資金の工面策

 白石さんは大きな息を吸うと、僕の目をしかと見据えて話し出した。


「あたしの考えた資金の工面方法を話す前に、まずはこれから渡す物に目を通して頂戴」


 白石さんは一度僕の前から離れ、戻ってくると手には一枚のプリントを握り締めていた。


「これって」


 プリントには、大きく『第四八回文化祭!!!』と書かれていた。どうやらこれは、生徒に配布される催し物のお知らせみたいだ。それも文化祭の。


「こんなのもう配られていたっけ?」


「それ、去年の物よ」


「去年の? よくそんな物、手に入れられたね」


 感心しながらそう言うと、


「読んでみて」


 と白石さんの促された。

 言葉の通り、僕はお知らせの内容を一読した。

 ここには、今僕達が知るべき情報がいくつか記載されていた。


 例えば、『文化祭の日時』。

 昨年は平日二日かけて文化祭を執り行ったようで、各クラスでの模擬店。事前申請のあった部活動、同好会による体育館を利用したコント、漫才、ライブ等が行われたそうだ。


 例えば、『部活動・同好会の文化祭参加について』。

 去年の日付ではあるが、資料曰く、部活動・同好会の参加申請は夏休み明け一週間後から開始され、その翌週に締め切られるらしい。


 例えば、『参加申請書類について』

 資料曰く、各クラスの文化祭執行委員よりその紙を入手するようだ。そして、代表、申請場所、申請区分等の必要事項を記載した後は、執行委員、もしくは執行役員に提出するらしい。


 例えば、『催し物の資金援助』。

 資金はクラス、部活動、同好会に区分して、一律で渡されるらしい。クラスには一万五千円。部活動には一万円。同好会には五千円。


「あなた今、コンビニでアルバイトをしているでしょう? どうしてそこに雇ってもらえたか、覚えている?」


「確か、同じく高校生の人が辞めて、その補充」


「岡野さんに連絡してもらってね。その人からそれをもらったの」


 へえ、貴重面な人なんだな。一年前のプリントを、ここまで綺麗に保管しているだなんて。


「それで、それを読んでどう思った?」


「どうって」


 そりゃあ。


「同好会はたったの五千円か、と思った」


 お知らせを読み、一番に抱いた感想はそれだった。我らがバンドは、この中だと恐らく同好会に分類される。つまり、文化祭執行委員から支給される支援金は五千円。

 今回の衣装代には遠く及ばない。


「そう、文化祭であたし達がバンドとして与えられる資金はたったの五千円なの」


「でも、少ないとは思わない。というか、不公平だとは思えないね。ここに書いてある通りなら、例年は漫才やコントとか、金をかけなくても出し物が出来る連中が少なくなさそうだからね」


「そうね。それに実績もない同好会に多大な資金援助なんてしようものなら、それこそ破綻に繋がる」


「そうだね」


 であれば、やはり文化祭執行委員からの資金で、衣装代を賄うことは難しそうだな。

 とするとやはり、個々人の懐からお金を出し合う他ない。ないと、思う。


「方法はある」


「それ、わひゃあ!」


 突然、肩が触れそうな距離で彼女が僕の隣に座った。

 息がかかりそうなくらい顔を近づけると、彼女は耳にかかる髪をたくし上げた。その仕草が妙に扇情的に見えて、僕は思わず頬を染めてしまっていた。


「ここよ。鈴木君? 見てる?」


「え、ああ、ごめんごめん」


 年甲斐もなくドキマギしながら、僕は頭を掻いて取り繕った。頬が熱い。


「それで、ここ」


 僕の態度も気にする素振りも見せず、白石さんはプリントの一文を指差していた。しかし、彼女の頭が邪魔で見えなかった。

 避けるように頭を動かすと、彼女の香りがフワリと鼻腔をくすぐって、僕は再び頬を染めていた。


「『催し物の資金援助』って、それは駄目って話だろう。到底賄えっこない」


「確かに、文化祭執行委員からの支給額じゃ到底賄えない。でもだったら、それを元手にお金を増やせばいい。借金する形になるけど、それなら後々プラマイゼロまで持っていけるかもしれない」


「それはつまり、ライブを有料化するってことだろう。それは絶対に駄目だ。素人に毛の生えた程度の演奏で金を取るなんて、反発が起きてもおかしくないし、客足が遠のく原因にもなる。有料化だけは絶対に駄目だ」


「わかってる」


「わかってるって……」


 なら、どうするつもりだ? ライブは無料のままで、金を客から毟り取る方法? グッズ展開でもする気か? でもそれだって、きっと最終的には赤字になるぞ。誰が熱心なファンでもない人のグッズなんか欲しがるんだ。


「あたしがアテにしているのは、こっちよ」


 彼女が指を動かした。

 そこには、『クラスには一万五千円』。クラスの催し物には、文化祭執行委員から同好会よりも多い一万五千円が支給されることが明記されていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。それはさすがに……」


 白石さんが言わんとしていることを察して、僕は言葉に詰まってしまった。


「そのバイト先の先輩に聞いたら、売上金は学年毎の売り上げ発表のために集計された後は、満額クラスに返ってくるそうなの。その資金で、皆で打ち上げなんかに行くそうよ」


 僕の言いたい事も理解しているのだろうが、白石さんは続けた。


「もちろん、豪勢な打ち上げになるように資金は惜しまない。だから、打ち上げ代を差っ引いた余剰金を、衣装代に当てましょう」

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