苦悩する十五歳男児

 翌日の昼休み、僕は平田君と食堂に来ていた。理由は、昨日彼と交わした約束を果たすため。白石さんとの仲を、取り持つという約束だ。


「で、先生。白石さんと仲良くなるにはどうすればいいんですか?」


 食堂に来てからというもの、平田君に落ち着きはなかった。そうか。そんなに早く、白石さんと仲良くなりたいのか。

 

 平田君は期待の眼差しを僕に向けていた。そんな彼を見ていると、無策でここにきた自分に罪悪感を感じ始めていた。


「先生?」


 いつの間にか無言になっていた僕は、わざとらしく咳き込んだ。しょうがない。無策ならそれで、それなりの策をこれから考えればいいのだ。


「よし。まずは、自己分析をしよう」


「自己分析?」


「そう。自分の強みを客観的に考えてみてよ。もしかしたら、それがきっかけで白石さんと話すことが出来るかも」


「な、なるほど」


 平田君は息を呑んで、必死に考え始めた。しばらくして、あ、と平田君は声をあげた。


「何か思いついた?」


「ああ、実は僕、昔からピアノを習っていてね。雨の日も台風の日も、風邪を引いたって休んだことがなかったんだ」


「はい、駄目」


 即答だった。


「何故だ!」


 平田君は立腹そうに立ち上がった。


「ああ、ピアノをやっていたことが駄目だったわけじゃないよ」


「なら、余計意味がわからない。何だ、君は冷やかしのつもりだったのか」


 失礼な。

 今君と協力し合って必死に案出ししている人に、その言い草はなんだよ。


「至って真面目だ。僕が駄目だと言ったのは、君の喋り方」


「喋り方?」


「そ、人に自分のPRをする時は、まず結論から述べるんだよ」


 僕の駄目だしの意図を伝えると、彼は目を丸くした。


「そ、そんな小論文みたいな事、対人にするのかい」


「対人。それも向こうがこちらに興味を持っていない人だからするんだよ」


「きょ、興味がない」


 興味があったら、とっくに仲良くなっているだろう。彼には後々、今の自分と白石さんの関係も客観的に知らしめなければなるまい。いくら辛いことでも、現状を受け入れないと、その先に進むきっかけに繋がらない。


「いいかい。まず、君が突然白石さんに話かけたとする。それで、会話の中で自分の長所とかを伝える場面に出くわしたとする。その時、あーだこーだと話した後に結論を言うのと、先に結論を言うのでは全然感じ方が違うからな。興味をもたれていないってことは、まず相手の興味を惹かなければならないからだ。関係ない話をぐうたら続けて、興味を惹けると思うか」


「う。無理だ」


「そういうこと。はい。今の話を聞いて、もう一度話してみて」


 鬼軍曹にでもなったつもりで、僕は平田君に指示していた。


「僕の強みは、忍耐力だ。僕は昔からピアノを嗜んでいて、例え雨の日だろうと風邪を引いた日だろうと、台風の日だって毎日ピアノ教室に通いつめたんだ。だから、僕の強みは忍耐力だ」


「はい。駄目!」


「な、何故だ!」


「頑張ったことを結論に補足したことは良い。けど、それが彼女とどんな関係があるんだ」


「え」


「僕が君に自分の強みを聞いたのは、君が彼女にアプローチをするにあたって、どういう方向から攻めていくのか確認するためだぞ。今の話で、彼女にどうアプローチするつもりだ。忍耐力がある。そりゃすごいね。じゃ、他の人と仲良くしてな、で終わるぞ」


「むぐぐ」


 ついに平田君は唸った。 


「話をするっていうのは、一連のストーリーの上に成り立っているんだよ。起承転結。まあ、PRであれば転は省いてもいいかもしれないけど、とにかく結をキチンとイメージしてストーリー作りしないと。僕にはこんな強みがある、だから君にふさわしい。とか、だから、似たような君にシンパシーを感じた、とかさ」


 僕の言葉に、平田君は渋面で頷いた。


「はい、もう一回」


 ただ、熱をこもった指導をする内に、僕の頭の片隅にある疑念が浮かび始めていた。

 これ、本当にほぼ初対面の白石さんの前で話す内容なのか? もっと砕けた話から始めた方が良かったかも……。


********************************************************************************


 放課後。


「ようし、行くぞ」


 昼休み目一杯自己分析、ならぬ平田分析をした平田君は、自信ありげに図書館に向かっていた。僕は、その後ろを追っていた。

 今日はバイトがある日だったのだが、まだ時間には余裕があった。彼の勇士を見届けてから向かっても間に合うだろう。


 それよりも、一つ疑問がある。


「ねえ、何で今日、白石さんが下校時刻まで図書館にいることを知っているの?」


「え、なんだい鈴木君。そんなことも知らないのかい」


 平田君は得意げな顔で続けた。


「今日は金曜日だろう? 明日から二連休。白石さん、休みの日に読む本を図書館から毎週借りていっているんだよ」


「へえ」


 えぇ。何でそんなこと知っているの、この少年。


「リサーチの甲斐あったよ」


 そういって、平田君は鞄からメモ帳を取り出した。

 おい、まさか。


「もしかして、たまに白石さんを追っていたりする?」


「え、何を言うんだい」


 ホッ。

 どうやらそれはないみたいだ。


「当然だろう?」


 酷い頭痛を覚えた。ナチュラルにストーカー宣言すんな。


「まあ、いいや」


 彼もきっと、一方的な感情が募って凶行に走っているのだろう。関係が多少でも深まれば、きっと収まるだろう。




 だから、僕は何も悪くない!

 

 頭を抑えていると、図書館に平田君がたどり着いていた。


「ちょ、おいおい」


 独断先行していく平田君は、僕を置いてさっさと図書館に足を踏み入れていった。

 遅れて僕が室内を覗くと、そこには図書委員の少女と白石さんだけが残っていた。白石さんはポツンと夕日を浴びながら、集中して本を読んでいた。


 平田君は迷うことなく白石さんの隣に腰掛けた。


 いきなり攻めすぎだろ。

 そう思いながら、僕は本棚の物陰に隠れながら、二人の様子を確認した。


 白石さんは、本に集中しており、平田君に気付いている様子はない。


「し、白石さん」


 そのまましばらくして、平田君が口を開いた。少しだけ震えていた。

 白石さんは体をはねさせて、今更隣に平田君が座っていることに気がついた。


「えぇと」


 白石さんは明らかに困惑気味だった。

 平田君は、そんな白石さんに何を言う……?


 何も言わない。平田君はアドリブに弱かった。


「何?」


 不審そうな目をしながら、白石さんは平田君に冷たく言った。

 まあ、これは仕方がないわ。図書館で気付いたら突然、男が隣に座っていて、声をかけてきたと思ったら何も喋らない。恐怖以外の何者でもないわ。


「えぇと」


 冷たく当たられ、平田君は混乱しているようだった。

 そして、


「僕、忍耐力があることが強みなんだ!」


 声を大にして、息巻いた。

 ついに僕は、その場で頭を抱えてしまった。


「僕、昔からピアノを嗜んでいて、例え雨の日だろうと風邪を引いた日だろうと、台風の日だって毎日ピアノ教--」


「いきなり何?」


 当然の反応である。

 平田君は、言葉を返すことが出来なくなっていた。きっと今頃、頭の中は真っ白だろう。


「失礼するわね」


 何も言わない平田君に、白石さんはそう言って、椅子から立ち上がった。

 手元に積んでいた本を図書委員の少女に借りると、そのまま図書館を後にした。


「げ、元気だしてください」


 一連の流れを見ていた図書委員の少女は、白石さんが去った後、平田君にそう話しかけていた。

 優しい人だなあ。

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