ガールズバンドのマネージャ補佐

「あら、どうしているのかしら」


 翌日、言われた時間より少しだけ早く教室に足を踏み入れると、白石さんが自席で本を読んでいた。どこか言葉は刺々しい。先日、何かよくわからないが彼女を怒らせてしまったが、多分まだそれを引きずっているのだろう。

 やれやれまったく、やれやれだぜ。


「君と同じだよ。安藤さんのバンドの件で呼ばれた。協力してくれってね」


 自分の席に座りながら、僕は白石さんに伝えた。

 全うな理由であるのだが、彼女は不服そうに、ふん、とそっぽを向きながら言っていた。


「あ、そうだった」


 思い出したように、僕は鞄からお土産を取り出した。


「これ、昨日のお土産」


 白石さんの元まで歩み寄り、ハマスタで買って来たクッキーを手渡した。

 白石さんはクッキーを受け取ることはせず、何も言わずにこちらを睨んでいた。


「無難すぎるとは思ったんだけど、変に凝った物を渡しても迷惑になると思ってさ」


 未だ白石さんの鋭い眼光は変わらない。

 しかししばらくすると、諦めたようなわざとらしいため息と共に、


「ありがとう」


 と不承不承とクッキーを受け取ってくれたのだった。

 

「……あ、後さ」

 

 今度は僕がどぎまぎする番だった。再び鞄に手を入れて、プレゼント用の包装がされた袋を取り出した。


「これも」


「これは?」


 それも差し出すと、白石さんにそう問われた。

 恥ずかしい気持ちが、止め忘れた浴槽の水のように溢れる気分だった。どんどんどんどん茹だっていく顔を、照れ隠しのためにそっぽに向かせながら、僕は言った。


「いや、テスト勉強しかり、先日の一件しかり、君にはいつも多大なご迷惑をおかけしているから。その、日頃のお礼です」


 先日の一件以降、白石さんに対して妙に照れてしまうのは何故なのだろう。そんな答えの出そうもない問いかけを脳内で行いながら、僕はさっさと受け取るよう、もう一つ前に袋を差し出した。

 白石さんは呆然としながらそれを受け取ると、


「あ、開けてもいいのかしら」


 と聞いてきた。


「構いません」


「そうですか」


 ガサゴソと袋を開けていき、手を突っ込み、畳まれた布を取り出した。そして、白石さんはそれを開いた。


「これって」


「エプロンです」


 いつか我が後輩と買い物に行った時に買ったエプロンを、白石さんは目を丸くして見ていた。あの後色々あって、すっかり渡すことを忘れていたので、今こうして渡した、ということだ。ちなみに安藤さんには、昨日渡した。


「これが、日頃のお礼?」


「そうです。不服でしたでしょうか?」


 ああ、恥ずかしい。何でこうも照れてしまうのだ。


「そう」


 白石さんはしばらくしてそう呟いた。そのまま受け取ったエプロンを大切そうに抱えるのだった。


「ありがとう。大切にする」


 大層嬉しそうにエプロンを抱えて微笑む彼女を見ていると、僕は思わず見惚れてしまっていた。

 いかんいかん。


「そ、それより皆遅いね。遅刻とは感心しないなあー」


 仕切りなおすように、まだ熱気冷めやまない顔面を手で仰ぎながら、早口でまくし立てた。


「きっと練習で疲れてしまったのね。皆夜遅くまで練習しているって言ってたし」


 へえ。そうなのか。

 あれそれよりも、気になったことがある。


「君はバンドのメンバーとして参加するのに、随分と早起きなんだね」


「あたし、バンドのメンバーじゃないわよ?」


「え、そうなの? てっきり安藤さんあたりに勧誘されたから今日来たのかと」


 そういえば安藤さん。白石さんに協力を仰いだとは言っていたが、メンバーに誘ったとは言っていなかった。


「確かに、誘われはした」


「やっぱり」


 なら彼女、安藤さんの依頼を断ったのか。意外。彼女の頼みなら何でも受けそうなのに。


「じゃあ、どうして断ったの?」


 何の気なしにそう聞くと、白石さんは頬を染めてそっぽを向いた。


「大勢の人の前で歌を歌うだなんて、恥ずかしくて出来ない……」


「ああ、そう」


 そういえば彼女、いつかの地域活動の時も緊張したり何なりしていたし、意外と引っ込み事案な性格なのかもしれないな。なんだか庇護欲をそそられる。


 それからしばらくして、バンドのメンバー一同が息を荒げながら教室に飛び込んできたのだった。


「遅いわよ、皆。遅刻とは感心しないわね」


「ご、ごめんなさい」


 一同が申し訳なさそうに頭を下げているのを見て、僕達は立ち上がった。


「まあいいさ。早速しようよ、話し合い。時間がもったいないしね」


 僕の言葉を皮切りに、皆で話し合うように机を移動させた。机を三つずつくっつけあって、向かい合うように僕達は座った。

 しかしあれだな。向かいのメンバーの顔、誰も知らないな。いや、一番右手の人は、確か同じクラスだ。いつかの実力テストの時、安藤さんに次ぐ早さで僕の点数をバカにしてきた人だ。

 ええと、名前は確か、山田さん。いつかは黒髪だった気がするのだが、今や淡い茶色の髪は、染髪でもしたのだろうか。少しだけ億劫そうにこちらを、というか僕を睨んでいる。なして。

 そういえばこの人、テスト以降も度々世間話程度の会話を何度かしたことがあったが、結構気が強そうな人だったよな。うわあ、色々と大変そうだ。


「さて、と。じゃあ早速話し合いを始めましょうか」


「ちょっと茜。ウチ、白石さんと鈴木がいるなんて聞いてなかったんだけど」


 早速、安藤さんの仕切りに、山田さんは茶々を入れていた。


「黙っててごめんねー。でも、この二人は信用出来るから安心して」


「えぇ、白石さんはともかく、鈴木が?」


 クスリ、と白石さんが隣でほくそ笑んでいた。

 失礼な奴らだ、まったく。こっちが言い返せるはずがないことを言いことに言いたい放題いいやがって。


「山田さん、安心して。あたし達もあなた達のバンドを是非成功させたいと思ってここに来させてもらっているから。もしこの人が下手なことしようものなら、後であたしに教えて頂戴。お灸を据えておくから」


「白石さんがそこまで言うなら、まあいいけど」


 白石さんに対する厚い信頼感。僕に対するガラス板よりも薄い信頼感。大層不服である。


「まあいいや。とりあえず自己紹介からはじめようよ。互いの信頼関係を築いていく意味でも、大切なことだろう?」


 僕への評価を改めさせる意味でも必要なことだしね。

 そうして、僕を皮切りに皆の自己紹介が始まった。こちらの列の僕、白石さん、安藤さんは手短に挨拶をした。

 さて、問題はここからだ。

 向こうの列の連中。山田さんはともかく、後の二人がどんな人間なのか、この挨拶でキチンと見定めなければ。


「山田瑠璃。担当はベース。絶対に文化祭でのライブ成功させたい。白石さん、茜。光。美緒。よろしくね」


 山田さんが手短に挨拶を終えた。ナチュラルに省かれているが、まあいいや。そういう難しい年頃の子なのだろう。

 さて、次からだな。

 

 ガタリ


 安藤さん曰く、堀江さんらしい少女が黙って立ち上がった。


「……」


「……?」


 堀江さんは何も言わない。


「ど、どうしたの?」


 僕は思わず聞いてしまった。

 するとすぐに、山田さんの舌打ちが返ってきた。


「黙って待ってろよ。美緒は寡黙なんだよ」


 寡黙なのか。寡黙なら仕方がないな。そんな子がバンドをしようなんて大層意外だがな。


「堀江美緒。ドラム。寡黙です」


 おお。

 寡黙が自己紹介の一部になっている。そんなことってあるのか。


 ま、まあいいや。次だ次。


「本田光です! えぇと、担当はギターです! えぇと、好きな食べ物はカレー。最近の悩みはご飯を抜いているのに体重が増えることです。ぴえん。それから--」


「本田さん。もう大丈夫よ。よくわかったから」


「そう? うーん。ならいっか。よろしくね!」


 あざとく舌を出して、本田さんは敬礼しながら着席した。ただ、左手の敬礼は失礼にあたるから、今後は気をつけようね。 


 総評。

 ちょっと、二癖も三癖もある連中過ぎませんかね? 本当、どうしたらこんな連中がめぐり合ってバンドをしようとなるのだ。皆目見当が付かない。


「それじゃ、白石さんはマネージャーとして参加してくれるってことでいいの?」


 思考が追いつかない僕を他所に、どんどん話は進んでいっていた。


「えぇ。そうさせてもらうわ」


「えー。白石さんと茜のダブルボーカルなら人が集まること間違いなしなのに」


 山田さんがぶつくさ言っていた。


「で、そっちの男は何しに来たの?」


「うん?」


 敵意むき出しの山田さんの言葉に、素っ頓狂な返事を返した。そういや、聞かされていない。


「ああ、何だろうね」


 僕を誘った主の安藤さんも、首を捻っていた。おい。考えておけよ。


「うーん。マネージャー補佐?」


「下っ端じゃん」


「おにあーい」


「本当ね」


 山田さんと白石さんが乗っかってきた。


「よろしくね、マネージャー補佐君」


「ああ、はい」


 悪乗りする白石さんに頷き、僕は大きなため息を吐いていた。

 まあ、いいや。


「よし。世間話もそこそこにして、早速だけど確認だ」


 そう言って僕は、黒板のほうに歩いた。

 

「補佐が仕切ってるよ」


「うるせえやい」


 山田さんの言葉に悪態をつきながら、黒板にチョークでカッカッと文字を書いていく。といっても、二文字だが。


『目的』


 デカデカと書いた文字に満足すると、僕は彼女らの方に振り返った。


「はい。早速だけど再確認だ。今回君達の目的は何?」


 まあ、これは度々話題にも出ていたのでなんとなく想像が付く。だが、皆でその目標を共有しておくかおかないかでは多少話が変わってくるのだ。

 文化祭までの時間は夏休みを入れても残り少ない。

 そんな中、もし一人でも別のベクトルを向いて時間を使う人がいれば、後々それが大きな失態に繋がりかねない。だから、この場でまずすべきは、皆でその目的を共有することなのだ。


「そりゃ、文化祭でのライブを成功させることっしょ」


 山田さんが何を今更、と言いたげに鬱陶しそうに言ってきた。

 皆が顔を見合わせて、頷きあう。どうやら認識の齟齬はないみたいだ。


 僕は『目的』の隣にチョークで『文化祭ライブを成功させること』と書いた。


「さて、じゃあ質問だけど」


 再び皆の方を振り返って、僕は彼女達に聞いた。


「この目的を達するため、しなければいけないことはなんだい?」


 話した後、再び黒板に文字を書いた。


『やること』


 彼女達は、唸り始めた。

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