資金工面の検討in白石宅
それは、岡野さんが正式に裁縫係に任命された晩での、グループチャットでの一幕だった。
『岡野さん、よろしくー』
そんな他愛もない挨拶で岡野さんは皆に迎えられた。僕の時とはだいぶ態度が違う。仲間意識が強いって、素敵なことだと僕は思う。仲間以外淘汰するところは糞だと思う。
『微力だけど、頑張ります』
『うん。バイトとかで忙しいのにごめんね』
『いいよ。皆、バンド結成するなんて凄いと思ったもん。だから少しでも力になりたい』
『ありがとー』
『エモエモー』
「さ、お風呂はいるかー」
微笑ましいやり取りが続いていたグループチャットだったが、僕が呑気にお風呂を入っている間にどうやら流れが変わっていたようだった。
「ふう、ん?」
『ねえ、光、良い案思いついたんだけどー』
岡野さん歓迎ムードもそこそこに、議題は僕も最も懸念する資金繰りの方向に流れていた。そんな中、本田さんがメッセージを送り始めていた。
『なになに?』
『光すっごーい。マヂ天使!』
ネット弁慶堀江さんの饒舌にも本田さんは反応せず、しばらくして、
『ライブの時、入場料を設けるのはどう? そうすれば、お金集まるでしょう?』
『それは絶対にだめだ』
読み終わるや否や、僕は即座にメッセージを送っていた。
『えー、スズキッチ。どうして?』
その、た○ごっちみたいのは止めろ。以前一度同じことを本田さんに伝えたのが、頭にはてなマークを作られた。ジェネレーションギャップを感じたね、僕は。
『対価にお金を要求するってことは、それだけ求められるレベルも上がるよ』
『でも、突然上手くなるかもしれないしー』
だったら、この世のバンドマンは皆プロになれる。ただでさえ練習期間の少ない彼女らがそうなれるのならば、余計にだ。
ただ。
うーん。困った。どう言っても角が立つな、これ。
とはいえ、マネージャーという立場上、これを認めるわけにはいかない。あ、マネージャー補佐か。
『スズキッチー?』
返答に困っていると、本田さんに煽られた。だから、それは止めろ。
『本田さん。一先ずどうするかは私と鈴木君に預けてくれないかしら?』
そんな僕の気持ちを察したのかどうなのか、白石さんが助太刀に入ってくれた。
『えー、でも時間ないよー?』
『大丈夫。必ずどうにかするから』
そうメッセージを返す彼女を見て、僕はいつかの白石さんの姿が重なっていた。そうは……そう。地域活動の時。周りの助けをいらないと判断して、一人(まあなし崩し的に僕もいたが)でどうにかしようとした彼女の姿を。
『大丈夫かい?』
少し心配になりそうメッセージを送った。
『大丈夫』
返事はすぐに来た。
『だって、あなたがいるんだもの』
顔面に熱が篭っていくのがわかった。水風呂にでもすぐさま入りたいと思うほど、僕は照れてしまっていた。
白石さん……。
せめて、皆の目がない個人のチャットでメッセージを送ってくれ。
『ヒューヒュー』
『エモエモー』
騒ぎ出したガヤのメッセージを見ることなく、僕は眠りに付いた。
しかし、そうか。
『あなたが、あたしを信用させてみてよ』
いつかそんなことを彼女に言われたあの日が懐かしい。頼ってくれると彼女は言ったが、本当に頼られる日が来るなんて。
ああ、不思議だ。
元サラリーマン。元二十五歳の分際で、高校生に頼られているこの現状をこんなにも嬉しく思うだなんて。
「まあ、対鳳相手は別だけどね」
電気の消えた部屋で一人ぼやいた。
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「すずしー」
バンドメンバー四人を『ゴシップ』ギター担当に引き渡したその翌日、僕は白石さん(上司)の直々の命により、いつぞや振りに彼女の自宅に訪れていた。
道中、昼過ぎという時間も相まって、炎天下の中を歩いていくうちに相当汗や疲労を蓄積した僕は、無遠慮にソファに腰掛けて、冷房が送る冷風を全身で味わいながら、悦に浸っていた。やっぱりあれだ。夏は駄目だ。人を駄目にする。
あ、僕が自堕落なだけか。
「はい」
「ありがとー」
彼女が振舞ってくれた麦茶を飲みながら、僕は思い出した。
「あ、そういえば今日僕を呼んだ理由は何?」
「今更?」
本当、今更だね。こういうのは聞いておけよと君も思っているんだろう? 奇遇だね、僕もだ。
「ま、いいわ。これ見てもらえる?」
「んー?」
のっそりと体を起こして、彼女の差し出したスマホを見た。彼女のスマホには、誰かとの個人チャットが写されていた。
「こんなの見ていいの?」
プライベートを覗くことに一抹な不安を覚えた僕だった。
「いいから」
「ああ、はい」
えーと?
チャットの相手は、『岡野仁美さん』。
背中に冷や汗が伝った。
僕は錯乱する頭で、一番下のメッセージを見た。昨晩の日付で、『タレコミがあります』と書かれていた。
思わず、飲みかけの麦茶を噴出しそうになった。その下には電話した履歴が残っている。十五分程。それなりに長い電話だ。さては……。
「全て教えてもらったわ」
おい岡野さん。バラすなと言っただろうに。
「彼女からの伝言よ」
「……はい」
ソファに正座し直した僕は、全てを受け入れた。
「白石さんは楽器を演奏しないから、教えておくね」
出来るだけ岡野さんの声真似をしながら白石さんが言った。別に真似せんでもいいだろうに。
「だそうよ。何か弁明は?」
「時間がなかった。以上」
「そうね。それは同意よ」
「なら、何ゆえ?」
「わかっているんでしょう?」
「まあねえ」
そりゃ、一学生のお財布を頼ってするバンド活動なんて、全てがおかしいわな。
「でも、いつか返ってくると思ったから、僕は惜しげもなくお金を差し出したんだ」
「本当に?」
「ああ」
「あなた、昨日岡野さんに言ったそうじゃない。もしライブが失敗してあなたのお金が無駄になっても、『その時はその時。また貯めればいい』って」
「言ってないよ」
白を切るように言い切った。
「彼女、録音してくれてたんだけど、聞く?」
「ならそれは、僕の声じゃない。誰かの陰謀だよ」
まったく。人の会話を録音するなんて、一体誰からそんなやり方学んだんだ。耳が痛いぜ。
「どうしてそんなに頑ななのかしら」
どうして? どうしてって、そりゃあねえ。
「逆に聞くけど、本当に君は衣装代を工面しきれると思っているのかい?」
彼女には諭吉を二枚くらい手渡した。その額が果たして、全うな手段で文化祭へ向けて集められただろうか。たかだか高校生の文化祭で。
「なるほどね」
僕の言葉を聞いた途端、白石さんは納得したように頷いた。
「あなた初めから諦めていたのね。だから、自分の財布からお金を出すことも厭わなかった。最初からそうなると思っていたから」
「さあて、どうだろうね」
僕はあくまで白を切り続けた。
だって、そうだろう?
もう生地は購入され、僕の二万円は使われてしまった。今日まで妙案だって、一つも浮かんではいない。過ぎたこと、更にはどうしようもないことに時間をかけるくらいなら、別のことをさっさと終わらせたほうがいいだろう。時間は限られているのだ。
白石さんは、悲しそうな顔をしていた。
でも、そんな顔はお門違いにも程がある。だってこの選択は、僕が自分のために選んだ選択なのだから。彼女に非は何もない。
「ごめんなさい」
「え」
そんな頑なな僕に、白石さんは頭を下げていた。予期せぬ態度に、僕は素っ頓狂な声を上げていた。
「何に謝ってるのさ」
「……あたしは、あなたを頼りすぎていた」
「はい?」
何を言うか。
僕は嬉しかったんだぞ。君に頼られて。恥ずかしい限りだが。だから、是が非にでも何とか資金を工面しようと頑張ったんだ。結果、あまり好ましくない結果になったが、それもまたしょうがない。目的を達するためには。
「僕が勝手にしたことだよ。君が謝る必要なんかない」
「ううん。あなたなら何とかしてくれるとあたしは頼ってしまった。頼り切ってしまったの。だからあの時、あたしは本田さんが『可愛い衣装がほしい』と言った時に、それを反故に出来なかったの」
そういえば確かに、そんなことあったな。
「そんなこと、もう皆覚えてない」
「でも、あたしは覚えている」
白石さんは、再び頭を下げた。
「本当にごめんなさい」
「止めてくれって」
僕は苛立ちを覚えながら、彼女を制した。
そんな言葉がほしくて、僕はポケットマネーを出したのではない。
僕はただ、皆でライブを成功させたいからお金を出したんだ。
僕はただ、ライブを成功させて、マネージャーである彼女に喜んで欲しくてお金を出したんだ。
「一緒に考えましょう。お金を工面する方法を」
ついに彼女は、そんなことを言い出した。
「それは構わない。でもまずは、他の仕事をすべて終わらせてからだ。ライブ許可の申請が紙を出して終わりとは限らない。事前に準備した方が絶対に良い。衣装作りだって、岡野さん一人でやらせるのは可愛そうだろ」
「いいえ。一番に資金の工面のことを決めましょう」
頑なな彼女に、僕は頭を抱えてしまった。
「時間は限られているんだ。そんな決まるかもわからない事に頭を悩ませるより、さっさと他の業務を遂行しよう」
「あなたが得た成果を投げ打って成功して、本当に皆納得するかしら? 喜べるかしら?」
「だったら話さなければいい。話さなければバレない」
「進捗がなかったら皆にフォローをするよう仕向けたのは、あなたよ」
「うぐ」
そういえばそんな話をしたな。ああ、余計なことをした。
「工面の仕方も決まっていないのに、どこからか沸いた資金で衣装を作ったら、皆絶対に怪しむ」
「誤魔化すさ」
あまりにも苦しい言い訳に、僕はそっぽを向いてしまった。
「……この件に参加して以降、あなたはずっと時間を気にしていたわね」
「そうだね」
事実、時間がないからな。夏休みが終わり、九月が終わればすぐに文化祭だ。
「確かに文化祭までの時間は少ない。強硬手段に出たのも、きっとそれが理由だってこともわかってる」
「なら……」
「でも、やっぱりあたしは納得出来ない。君が犠牲になって得た結果なんて、これっぽっちも嬉しくない」
白石さんは今日一番の拒絶を示した。
そして、
「一つ、案があります」
そう提案した。
ただ、僕はわかっていた。
彼女はさっき、一緒に資金の工面の方法を考えようと僕に迫った。なのに今、こうして案を出すということは。
多分彼女も、その案に納得できる程の自信はないんだ。うまくいくか、わからないんだ。
それは過去似たようなことをしたことがないからか。
もしくは、不安だからか。
その心中を僕は察することは出来ない。
ただ一つわかっていることは。
「……わかったよ」
こう言わないと、彼女が納得しないこと。それだけだった。
僕はあからさまなため息を吐いて、続けた。
「聞かせてよ。君の案を」
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