多数決を取ります

「皆さん、文化祭では各クラスが催し物を実施して、各学年毎に売り上げ金額を競い合うことはご存知でしょうか?」


 白石さんの問いに答えるものはおらず、


「へーそうなんだ」


「すごい面白そうっ」


 という声が生徒達に溢れた。ざわめきだす教室に、


「おい、煩いぞ」


 という須藤担任の叱責。たまには教師らしい姿見せるじゃないっすか。


「それで、実はこれから話すことは、暗黙のルールらしいのだけど」


 と白石さんは少しだけ小声になって話し出した。


「その売上金、一時集計して順位確認した後は、全てクラスの手元に返ってくるそうなの」


「おい白石、何でお前そんなこと知っている」


 慌てふためていたのは、須藤先生だった。


「皆との文化祭が楽しみで、知り合いの先輩に聞いて教えてもらいました。通例では、そのお金を使って、文化祭の打ち上げを各クラスが開くそうです。だから、是非皆でたくさんの売上金を募れるように頑張りましょう」


 クラス中が沸きたつ。


「ならがんばらねえと!」


「俺、ぜってーお化け屋敷とかが良いと思うわ。楽しいし!」


「白石さん、天使だ……」


 そんな声が上がっていた。


「それでですね、実は夏休み中から一部の生徒で集まって、どんな催し物をしようかと考えていました。その中で良さそうと思ったのがあって--」


「ちょっと待ってー」


 白石さんの話の腰を折って、一学期のクラス委員書記の渋谷さんが挙手をした。


「あたしー、部活忙しいから大変なのは手伝えないよ? そりゃあ、打ち上げには参加するけどー。でも、忙しいのは無理ー」


 噂によると彼女、陸上部の幽霊部員らしいのだが。いつかの地域活動同様、面倒事から極力逃げようとする姿勢は変わらないようだ。いいね、その変わらない姿勢。僕は好きだぜ!


「大丈夫。あたしたちが考えていることは、まったく大変なことじゃないわ。強いて言うなら、買出し係と当日の机移動くらいね」


「へえ、それってどんなことするの?」


「出店よ」


 また、クラスがざわめいた。お化け屋敷を望んでいた男子は、少しへこんでいた。


「何を売るの?」


「フルーツポンチを売ろうと思っています」


「フルーツポンチ?」


「えー、なんかジミー」


「給食みたいだし、本当に大丈夫なのかなあ?」


「大丈夫よ」


 はっきりと、白石さんが言い切った。

 そして、先日書いたWillcanmustの表を用いて、いかにフルーツポンチで採算が見込めるのかを説明していく。


「そっか。確かにこれだとホットスナックとかよりも採算は見込めそうだな」


「色合いも見栄えがあっていいし、もしかして結構掘り出し物の案じゃね?」


 突如、ポ○モンゲーマーの飯山君と倉本君がそれっぽいことを話し出した。通ですね、お二人さん。

 そんな二人を他所に、お化け屋敷は利益が駄目かーと誰かが言っていた。


「こういった理論から、是非フルーツポンチの出店を出したいのだけど、いいかしら?」


「じゃ、多数決をとりますか」


 と、ここで待ってましたと言わんばかりに僕が多数決を取った。クラスメイト三十名の内、二十八人が賛成票を入れてくれた。無事、我がクラスの出し物はフルーツポンチで可決した。


「そういえば、フルーツポンチの売り上げはどれくらいを見込んでいるの?」


「支給金を全額使ったとして、六万円ね」


 再び、クラスが沸き立つ。


「それで、その潤沢な売り上げ金を使って、どんなところで打ち上げするかをもう考えていてね」


「へえ、どこだい?」


「レンタルスペースって知っているかしら?」


「その名の通りだね」


 後ろから僕が補足した。


「最寄り駅にある五十人以上入れるキッチン付き持ち込み自由、防音機能付きレンタルスペースの予約を、もう入れています」


 これは本当だ。こういう施設、意外と人気が高いそうで、皆で相談しさっさと予約を入れた。後払い制で本当に助かった。


「すっごいたのしそー」


 そんな声があがった。


「基本的にオードブルなんかをこちらで用意しますが、もし何か持ってきたいものがあれが各自自由に持ち込みしてください」


 はーい、とクラスメイトが声を上げた。


「それで実は、ウチのクラスメイトがその文化祭でライブを実施するつもりのこと、皆は知っているかしら?」


 微笑、白石さんが言った。

 再び、クラスが沸き立った。だれだれ、と件の人を探す野次馬が多数いた。

 そんな中、僕は安藤さんと目が合った。苦笑する彼女に、僕はジェスチャーで立つように促した。


 安藤さんは山田さんと目配せすると、ゆっくりと二人で立ち上がった。


「茜に瑠璃かー!」


 女子陣が沸きあがった。

 苦笑しながら、安藤さんは頭を掻いていた。


「せ、精一杯頑張ります」


「よろしく」


 手短に挨拶を終えると、二人は着席した。


「後、隣のクラスの堀江さんと本田さん。その四人でバンドを組んでいるわ。実はあたしと鈴木君、彼女らのサポートを夏休みからしていてね。文化祭の申請もあたしたちが責任を持って行うのだけれど。そんな伝手もあって、彼女達、打ち上げの場でライブやってくれるみたいなの。しかも、文化祭で歌った曲に合わせてもう一曲」


 おおーとクラスが沸いた。このクラス、感受性豊かでいいね。一体感があっていいと思うよ。映画を見てよく震撼する全米みたいだ。


「是非、楽しみにしていてね」


「はーい」


「茜、瑠璃。頑張って」


「白石さん、天使だ」


「それでね、ここで初めの話に繋がるんだけど」


「え?」


 クラスメイト達は、締まったと思った話に続きがあり、少々戸惑っているように見えた。


「実はね、楽器とかステージとかは全て自前で調達したんだけど、衣装代だけは追いつかなくて。少しだけ打ち上げ代から賄わさせてもらえないかしら」


 クラスが少しだけざわついた。

 安藤さん、山田さんは少しだけ居た堪れなさそうな顔をしていた。


「えー、どうする?」


「でも、練習も頑張っているのに、かわいそうじゃない?」


「打ち上げ会場は豪華になるみたいだしねえ」


「はい」


 そんな中、他称B級バックラー渋谷さんが挙手をした。顔は少し厳しい。


「嫌です。クラスで稼いだお金でしょ? だったら、皆にお小遣いとして配るべきよ」


 やっぱりそういう話になったな。ただ、ここまで付加価値をつけた上に、大勢がOK派に傾いていたのにきっぱりと拒否するとは。

 まあ、文句を言える資格はない。クラスのお金を個人的に使うこちらに非があることは否めない。


 白石さんは、少しだけ言葉に詰まっているように見えた。話の進め方は悪くなかったように思えた。最初に皆と文化祭を楽しみたかったと情に訴えて、事前にこれだけ皆で楽しめる準備をしてきたのだと、付加価値があることをアピールして。

 そこまで話してここまできっぱりと拒否されるとは思っていなかったのだろう。僕だって正直意外だった。

 

 仕方ない。


「白石さんは賄う、と言ったけど。実はちょっと事情が違うんだよ。昨晩見積もったんだけどね」


 僕はそう言うと、黒板に文字を書き連ねていく。


・文化祭執行委員支給額 一万五千円

・材料費諸々      一万五千円

・フルーツポンチ単価  四百円

・数量         百五十杯

・売り上げ       六万円


 敢えて箇条書きでわかりづらくすると、


「ざっと売り上げはこんなもの。で、打ち上げ代はこうだ」


 と続けた。


・レンタルスペース(三時間) 三万円

・オードブル        一万五千円

・飲み物          五千円


「こんな感じで残り残高が一万円余る計算になっちゃってね」


 そう言うと、僕はさっさと文字を消した。


「一万円を皆で割っても、一人頭四百円もないだろう? そんな割り切れない小額を配るのも小銭が増えて迷惑なんじゃって話になってさ。それで、もし皆が納得するのならより良い衣装にするためにも、そのお金を分けてもらえないかと思ったんだよ」


 そう説明すると、


「なんだ。たったの四百円か。なら好きにすればいいんじゃない?」


 渋谷さんは引き下がった。


「よし。じゃあこれも一応、多数決を取らせてくれ」


 僕は微笑んで言った。


 多数決結果は、三十人満票で賛成だった。

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