コンビニバイト、はじめました
「あ、岡野先輩。お疲れ様です」
「もう鈴木君、岡野先輩はやめてって」
この住宅街に差し迫るコンビニでバイトを始めて、早一週間。
僕は、このバイト先を紹介してくれて、かつこのバイト先で僕の先輩にあたる岡野さんに元気よく挨拶をした。
先輩と呼ぶことを、彼女は気恥ずかしそうに断っていたが、あまりまんざらでもなさそうなのは気のせいだろうか。
このコンビニで、僕達のシフトがかち合うのは週二日。岡野さんは最近では水曜日以外、平日は毎日シフトを入れているらしい。自営業の閑散期は未だ続いているそうだ。
そして、僕は月、水、金の三日。本当は土日にもシフトを入れたかったのだが、店長の意向で岡野さん共々休みとさせられていた。何でも、十八歳未満の学生の労働基準は週四十時間。一日八時間以内と定められているそうで、急な事態以外は土日に高校生を頼る状況を作りたくなかったらしい。
そんなことでは僕達金食い虫になりかねない気がするのだが、まあ上司が良しとしているならば強く進言をしないのが僕のポリシーだ。
それにこのコンビニ、近くが住宅街とコンビニを度々使用するような学生や一人暮らしが少なく、帰宅ラッシュ時の夕方前後でもあまり混むことがない。つまり、結構業務的には楽な働き場であった。
本当、運が良かった。バイト、といえば、いつだか岡野さんが忙しなくしていたことを思い出して、相談してみたのだが、運よくこのコンビニのバイトの学生一人が辞めた直後だったようで、店長が代えのバイトを一人探していたところに、僕に白羽の矢が立ったらしい。
「いやあ、僕にとって岡野さんは女神だもの。ここを紹介してくれた、ね。敬うのは当然じゃないかい」
冗談半分に言うと、岡野さんは頬を染めた。照れているようだ。
「もう、冗談ばっかり言って。手を動かして」
「了解しました。先輩!」
もう、と照れ笑いを浮かべながら、岡野さんは商品の陳列をせっせとこなしていく。学生時代、いくつかのバイトを点々としていた僕も、ある程度はやることを理解して業務にあたった。
「鈴木君、意外と手際いいよね」
先輩よりお褒め頂いた。
「いやいや、岡野さんには負けるよ」
「ありがとう」
茶化さず褒めれば、岡野さんは素直に喜んだ。本当、自分の性格の悪さがにじみ出ている。
「お礼を言わなければいけないのはこっちなのに、鈴木君ってお人良しね」
「え、僕何かしたっけ?」
「したじゃない。横断歩道の件」
ああ、と声を上げた。そういえばそんなこともあったか。
「無事、横断歩道は設置されたかい?」
「うん。先週工事の人たちが引いていったよ」
「そりゃ良かった」
「あの時は手伝えなくてごめんね」
「いいよ。忙しい人に強制させてまでやることじゃないだろう。手が空いている人達で簡単にこなせることだったんだから」
慈善活動を強制させるなんて、おかしな話だからな。それじゃもう、慈善でも何でもなくなる。
「小学校に乗り込んだり、PTA総会に乗り込んだり、たかが高校生に簡単に出来ることじゃなかったと思うけどなあ」
苦笑気味に岡野さんは言った。
「簡単なことだよ。別に小学校に乗り込むことなんて、本来はする必要ないんだから。ただここに横断歩道が欲しいと公正委員会に要求してみれば、あんな回りくどいことしなくても案外通ったかもしれない」
「なら、なんでそこまでしたの?」
「後々、こっちに批判が向かないようにしたかっただけだよ。もし失敗しても、あそこまで色々巻き込めば、何かやっている風に見れるだろう?」
「えぇ、そんな考え?」
「大事なことだろう。それに、あの時君のお父さんに助けられなきゃ、僕達手ぶらで帰ってくることになっていた」
まあもし失敗していたら、あたかもやった風な連絡をクラスの子達に向けて発信していたのだが。それは今となれば考える必要もない。
「お父さん、大見得切った鈴木君のこと褒めてたよ。高校生にしては度胸が据わってるって」
「そりゃ、伊達にピッチャーとしてマウンドで投げてなかったよ」
あたかも鈴木君っぽいコメントをした。
「お父さんも褒めてたよ。さすが、この地区の天才キッズ二大巨頭だなって」
「ん?」
「え?」
「天才キッズ二大巨頭とは?」
今日まで鈴木高広君として過ごしてきたが、その言葉に聞き覚えはなかった。まあ、肩を故障して将来がたたれた鈴木君に、期待を寄せるコメントをするのは、皆が酷だと思った結果かもしれない。
「え、知らない?」
「うむ」
「二組の明智さん、いるじゃない?」
「ああ、博美」
いつかの登校で偶然にもかち合った、幼馴染で同級生の明智博美さんか。
「彼女、トランペットの天才って、ちっさい頃からテレビに出まくってたのよ?」
「へえ」
「ていうか、鈴木君。幼馴染だからって良く一緒にテレビ出てたのに」
「へえぇぇぇ」
背中に大筋の汗が伝った。でも、無茶を言わないでくれ。幼馴染に天才がいるだなんて、誰が思う。それに、そんなの動画サイト調べても出てこなかったぞ、糞。
「うっかり。うっかりしてたよ」
慌てて取り繕うと、岡野さんは仕事中だからかあまり気に留めていなかったようで、助かった。
「明智さんと一緒に吹奏楽部入りたかったなー。ほら、ウチの吹奏楽部、強いじゃない?」
「うん。そうだね」
そうだったんだ。知らなかった。
「というか、岡野さんもそうしたら……中学は吹奏楽部だったんだ」
「うん。まあ、高校からは忙しくて辞めちゃったけど」
「楽器は?」
「チューバ」
「おお、低音」
「へえ、詳しいんだ」
「ああ、まあね」
また思わず口に出してしまった。なるべく下手を打たないように心がけているのに、何だかうまくいかないな。
僕達は商品の陳列を終えて、立ち上がった。
「飲み物の補給してくる」
「うん。……あ」
「ん?」
一度時計を気にして、岡野さんは声を荒げた。その後の彼女は、珍しく取り乱していた。
「どうかした? 具合でも悪いの?」
「えぇーと」
岡野さんは、視線をキョロキョロと泳がして続けた。
「それ、あたしがしてくるよ」
「え、でも……」
「いいの。ほら、先輩の指示には従って」
「え、急になにさ」
さっきはあれほど嫌がっていた先輩呼びを自らやってのけて、岡野さんは裏に消えていった。
仕方なく、僕はレジの前に立って、突然の客が来てもいいように準備をしていた。
「いらっしゃいませー」
丁度その時、自動ドアが開いた。客だ。
客に向けては、普通スマイルを作ることが好まれる。コンビニバイトといった接客業において、心象が悪い行為は慎まれる。
ただ僕は、この時ばかりは露骨に嫌な顔を作っていた。
「店員さん。スマイル一つー」
「真面目にやっているかしら。制服似合ってないわね」
だって彼女ら、明らかに客じゃないし。
入店してきた安藤さんと白石さんは、店内を物色するでもなく、一直線にレジに向かって歩いてきた。
おのれ、岡野さん。計ったな。
「お出口はそちらですー」
「この店員、真面目に仕事する気ないわね。お客様センターに連絡しようかしら」
白石さんは、クレーマー気質な言葉を放った。クレーマーって、接客相手が正論吐いたらすぐにお客様センターって言うよね。それで勝てると思っているのだから、浅はかだ。
まあ、今回は一方的に僕が負けるのだが。彼女、悪知恵働きそうだし。
「ほら、笑って」
安藤さんがスマホをこちらに構えている。
「いや、仕事中にそれは駄目でしょう」
「連絡するわよ」
脅しやん。立派な営業妨害だぞ。まあ、波風立てないためにも仕方がないのか。たかだか笑顔一つだし。
「かわいー」
ぶきっちょな笑顔を作ると、本当に可愛いと思っていない時に女子が言う言葉を言いながら、安藤さんはシャッターを切った。
ネットリテラシーのある僕は、その後、二人の少女に口酸っぱくSNSには上げないように注意をして、二人を帰した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます