吹奏楽部顧問はイケメン毒舌で女子を骨抜きにするらしい
翌日、博美さんとの約束を果たすため、僕は準備をしていた。
「おはよう、鈴木君」
「ああ、おはよう。岡野さん」
朝、岡野さんが登校してくると、僕は早速彼女に話をかけた。
「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」
渋谷さん達と談笑を始めた彼女を制して、僕は尋ねた。僕は、本日突撃を仕掛ける吹奏楽部顧問の情報が欲しかった。
「何?」
渋谷さん達の視線が痛い。でもそれを無視して、僕は続けた。
「ウチの吹奏楽部のこと教えて欲しいんだけど」
「え。あたし、吹奏楽部じゃなかったんだけど」
「でも、君吹奏楽部に入りたかったんだろう? だったら、詳しかったりしないのかなって」
「まあ」
岡野さんは頬を掻いた。
「憧れでもあったからさ。よく知っているんだけどね」
「憧れ? 部に対して?」
そんなに誇り高き部だったのか。子供に憧れを抱かせるほどとは、正直気になる。
「違う違う」
しかし岡野さんは、僕の期待をあっさりと裏切った。
「憧れていたっていうのは、顧問の先生に対して」
言い終えて、岡野さんの頬が赤くなっていく。
「ああやだやだ、恥ずかしいよ、もう。鈴木君、余計なこと喋らせないでよね」
勝手に喋って勝手に照れたんだろ、とは言えなかった。
「へえ、そんなに凄い人なの?」
「凄いんだよお。この高校に赴任してきて四年。当時は無名だった地方大会で銀賞レベルだったこの学校を、一気に全国大会常連まで押し上げたんだから」
突如饒舌になる岡野さんに、僕は苦笑していた。
「しかもこれが結構イケメンでね。ただ聞いた話によると、その先生結構毒舌らしくてさ。入部早々の新入生を泣かしたことは数知れず。ただ、卒業する頃にはすっかり骨抜きにされて、その毒舌なしでは生きていけない体にされるそうだよ」
なんとも学生らしい噂である。というか、途中から随分と恐ろしいことを言っていたぞ。多分それ、その生徒がマゾっ気があっただけだろ。
「へえ、イケメン毒舌、か」
結局、碌な情報は集まりそうもないな。
「ありがとう」
ため息を吐いて、僕は岡野さんから離れた。渋谷さん達の鋭い視線を失せて、僕はようやくひと段落した気分だった。
ただ、かのイケメン毒舌顧問との対談がこの後控えていることを思い出すと、少しだけ気持ちが沈んだ。飛び込みでの対談だなんて、絶対良い反応しなさそう。
「ま、いっか」
「何がいいのかしら」
「うひゃあ!」
博美さんのためにもさっさと説得してしまおうと思ったのもつかの間、背後に迫っていた白石さんに話しかけられて、教室中に響く叫び声を僕はあげていた。
「そういう反応する人って、これから悪事を働くと相場が決まっているんだけど」
「決まってない決まってない」
先日の一件で味を占めたのか、白石さんは最近、何かと僕の揚げ足を取りたがるようになった。
僕は、今度は努めて平静としながら、彼女の言葉を否定した。
白石さんは、
「そう」
少しだけ寂しそうに、自席に戻っていった。
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昼休み、梅雨時で白む空を眺めながら、僕は教室でさっさとご飯を平らげた。
最近は、白石さんも教室でご飯を取ることが多くなった。前見たく、雨が午前中の内に止むならまだしも、こう一日中降り続くと、野外でご飯を食べることは困難だろう。
憂鬱そうに外を見る彼女に、僕は近寄った。
「雨、止む気配ないね」
「そうだね」
どこか、彼女の返事にも気がない。これが先ほど僕の揚げ足を取ろうとした少女とは、とても信じられない。
「ご飯食べないの?」
「食べるわ、鈴木君は?」
「もう食べた」
「あら、早いのね」
「まあね」
「で、ここに来た用事は?」
「白石さん、安藤さんが食堂行っちゃって寂しそうだったから」
「あら、そう。で、本当は?」
「時間まで、暇つぶし」
白石さんが鞄からお弁当箱を取り出した。
「時間って、何の?」
「あー、ご飯食べ終わるまでのかな」
今頃、教師陣もご飯を取っている最中であろう。ご飯を中断させてまで、割り込んで話す気はない。というか、そういったことで腹を立てられたら余計面倒だ。
「誰のよ」
「まあ、いいじゃない」
誤魔化そうとしたら、白石さんは目の前で頭を抱えてしまった。
「どうしたの、具合でも悪い?」
「ええ、また変な事に首を突っ込もうとしている人が目の前にいると、どうしても頭痛がね」
「変な事って」
僕がいつ変な事に首を突っ込んだ。どれもこれも、全うな事だったろう。
「吹奏楽部と何か関係あるのかしら?」
「あれ、聞いてたの」
どうやら朝の岡野さんとの一件、見られていたらしい。構わないが。
「別に」
白石さんは頬を染め、そっぽを向いた。
「で、今度は何」
「博美のことでさ」
「博美?」
「あ、博美ってのは幼馴染なんだけどさ」
鈴木君と。
「ちょっと待ちなさい。その博美さんのこと、どうして呼び捨てなのかしら」
「え、だから幼馴染だから」
「オサナナジミ?」
まるで宇宙とでも交信しているかのように、白石さんはカタコトに言った。
「その博美と、吹奏楽部の顧問が険悪でさ。仲裁に入ろうかと思って」
「仲裁に入る……? そんなのまるで、まるで……!」
「うおお!」
弁当も食べず、白石さんは立ち上がった。
呆気に取られた僕だったが、そろそろ出ようとしていた時間になることに気がついて、立ち上がった。
「ごめん白石さん。また後で」
「ちょ、ちょっと!」
最近、白石さんがあんな感じに取り乱す姿を良く見る気がする。やっぱり彼女、意外と抜けている。意外な一面を知れた。なんだか得した気分だ。
「待って! 待ちなさいよ、鈴木君!」
白石さんの言葉も聞かず、笑いながら僕は廊下を駆けて行った。
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