to-doリスト

「ちょっと鈴木。そんな掛け合いみたいなことしている暇ないんだけど」


 唸っているのも束の間、山田さんが苛立ちを隠さずに立ち上がって怒鳴った。


「いいや、これは大事なことだよ」


「どこがだよ。そんなの皆わかりきってるじゃない」


「本当にそうかな? だったら、それをこの場で証明するだけで良い。ほら、言ってごらん」


 僕は未だ苛立ちを隠さない山田さんに挑発気味に言って見せた。

 山田さんは、言い返してやるよりもこの問答を終わらせた方が早いと悟ったのか、乱暴に椅子に座りなおして、言った。


「まず、皆もっと演奏のレベルをあげること」


「うい」


 返事もそこそこに、僕は黒板に『演奏レベルの向上』と書いた。


「他には?」


「他ぁ?」


「はいはい。どうせなら可愛い衣装着てやりたい!」


 本田さんが挙手して答えた。


「え、制服じゃ駄目なの?」


 予期せぬ答えに僕は聞き返した。


「まあいいじゃない鈴木君。ひとまず書いておいて」


 上司にあたる白石さんの命により、渋々僕は黒板に、『可愛い衣装の準備』と書いた。


「他には?」


 皆が黙った。白石さんは思い当たる節があるのだろうが、傍観者を決め込んでいるみたいだ。視線がかち合うと、穏やかな表情で頷かれた。上司はきっと、さ、先に進みなさい。と言いたいのだろう。


「ほらね。こうなった」


 まったく必要なことが足りていないと言いたげに、僕は言った。


「なら、他に何がいるのよ」


「例えば」


 黒板に向き直って、スラスラと僕は『文化祭参加の申請』と書いた。


「誰か、文化祭への催し物の参加申請がいつまでなのか知っている?」


「夏休み明け最初のロングホームルームで文化祭実行委員を決めて、その週終わりには顔合わせと業務割り振りがあるそうよ。そして、その翌週から翌々週までにかけて催し物の申請を募るらしい」


 白石さんの言葉に、僕は頷いた。


「まあ、それはマネージャーとマネージャー補佐の仕事だね。後でまとめるけど。あと他には、これも絶対に必要になる」


 というか、多分これが一番苦労する内容だ。

 僕は黒板に『資金の工面』と書いた。


「さて、こんなところだろう」


 僕は手に付いたチョークの粉を払いながら言った。

 自らの認識に抜けがあったことを察して、山田さんが居た堪れない表情をしていた。


「ま、マネージャーのいる君達演奏者が考えるべきことは、確かに演奏レベルの向上だけだったわけだから間違いではなかったんだけどね」


「だったら、何であんな嫌味な言い方するのよ」


 山田さんの恨み節に、僕は思わず苦笑した。


「理由は簡単。文化祭までの時間がなかったから。時間がない時ほどね、やること、すべきことを確認にして、誰がいつまでにそれを完了させるかを明確にしながら進めていかなければいけないんだよ。もし後で抜けていることがあったと気付いても、リカバリーが効かずに失敗へ直結するだけだからね。だから、わざわざこうして黒板に列挙して皆で確認したのさ。これで、まず文化祭までに何をする必要があるか、皆で共有出来た。誰かが抜けた時にフォローしあうことが出来る状況になったわけだ」


 笑顔でそう山田さんに告げると、


「ま、まあね」


 彼女はそっぽを向いて同意を示してくれた。


「さて、するべきこと、必要なことがわかったところで、それを完了させるにはどうすればいいかも確認しようか」


 僕は壇上から降りて、机に戻った。鞄に潜ませていた自前パソコンを取り出した。


「そんなもの持って来ていたの?」


 目を丸める山田さんに、僕は黙って頷いた。


「こっちの方がまとめやすいからね」


 表作成ソフトを開いて、今必要だと決まった内容を表にまとめていく。


「さて、初めから行こうか。まずは『演奏レベルの向上』だね」


 言うや否や、白石さんが話した。


「まず皆は、今どういう風に練習をしているの?」


「え、そりゃ、始めたばかりだから、まだ家で軽く触る程度だけど」


「光もそうだよー」


「右に同じく」


 安藤さんは、ばつが悪そうに頭を掻いていた。


「あたしもそう」


「まあ今は基礎練習だけでいいかもだけど、その内全体練習は必要になってくるだろうね。その時までに全体練習出来る場所を探さないとな」


 僕は『演奏レベルの向上』の右隣のセルに、『練習場所の確保』と書いた。


「後は、指導してくれる先生役も必要よね」


「そうだね。時間もない上に、独学だと限界もある」


 僕は『練習場所の確保』の下に、『指導役の調達』と書いた。


「あとは皆、引き続き練習を頑張ってもらう、ということで」


 『指導役の調達』の下に、更に『個々人もっと練習する』と書いた。


「さて、次だね。と、『可愛い衣装の準備』か。これ本当にいる?」


「えー、いるよー」


 本田さんが不服そうに言った。その他メンバーも、口には出さないが同意らしい。


「制服も可愛いと思うんだけどなあ」


 そう呟くと、隣の机ががたっと揺れた。


「どしたの」


「べ、別に……」


 頬を染めた白石さんが、何かを誤魔化すように咳き込んでいた。


「えぇと、誰か裁縫が上手な生徒知らない? 四番目の内容にも繋がるけど、買えて多分生地程度だと思うんだ。だから、裁縫係を担ってもらおう。交渉はこっちでやる」


「そういえば」


 安藤さんが誰か思い当たるらしい。


「仁美ちゃん。裁縫得意なんだーて言ってた」


「岡野さんか。同じバイト先だし、丁度いいね。明日話してみるよ」


 僕は『可愛い衣装を準備する』の隣のセルに『岡野さんに裁縫依頼』と書いた。


「あ、後は、採寸もしないといけないわね。サイズが合わなかったじゃまずいでしょう」


 気を取り直して、白石さんが言った。


「そうだねえ」


 『岡野さんに裁縫依頼』の下に『採寸』と書いた。


「はい。次。次は『文化祭参加の申請』だね。これはこっちでやっておく」


 多分、何らかの書類を書く程度だろう。


「後は『資金面の工面』か。これが一番大変だよなあ」


 とりあえず、上の内容までで資金が必要そうな『衣装の資金工面』と『練習場所の資金工面』を書いておいた。


「さて、後は誰がいつまでに、だね」


 カタカタとパソコンを打つこと数分、まとめ終わると、皆に画面を見せた。


「こんな感じかな」




<i490460|34079>




「これが所謂、to-doリストって奴だね。誰が何をいつまでに。それを明確にするリストだよ」


「こ、これは……」


「ちょっと」


 to-doリストをまとめると、演奏者四人が戸惑ってしまった。多分、自分達のやることが少なく見えて、申し訳なくなったのだろう。


「そんな気持ちを持つ必要はないよ。そのためのマネージャーとマネージャー補佐なんだから」


「そうね。そのためのマネージャーよね」


 僕のフォローの一言に、白石さんが微笑みながら被せてきた。わざわざ僕を抜くとは、中々酷いことをしよる。


「山田さん、君言ったよね。絶対に文化祭でのライブを成功させたいって」


「う、言った」


「なら、余計な遠慮はするな。君は目的のために尽力しなさい。僕達がきっちりサポートするから。他の三人もそうだよ」


 そう言うと、未だ戸惑いがちではあるものの、皆は納得したように頷いた。


「あと、見たとおり、文化祭に向けてはマネージャー達のすることばかりなわけだけど、こうして皆の前でこれを話したことには意味があることを理解してくれ」


「どういうこと?」


 寡黙な堀江さんが聞いてきた。


「内容によっては、マネージャー達だけではどうにかなるかわからないことがあるんだよ」


 例えば、資金面のところだな。


「そういう時、君達にはもし僕達のやるべきことが予定通り進んでいないのなら、ケツを叩いたり、フォローしてもらうことだってあるってこと」


「そ、そんなことするのは」


 山田さんは先ほどまでと打って変わって遠慮気味な態度を見せていた。


「だから、絶対に成功させるんだろ? 何かを成功させたいのなら、相応の態度が必要だってこと、覚えておくといいよ。時には心を鬼にしてでも、結果を求める必要があるんだよ」


 そこまで言うと、ようやく山田さんは納得したかのように頷いた。


「よし。じゃあ早速だけど、今日何かすることはあったか……な」


 僕はパソコンの画面に視線を落として、言葉尻を弱くした。

 納期に今日と書いた内容は、一つだけあった。


『採寸』


「変態」


「はい。ごめんなさい。出て行きます」


 先ほどまでの威勢はどこへやら。僕は申し訳なさそうな顔を作って、荷物をまとめて教室を後にした。教室を出て行く途中、女子陣の視線が鋭かった気がするが、気のせいだと信じたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る