毒舌イケメン吹奏楽部顧問と対等な関係になっちゃった!

「お二人で、今日はどうしたんですか? わざわざ夏休みに学校に来るなんて、珍しいですね」


「そうですね、じゃあ帰ります」


「ちょっと鈴木君」


「あいた」


 白石さんに額を軽く叩かれて、ソファから上げかけた腰をゆっくりと戻した。

 今僕達は、鳳に直談判をするべく、職員室隣の応接室に来ていた。手元には粗茶が二つ。いらないと白石さんが断ったのだが、押しの強い鳳によって出されてしまった。曰く、来賓も最近は少なく、期限切れが近い粗茶の扱いに困っていたそうだ。だから遠慮せず飲んでくれと微笑みながら告げて、僕達の前に置いたのだった。

 おいおい、気配り出来すぎだろ。本当、イケメンだな。腹しか立たないわ。


「それで、鈴木君と……えぇと」


「あ、白石です」


「白石さんですか。よろしく。それで、お二人は今日どうして学校に? 夏休みまで学校だなんて、堅苦しくて仕方がないでしょう?」


 それは僕達でなく、向こうで必死に練習している吹奏楽部の部員達に言ってあげたらどうでしょう。彼ら、先日も来ていたし、来る大会へ向けて日々辛い練習に明け暮れているんでしょう?

 そして、あなたはそれに加担している立場でしょう?

 本当、腹黒いな。腹しか立たないわ。


「えっと、実は今日は鳳先生にお願いがあって来たんです」


「お願い、ですか?」


 いくら待てど粗茶に口をつけない僕達を見かねて、自らが粗茶に口をつけながら、鳳は聞き返してきた。

 

「はい」


 白石さんは鳳に懇切丁寧に現状を説明した。

 今度の文化祭で安藤さん達のバンドのライブを実施しようとしていること。

 僕達が彼女らのマネージャーとなったこと。

 バンド結成に当たり、演奏者が皆初心者で、指導者をしてくれる人を探していること。

 だから、鳳先生にその役をやってもらえないかということ。


 全てを打ち明けた。


「そうですか。君達がマネージャーですか」


「はい。それで何とか、協力してもらえないかと」


 鳳はしばらく考える素振りを見せた。頬杖を付いて、一点をジッと見ていた。


「鈴木君、君もマネージャーなのかい?」


「いいえ、違います」


 半笑いで言った。


「え、違うのかい? でも今、白石さんの言葉では……」


「僕はマネージャー補佐です。あしからず」


 だから、半分無関係者。

 鳳は目を丸くして、しばらくすると大声で笑い転げた。いや、笑いすぎ。サイテー。


「そうかい。マネージャー補佐かい」


「えぇ、なので帰っていいですか?」


 無言で白石さんに額を叩かれた。


「あいた」


「もうっ」


 どうやらあんまりな態度だったから、ついに白石さんを怒らせてしまったみたいだ。


「折角の楽しそうなお話なのですが、すみません。私は今、吹奏楽部の部員達の指導で忙しくてですね」


「あー残念だー」


 思わず声高らかに言ってしまった。白石さんの鋭い眼光が痛い。


「ですが、そうですね。私も一枚噛ませてください」


「え、でも今忙しいって」


「えぇ、なので、バンドに詳しい人を紹介しますよ。私から連絡しておきましょう。きっと良い返事をもらえるはずです」


 なるほど。指導役の人間との仲介役を買って出てくれたわけか。


 はあ。もう仕方がないよな。ここまで話した以上、彼はもう部外者ではない。だったら、最大限今の状況に甘えよう。


「あともう一つお願いしたいことがあるんですけど」


 僕はうんざりした声で鳳に言った。


「なんだい?」


「その人、スタジオへの伝手とか持ってないですか?」


 言わんとしていることを理解したのか、鳳は唸った。


「そうですね。多分大丈夫ですよ。無償でスタジオを借りたいわけですね」


「えぇ。何分学生なもので、皆貧困なんです」


 アハハ、と乾いた笑みを見せると、鳳は爽やかな笑みを見せた。

 僕が今取り付けたのは、『資金の工面』の一つ、『練習場所の費用工面』である。あの後ネットとかで四人バンドの練習場スタジオがだいたい幾らで借りれるのか調べたのだが、都内で十畳以上のスペースを長時間借りることもあってか、結構値段が張る場所ばかりだった。一時間千円とか、学生がそんなに頻繁に借りれる額ではない。

 メンバーがこれからバイトをして費用を工面することは、時間的にも練習時間を削る意味でも皆無な今、頼れる人を頼る他手段はない。


「それ以外に何かありますか?」


「僕はない。白石さんは?」


 白石さんに話を振ると、彼女は僕と鳳の顔を見比べていた。


「えっと、二人はお知り合いなんですか?」


「違うね」


「いいえ、大親友ですよ」


 爽やかな笑顔でそう言う鳳に、僕は苦虫を噛んだ時のような渋面を送っていた。


「アハハ、まあ色々あったんですよ。ね、鈴木君?」


「そうでしたっけか」


 あっけらかんとそう言うと、話は終わりだと言わんばかりに鳳が腰を上げた。


「これで、貸し借りはなしだね」


 肩を叩かれ、そう言われた。


「うるへー」


 思わず悪態をつくと、鳳は再び声を出して笑っていた。


「それじゃ、明日には吉報をお届け出来るようにしますから、また学校に来て頂けますか?」


「わかりました。ありがとうございます」


 白石さんが立ち上がり、頭を下げた。


 ……絶対に借りを返させる気はなかったんだけどなあ。

 これで僕達は対等な関係に戻ったわけか。


 まあ、いいか。とりあえず今は、指導役が見つかりそうなことを喜ぼう。

 一応。あくまで一応だが、鳳の音楽に対する見る目は、彼の実績から疑う余地はないし、これで一安心だろう。不服だが。

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