悲劇と機関銃
「はい。というわけで、どうして失敗したかわかりますか?」
月曜日。食堂。
渋面を作る平田君に、僕はため息を吐いていた。
「鈴木君の作戦がよくなかった」
「いや、作戦立てる暇もなく突っ込んでいったんだろ」
真実を伝えると、平田君の顔が歪んだ。図星なら言うな。
「君、ロジハラだよ。それ」
「ロジ……。何だそれ」
「ロジカルハラスメント。人の気持ちも考えずに正論を言うなんて、酷いと思わないのかい」
「思うか、バカ」
ついに正論を言うと断罪される時代になったのか。そんなのもうまともに会話出来ないじゃん。
「で、話を戻すけど、どうして失敗したかわかるか」
「君に相談したのが間違いだった」
ふて腐れて、平田君はそっぽを向きながら言った。
「こっちは善意でやってやってるのに、その言い草はないだろ」
先日の彼ならさっさと謝ってそうなものだったのだが、今日は謝罪の一つもなかった。
ははあ。さては、
「そんなにこの前のこと、引きずっているのか」
「そりゃ、引きずるだろう!」
平田君はそう叫びながら、机を叩いた。
食堂を使用する生徒の視線が集まった。
「ちょ、あんまり騒ぐなよ。公共の場だぞ」
アタフタしながら僕は彼を咎めた。
「だって、もう修復無理だろう。白石さんに絶対嫌われた!」
それはストーカーしている時点で気付くべきだ。そっちの方が、ばれた時に印象悪いだろう。リスクヘッジを持った行動を、彼はもっと心がけた方がいい。
「初対面の人に、突然変な話をされたくらいで、その人のこと嫌いになるか?」
「なる。だって、凄い冷たい顔をしていた」
「いや、それはいつもだよ。あの人」
僕は甲斐甲斐しくフォローするが、平田君の様子が変わる気配はなかった。
「大丈夫だよ。むしろ、多分向こうは平田君が好意を持っていることに気付いたはずだから、舞い上がっているかもしれない」
はったりだ。あんなに冷淡そうに帰って、舞い上がっていることは多分ない。でもこうでも言わないと、平田君、ずっとふて腐れたままだろうし、しょうがない。
「何故向こうが僕の気持ちに気付いたと言い切れる?」
「いやだって、図書館のあんなにある座席の中からわざわざ隣の席を選んで話しかけてくるだなんて、好意以外の何物でもないだろう」
「な、なるほど」
「まあ、もしかしたら舞い上がってはいないかもしれないが、とにかく顔を覚えてもらえてよかったじゃないか」
「そんな変人みたいな顔の覚えてもらい方、嫌だった……」
「何を言う。まず顔を覚えてもらうこと。これが何より大切なことだっただろ。元々知り合いでもなかったんだから、充分な進歩だ」
「そ、そうかな?」
「ああ、凄いよ。平田君」
苦笑気味に平田君は喜んだ。チョロい。絶対に口には出さないが。
「ただまあ、変人という印象を与えたのも事実。だから考えよう。今回の君の失敗点を。どうすれば同じ失敗を犯さないか、を。そしてそれを、次の機会に活かそうじゃないか」
「す、鈴木先生」
また先生にランクアップしたようだ。
「で、君は何が悪かったと思っている?」
冗談はさておき、そろそろ本題に入ろうとそう言った。
平田君は唸って、
「さっぱりわからない」
と言ってのけた。
僕は項垂れた。あんなふて腐れるくらいの失敗をしておいて、わからないのか。
「まず君、白石さんに無策で迫っただろう」
「それの何がいけない?」
「君、アドリブというか。困った時に黙るタイプだろう。この前はそれが顕著に出ていた。だから白石さんを逃がしてしまった」
平田君は感心したように頷いていた。
「そういう時は、事前にどんな話をするかある程度決めて突撃するべきだ。後は、どんな質問が飛んでくるかも考えておいて、答えも用意しておくこと。とにかく、黙るのは駄目だ」
「は、はい」
「ということで、まずは話の導入に使えそうな話題を考えよう。何かないかい?」
彼、白石さんに関して特別詳しいみたいだし、共通の話題になりそうなことを提供してくれればいいな、と僕は思っていた。そうしたら、僕がその話題で気になったことを彼に言う。恐らく、その話題に対して深い知見のない僕の質問は、世間一般の人が気になる話題と酷似してくるはず。
つまり、どんな質問が飛んでくるか、という下調べに持ってこいだと思ったのだ。
ただ、平田君はそんな僕の思惑を知らずに、
「僕の強みの話、とかかな」
と言った。
僕は口をあんぐりと開けた。
「ほら、僕達将来お付き合いするわけだから……いや、勿論清い関係だよ?」
「知らんわ」
「で、だ。将来そういう関係になるわけだがら、僕のアピールポイントは是非知っておいてもらいたいな、と。そうすれば、お互いもっと惹かれあうと思うんだ」
「ナルシストか」
「何だとっ」
怒る彼に、僕は頭を抱えながら反論した。
「それ、先日と何も変わらないだろ」
「あ」
「同じ失敗を繰り返す気か」
少し厳しい言い方をすると、平田君は俯いてしまった。
しょうがないなあ、もう。
「白石さん、最近シェイクスピアを読んでたよ」
「え?」
僕は、早朝学校で白石さんと二人で会話していること。彼女がその時、シェイクスピアを読んでいたことを伝えた。
「白石さん。そんな朝早くに来ているのかっ」
せっかく実のありそうな話題を提供したのに、平田君は何故か悔しがっていた。
「くそ。僕が夜型でなければっ!」
「いや、そこは改善する努力をしろよ」
はあ。まあいいや。
「とにかく、彼女最近シェイクスピアを読んでいる。あのシェイクスピアだぞ。ロミジュリの。恋愛感情を抱かせるには充分な話を引き出せそうじゃないか?」
「た、確かに」
「早速、読み込んで勉強してきなよ。それで、シェイクスピアの話題で盛り上がって、夕日を背にロマンチックを語り合ってきな」
「はい。先生!」
翌日、平田君は目の下に隈を作って登校してきた。何でも、昨晩夜なべをしてシェイクスピアの勉強をしてきたそうだ。
本当、彼は白石さんのことが好きなんだな。彼女のために、彼女と話す話題のために、一晩かけて勉強をしてくるだなんて。
ただ僕は、頭の片隅にある疑念が浮かんでいた。
……シェイクスピアって、悲劇で有名じゃなかったっけか。
********************************************************************************
放課後。
平田君(ストーカー予備軍)曰く、今日は白石さんが図書館に週末借りた本を返しに行く日だそうだ。何で月曜に返却しないのかは、彼でも不明だそうだ。
まあ、それはともかく、彼女、本を返却した後、完全下校時刻まで図書館で本を読んでいくそうだ。
よって今日も、平田君は図書館で彼女に話をしかける作戦で行くそうだ。
陽が昇っている時間も随分と長くなった今日この頃、平田君は赤い陽を背に図書館へ向かった。僕もその後に続いている。
「シェイクスピアの四大悲劇は?」
「『ハムレット』『オセロー』『マクベス』『リア王』」
「シェイクスピアの遺作は?」
「『テンペスト』」
「没年は?」
「千六百十六年」
「配偶者は?」
「アン・ハサウェイ」
「完璧だ」
「ありがとう」
図書館前、最後の確認を終わらせると、僕達は熱い握手を交わした。たった一夜で、よくここまで。
思わず涙が出そうになった。本当、あんまり年は取りたくないな。
「頑張って」
「ありがとう、ありがとう」
熱い抱擁を交わして、僕は平田君を見送った。背後から、数名の女子に怪訝な瞳で見られていたが、そんなことは関係ない。
彼は前回同様自信ありげにズカズカと図書館を闊歩して、件の少女の隣に腰掛けた。彼女は、本に集中しているのか、平田君に気付く様子はない。
僕はこっそりと本棚の物陰に隠れて様子を見守った。
「白石さん、何読んでいるの?」
「きゃっ!」
よし、自然な導入だ!
思わずガッツポーズをしていた。
相当本に没頭していたのか、白石さんは平田君の声に体を飛び上がらせた。
そして、恨めしそうに平田君を睨んでいた。
「えぇと」
平田君は明らかに白石さんの眼光に怯んでいた。
頑張れ。頑張れ!
「何、読んでいるの?」
よしよしよし!
その調子だ!
白石さんは、平田君の顔をジッと見て、栞を挟んだ本を差し出した。
よし。後は、彼が一晩かけて必死に勉強したシェイクスピアトークで、彼女を魅了するだけ。もう、勝利したも同然だ!
「……え」
……ん?
平田君の様子がおかしい。本の表紙を見て、顔を真っ青に染めている。
「……せ」
せ?
「『セーラー服と機関銃』」
赤川次郎おおおおおおおお!
彼女、もうシェイクスピア読み終えていたのか。僕は頭を抱えてその場にうずくまった。
白石さんは、平田君が黙ってしまった様子を一通り眺めた後、本を取り上げて図書館を後にした。
「つ、次があるよ」
一連の流れを見ていたいつかの図書委員の少女は、白石さんが去った後、平田君にそう話しかけていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます