設定の宝庫、再び

「え、本当に? いいのかい、岡野さん」


 翌日、コンビニバイトに精を出しながら、僕は岡野さんに裁縫係の了承を取り付けていた。


「うん。まあ、そんな大層な物作れるかは自信ないけど。鈴木君にはいつもお世話になってるしね」


 岡野さんはちょっぴり不安げだったものの、何とか了承をしてくれた。


「いいや、岡野さんにはこっちこそ、いつもお世話になってるよ。ここも紹介してもらったの岡野さんだったし」


「そんなことないよ。バイトの時も、体調悪いといつも裏で休んでなって気遣ってくれるじゃない」


 そんなの当然だろう。

 不調な人に無理させて、もっと体調を壊されたら余計酷い目にあうのだから。


「ま、とにかくありがとう。資金の工面とかはこっちでやるから。後、昨日皆の採寸しているはずだから、後で白石さんからデータを送ってもらうようにする」


「了解」


 さて、と。

 こうなると余計急ぎで資金繰りの手立てを考案しないとまずいな。夏休みで授業がなく自由な時間が多い内に、岡野さんだって進められるだけ作業を進めたいだろうし。

 

「とにかく、来週進捗確認会をすることになっているから、是非来てよ。後、グループチャットに招待するね」


 その日の休憩時間、僕はグループチャットへ岡野さんを招待し、裁縫係を見つけた吉報をメッセージとして流すのだった。

 バンドメンバーからは賞賛の嵐。

 上司のマネージャー様からは拍手喝采。


 なんてことはなく、誘ったや否や、僕そっちのけで女子陣での内輪の会話が始まるのだった。

 彼女ら、僕のこと軽視しすぎ。それだけやれて当然と想われているのなら、まだ救われるんだけどね。


********************************************************************************


 更に翌日、僕は白石さんと再び高校へと足を運んでいた。


「相変わらず、綺麗な音色ね」


「本当だねえ」


 二人して、交渉そっちのけで博美さんの奏でるトランペットの音色に耳を奪われていた。こと博美さんの音色に関してだけは、白石さんと深く共感し合える話題である。それ以外が壊滅的なことが少しだけ残念に思えるのだが、それはひとまず置いておこう。


 さて、本日僕達がこうして夏休みにも関わらず学校に足を運んだことには理由があった。勿論それは、一昨日バンドメンバーで話し合った文化祭でのライブ成功の布石であった。

 とりわけ今日は、『演奏レベル向上』の『指導役の調達』を果たすために、マネージャーとマネージャ補佐二人揃って学校に足を運んでいた。

 ちなみに昨日、よく考えれば時間がないことだし、マネージャーとマネージャー補佐の対応事項を分割しようと提案をしていたのだが、白石さん含め多数女子の猛反発により、僕の意見は却下された。彼女ら、果たして時間がないことを理解しているのだろうか?

 まあそんなことはさておいて。本日僕達がわざわざ学校に足を運んだのは、昨日同じくグループチャットで指導役調達の術を話し合った際、安藤さんが思いついたように発した一言が原因であった。

 

 安藤さんは、


『そうだ。吹奏楽部の鳳先生に頼んでみるとかどう?』


 とまるで妙案が浮かんで喜ぶ子供のように、ハツラツとしたメッセージをチャット内に流したのだった。


『ああ、いいね。あの人イケメンだし、教えてもらえたらサイッコーかもかも!』


 とメッセージを送ったのは、寡黙な堀江さん。彼女、ネット弁慶だったみたいだ。

 全体の意思が鳳先生を頼ろうとする方向へ向かう中、一人僕だけはその案に否定的な態度を示していた。


『鳳先生吹奏楽の指導で忙しくて、それどころじゃないかもかも!』


 ネット弁慶である僕のメッセージは、皆に冷ややかに処理された。何故だ。

 結果、こうして白石さんと嫌々鳳先生、改め鳳に直談判をしに来たのであった。


「ほら鈴木君、そろそろシャキッとして」


 マネージャー兼上司である白石さんが僕の背中を擦りながら諭した。


「無理だ。今日は暑い。茹だるような暑さだ。こんな日はカフェでオレンジジュースでも飲みながら、小説を読みたい。もしくはマンガだ。とにかく無理なんだ」


 自分でも何を言っているのかわからない言い訳だった。

 白石さんはあからさまなため息を吐いて、


「ほら、行くわよ。仕事なんだから仕方ないじゃない」


 僕の手を引き、強引に校内へ潜り込んで行った。


「嫌だー。働きたくない。ニートになりたい。週休八日を希望します」


「意味わからないこと言わないの」


 引っ張られるがまま、職員室へ。

 白石さんが扉をノックして、


「失礼します。鳳先生はいませんか?」


 そう呼ぶと、件の男は爽やかに立ち上がった。


「はい。何でしょう? ……おや」


 その時、白石さんに手を引かれるうだつのあがらない僕と、鳳の視線がぶつかった。

 面白いものを見てしまったと言いたげに爽やかに微笑む彼に、


「チッ、なんでいんだよ。練習に行ってろよ」


 僕はあからさまな舌打ちをして、そう呟いていた。

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