「な、何故だ!」


 鼻っ柱を折られ、平田君は驚いていた。脇の女子陣の視線も痛い。

 ちなみに言うと、僕が気に入らないのは文言の前後に謳われた卍ではない。いやまあ、卍も別にいらないと思うけど。


「この絵ではウチのクラスの商品のアピールポイントが見えてこない」


「アピールポイント?」


 女子陣が顔を見合わせて、首を傾げた。


「そ。ウチのクラスの商品はこんなに凄いんだってアピールしないと。これはいうなればウチの商品の広告塔。皆この絵を見て、商品を買うか決めるんだよ」


「そ、そんな大げさな」


 女子の一人があほらしいと言いたげに苦笑していた。


「確かに大げさかもしれない。でも、誰か一人でもそのポスターを見て、購入を決心しようとするのなら、手を抜いていい筈ないと思わない?」


「まあ、確かに」


 女子の一人がうな垂れた。


「じゃあ、どうすればいいの?」


 そして、もう一人の女子が尋ねてきた。


「まず、具沢山のところが駄目だ。ウチのクラスのフルーツポンチは述べ五種類の具を入れているだろう? これは立派なアピールポイントだよ」


「ふむふむ。で、どう書けばいい?」


「多少見辛くなってもいいから、フルーツポンチに入れる具の名前を全部書こう。可愛いフォントにでもして誤魔化しながら。そうすれば、へえ、このクラスの商品はこんなに具が入っているのか、と思われる。具体名を出しておけば、そのフルーツのことに目がない人も購入を検討してくれるって寸法だ」


「はー、なるほど」


 感心げに女子が頷いた。時たま集団心理で睨んでくるけど、このクラスの女子は基本物分りのいい素直な子ばかりだと思う。あくまで、思うだけ。


「ふむふむ」


 そう言いながら、平田君は『具沢山』に線を二本引き、『パイナップル』。『ミカン』。『チェリー』。『桃』。『ナタデココ』。と書いた。更には名前の下に、小さくフルーツのイラストまで付ける丁寧さ。彼、ちょっと多彩すぎない?


「あと、値段はもっと大きく書こう」


「え、でも値段は他クラスの価格もわからないし、誇れる内容ではないんじゃない? もし、他のクラスより高かったらどうするの?」


「高くてもだよ。財布の中身の額が決まっているような学生に買わせるからこそ、値段は大きく書くべきなんだ。財布の中身が決まっているからこそ、普通、学生が一番に気にするのは物の値段だろ? それを小さく書いて見逃されたら、購入を敬遠される理由に繋がりかねない」


「はー、確かに」


 清清しい程感心してくれるな。


「まるで自分は高校生じゃないみたいに言うね、鈴木君!」


 アハハ、ともう一人の女子が笑った。

 饒舌になりすぎて気がつかなかった。誤魔化すように、僕も大きな声で笑っていた。


********************************************************************************


「というわけで、当日の時間割りは以上です」


 翌週のロングホームルーム。白石さんは文化祭の二日間の簡易的スケジュールを皆に教えた。

 文化祭はいつかも語ったように、二日構成。始業時間はいつもと変わらず、そこから初日の午前中は、文化祭、生徒会の合同の出し物を実施するようだ。その後、昼食をはさんで、クラスの催し物を半日実施。

 翌日は、時間一杯クラスの出し物が行われる。そしてその裏で体育館では、部活動・同好会による漫才、コント、ライブ等が執り行われるようだ。

 閉会式の開始は十五時。通常の授業よりも少しだけ早く文化祭の二日目は終了し、その後教室、廊下などの清掃を全学年で行うそうだ。


「また、いつかの鈴木君の見積では限度百五十杯を予定していたフルーツポンチですが、鈴木君が裏で値段削減案を進めていて、当日は二百五十杯まで売れるよう材料調達してくれました」


「やんややんや、皆まで言うな」


 一瞬羨望の眼差しを向けられた僕だったが、ドヤ顔で適当なことを言うと、途端に白い目が返ってきた。

 当初は業務スーパーなんかで缶詰を大量買いする見込みでいたが、何の気なしでネット通販で調べたらより安く材料を仕入れられることに気がついたのだった。その代わり皆が知るようなメーカー製の缶詰でなくなったのだが、所詮文化祭の食べ物。気に留める人などそうはいないだろう。


「後は当日の班決めをしましょう」


 白石さんは円滑に議題を進めていく。彼女の仕切りで、クラスの出し物の班は十五人制で、一時間毎に交代する方向で話がまとまった。


「バンドのある茜、瑠璃、仁美、白石さんは一緒の班にしなきゃ可愛そうだよねー」


 なんて、人当たりの良さそうな女子が気の利くことを言った。いい人だ。ナチュラルに僕を省いてなければ。

 睨んでいると、その少女は微笑んでいた。


「ウソウソ。鈴木君もだよねー?」


 途端、下衆な瞳で僕と白石さんを交互に見やる。どうしたと言うのだ?


「あ、そっかー」


「ウフフ。ぜひとも楽しんできてくれよ」


 意味もわからず、僕は首を傾げていた。

 ま、いいや。

 

「さ、じゃあ十五人の内訳を決めようか」


 僕は仕切りなおしてそう言うと、


「大体考えてきている」


 白石さんは言った。


「ほう。どんな具合だい?」


「宣伝組とクラス滞在組に分けるつもり」


 それ、宣伝組は外に出ていいってことだよな。皆、そっちに行きたがりそう。


「何人対何人?」


「宣伝が三人。残りはクラス滞在組」


「それじゃ駄目だね」


 僕は否定した。


「どうして?」


「宣伝組が少なすぎる。一年なんて学校で目立たない存在なのに、もっと宣伝に人手を割かないでどうする」


「でも、白石さんが言いたいのは、クラスの方にも人を割かないと回らなくなるってことじゃないのかな?」


 岡野さんが言った。


「あたしバイトしているからよく知っているけど、忙しい時に人手がないとてんやわんやしちゃうよ? 本当に人手を減らしても大丈夫なの?」


「白石さん、滞在組の担当内訳は?」


「昨晩考えた感じだと、こんな感じ」


 白石さんが黒板にチョークを走らせた。


・調理   五人

・接客   二人

・受け渡し 二人

・缶詰開け 三人


「これで、計十ニ人」


「なるほど」


 黒板の文字を見て、僕は白石さんの隣に近寄った。余談だが、丁度教師の席に座っている須藤先生の手元が見えた。彼、スマホでマンガを見ていた。真面目に仕事してよね、もう。


「僕はこれでいいと思うよ」


 彼女の書いた数字の隣にチョークを走らせた。


・調理   四人

・接客   二人

・受け渡し 0人

・缶詰開け 0人


 クラスからどよめきが走った。


「いつか白石さんの説明にもあったけど、これはホットスナックとかとは違って調理にそんなに時間は要さないんだろ? 調理に時間を要さないのは何故だい?」


「そりゃ、加熱とかいらないから。あ」


「そう。つまり作り置きが出来るってこと。調理の人達は交代後即ある程度缶詰を開けて、数を作る。そうすればお客を待たせることもないし、切羽詰ることもないし、何なら接客のフォローにも入れるよ」


「なるほどー」


「ただ、作り置き出来るといっても、冷蔵庫もない状態で日は跨げないから、一日目最後の班には僕と白石さんが入る。で、これまでの売り上げをすぐ調べて、作る数を指示するよ」


「わかったわ、鈴木君」


「さて、それじゃあ公平にくじ引きで滞在組と宣伝組を決めようか」


 えぇーとクラスメイトから声が上がった。多分皆、手軽にサボれそうな宣伝組になりたかったのだろう。


「当たり前だろ。不公平があったら後々の不仲な原因になるよ?」


 クラスメイトが黙る。そういうことまでしっかり考えて発言した方がいいよ。いやこれは本当に。しょうもないことで喧嘩するなんて、もったいないぞ。


「あと先に言っておくけど、宣伝組にも役割を課すからね」


「役割?」


「そ。宣伝組になった人には、準備する二百円割引チケットを配ってもらうから。これを全て配り切ることが宣伝組のノルマだ」


「何それ。もし配り切れなかったらどうなるの?」


「売りきれなかった分、自腹でフルーツポンチを買ってもらう」


 再び、クラスメイトから非難の嵐。


「大丈夫。一人ほんの五枚だよ。すぐに配れるでしょ? 五人に渡すだけなんだから」


 少し嫌な笑みを浮かべて、僕は言った。


「ちょ、鈴木君。それ大丈夫なの?」


「え、何が?」


 白石さんが不服そうにこちらを見ていた。はて、何がなにやら。まあいいか。

 そうして、粛々とくじ引きが行われて、皆の当日の役割が決められた。


「それじゃ、売り上げ目標は六万円ってことで、皆当日はよろしく!」

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