恋敵(?)現る

 決闘。

 今日日聞かない言葉である。まあ、この男に会ってからそんな言葉のオンパレードなわけだが。


 まあ、いい。そんなことよりも、だ。


「何だよ、君。白石さんのことが好きなのかい」


 思わず口角が緩んだ。酷い奴だ。人の恋路を笑うなんて。そう思うが、笑わずにはいられなかった。好きな人をかけて決闘とは。発想が昭和だ。


「う、うるさい。そんなんじゃない。ただ僕は、何人もの女を誑かす君の毒牙に、白石さんがかかってほしくないだけだ」


「ちょ、誰が誑かしてるんだい」


「君だよ、君」


「いや、ないだろ」


 大層不服である。確かに饒舌に喋るあまりキザな台詞を吐くことが最近多いが、そんな言葉を続ける僕は、引かれる要素はあっても好かれる要素はないだろう。まあ、たまに身になることを言っている自覚はあるから、良くて頼れる兄貴分ってところだ。


「……犯人は皆そういうんだよ」


「いや、何も犯罪起こしてないし」


 いつか誰かにも似たようなことを言われた。鈴木君、そんなに人相悪いのか? ちょっとかわいそう。


「とにかく、決闘だ。決闘を申し込む」


 男の意思は大層固いようで、僕は呆れるほかなかった。


「まあ、じゃあ聞くけど。決闘するとして、何するんだよ。喧嘩とか互いに怪我しかねないことはなしだぞ。百害あって一利なしだ」


「僕がそんな低俗なことするわけがないだろう」


 イラッ。

 思わず眉間に皺が寄った。決闘だなんて物騒な言葉を使う奴が、どの面下げてそんなことを言っているんだ。


「決闘の内容。簡単さ。君と僕は同じクラスだろう?」


「え、そうなの?」


「え」


 男は目を丸くした。

 しまった。こいつ同じクラスの子だったのか。でも顔を知らないと言う事は、これまで話をしたことがないってことだろう?


「君、名前は?」


「平田健二」


「平田君か」


「本当に見覚えないか?」


「うん」


 申し訳ないが、事実をありのまま伝えた。

 彼は悔しそうに唇を噛んだ。


「僕、君の二つ前の席だぞ……!」


「ごめんなさい」


 悲痛そうな平田君に、僕は謝ることしか出来なかった。そうか。君、そんなところに座っていたのか。


「まあ、いいさ。決闘だ。決闘の内容だ!」


 ヤケクソ気味に平田君は叫んだ。


「ハハハ。惨めな思いをするがいいさ。なんてったって、僕は優秀だからね。君なんかじゃひとたまりもないぞ」


「で、何を競い合うの」


 いい加減平田君に合わせるのも苦痛になってきたので、さっさと本題に進むよう促した。


「何を競う合うか。簡単だ! 次の体育のサッカー! ここで、どちらの方が多く点を取れるのか勝負だ!」


 なるほど。安直だ。

 ただ、


「せこっ!」


 僕は声を上げた。


「お前。体育の時間、僕が見学しているの知ってて話しているだろ!」


 肩を痛めている僕は、医者に定期的に体育の授業内容を伝えていた。内容によっては、医者指示の元、ただ見学する羽目になることも間々あった。そして、件のサッカーは、僕が数ある授業の中で、最も暇を持て余す時間。つまり、僕が授業に参加出来ず、脇で見学をしている時間なのだ。


 平田君の勝負の内容は、どちらが多く点を入れるか。

 答えは決まっている。というか、僕に勝ち目はない。僕は見学しているのだから。


「せめて正々堂々としたルールでやろうぜ。君もすっきりしないだろ、それ」


「う、うるさい! 勝った方が正義なんだよ。つまり、もう僕の勝ちは決まったようなものだ! どうだ、参ったか」


 勝利宣言を高らかにした平田君は、まるで悪役貴族のように大きな声で笑い始めた。


「いや、参らないだろ」


「何?」


「だって僕、負けてないし」


「何だと?」


「僕、君の勝負に応じてないぞ。つまり、そもそも勝負が成立していないじゃないか。勝ったも負けたもないだろう」


 そこまで言うと、平田君は再び目を丸くして絶句した。え、予見していなかったのか?


「男と男の戦いを逃げ出すのか!」


「逃げ出すよ。何が悪い」


 不当な勝負を迫って、男の男の戦いとは。


「この意気地なしが」


「僕を意気地なしと言うなら、君は卑劣な男だ。こんな不当な勝負を迫っておいて」


「うぐっ」


 自覚あるのかい。

 僕は呆れてため息を吐いた。


「だいたい、そんな汚い勝ち方で白石さんが君を認めると思うかい」


「え」


「何鳩が豆鉄砲食ったような顔してんだ。当たり前だろう。彼女とか関係なしに、そんな不当な勝負を迫って相手を負かそうとしている得意げな男を誰が認める」


「あ」


「いや、せめてそこには気付いていてくれよ」


 これはあれだな。

 対鈴木君への意識が強すぎて、空回ってしまったのだろうな。見落としていた、という言葉で済ませていいものかわからないが。


 平田君は僕の言葉があまりにショックだったのか、膝から崩れた。


「オーバーだなあ」


「う、うるさい!」


 そんなにショックだったのか。であるなら、もうさっさと認めろよ。


「素直になれよ」


「何?」


「君、白石さんが好きなんだろう?」


「べ、別に……」


「君、さっき不当な勝負を僕に挑んだけど、ここでもまた逃げるのか?」


「何?」


「性根腐ってるな、と思っただけだ。素直になることも出来ないなんて」


 煽るように言った。

 僕とて、他人に恋路を邪魔されたくない時はあるし、そういう時は誤魔化したりもするのだが、こうまで直接的な態度を出しておいて、別に好きではない、は無理がある。聞いているこっちがムカムカする。


「す、好きだよ。白石さんのこと」


 観念したのか、平田君は恥ずかしそうに呟いた。


「で、彼女とどうなりたい」


「どうって。そんなこと言えるか!」


「いいから」


 黙って従えと促すと、平田君は唇を噛みながらそっぽを向いた。


「つ、付き合いたい」


「その気持ち、もう誤魔化すなよ」


「う、うるさい」


 先ほどまでの威勢はどこへやら。すっかりしおらしくなった平田君の肩を、僕は叩いた。


「大切なことだ。君に、ある修道女の言葉を教えよう。

 思考に気をつけなさい。それはいつか言葉になるから。

 言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になるから。

 行動に気をつけなさい。それはいつか習慣になるから。

 習慣に気をつけなさい。それはいつか性格になるから。

 性格に気をつけなさい。それはいつか運命になるから」


 長々と喋ると、平田君は目を丸くしていた。


「つまりだ。卑劣な思考に気をつけていかないと、そういう奴には相応の運命しか訪れないっていうことだ。わかるか。僕に不当な勝負を挑むような卑劣な君が、本当に心から好いた白石さんに振り向いてもらえると思うか」


「お、思わない」


「だろ。ほら、立って」


 涙目の平田君を立たせると、僕は肩を叩いた。


「手伝うから」


「え?」


「白石さんと付き合いたいんだろ? 手伝うよ。君が彼女に思いを伝えることを」


 そういうと、平田君はまた目を丸くした。


「え、でも、君……白石さんを誑かしていたんじゃないのかい」


「違うわ。誰から聞いた、それ。僕にとって白石さんは……そうだな。ちょっと口の悪い妹分みたいなものだよ」


 ちょっと口が悪すぎる気もするが。


「だから、まずはどうしたらいいか考えよう」


「というと?」


「どうしたら白石さんに付き合ってもらえるか、一緒に考えるんだよ」


 皆まで言わすな。そういう意図で少し面倒そうな顔を見せた。

 平田君は、大粒の涙を流していた。


「鈴木先生……!」


「誰が先生じゃい」


 オーバーな子だな。まあ、先生と言われて悪い気はしないが。


「じゃあ、早速明日の昼休みね」


「はい!」


 平田君は元気良く挨拶をして、下校していった。


 少し干渉しすぎただろうか?


 今になって、僕は少しだけ後悔をしていた。人の恋路を無理矢理聞きだして、押し付けがましく手伝おうなんて、もし失敗したら冷やかしに見られても仕方がない。


「さて、どうしたものか」


 であるなら、彼と白石さんの恋路を成就させる他、僕の道はなくなる。ただ、果たしてそううまくいくだろうか。あの少女、中々に気難しいし。何なら平田君も気難しい。


「ま、やるだけやってみるか」


 出たとこ勝負。

 いつか安藤さんに、仕事は準備で八割決まるとかのたまったのに、こんな甘い考えで果たしていいのだろうか。

 まあ、いいだろう。ここにきて、他人事精神が働き始めている。


「僕も大概、卑劣な男だなあ」


 不意に、修道女の言葉を思い出していた。

 こんな卑劣な思考を持つ僕には、果たしてどんな運命が待っているのだろうか。 

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