ゲーム欲しさにバイトを始めてしまった。
働き対価を得るもの、導かれるべし
無事中間テストが終わって、早一週間。
僕達のテスト結果は、各々が満足する結果に終わった。
安藤さんは、
「やった! やったよ、二人とも」
無事五教科の点数、九十点を達成した。
「まあ、こんなものよ」
涼しい顔の白石さんは、いつかの実力テストの結果よろしく、全教科百点満点だった。
僕はといえば、
「よし。やりましたよ、やってやりましたよ!」
年甲斐もなく、全教科八十点を超えたテストを大層嬉しそうに、勉強会を共にした二人に拝ませた。
「うわあ、すっごーい。やるね、鈴木君」
安藤さんは尚も嬉しそうに僕の点数を称えた。
そんな中、白石さんは僕のテストを、この世の物と思えないと言いたげな眼で覗いていた。
「ほら、凄いだろう?」
ハハハ。いつかの実力テストで、白石さんにはバカにされたな。安藤さんもだったか? まあ、いいや。とにかく、見返してやったぞ。どうだ、見たことか。
「それだけ?」
「え?」
白石さんは、突如として頭を抱えだした。
「あたし達と約一週間勉強して、それだけの点数しか取れなかったの?」
まるで雀の涙のよう、とでも言いたそうに、白石さんは嘆いた。
「それだけなんて失礼だ。安藤さんのご両親にあれだけに邪魔されながら、必死こいてこの点数取ったのに」
本当、安藤さんのご両親凄かった。彼女の家に行くたび、執拗に握手を申し込まれたし、写真だって何枚撮られたかわからないし、何度夕飯食べていってと言われたかもわからないし、何度安藤さんが捧げられそうになったかもわからない。
「う、ごめん」
僕は思ったことをそのまま言ったことを悔いた。先ほどまで目標を達成して喜びに満ちていた安藤さんが、ばつが悪そうに俯いていた。
「あ、違う。違うからね? そりゃ、確かにちょっと疲れもしたけどさ」
「疲れもした……」
「いやいや、面倒見の良い素敵なご両親じゃないかい」
彼女をフォローするべく、僕は建前を並べた。安藤さん、初日のご両親のがっつき具合を見て以降、ご両親のことが話題にあがるととてもナイーブになるようになった。まあ、端から見てもあれは強烈極まりなかったのだが。
「ね、白石さんもそう思っただろう?」
僕の建前は安藤さんに届かず、遂に僕は白石さんのフォローを頼んだ。
「え、えっと……」
白石さんは、饒舌極まる僕への態度とは打って変わって、しおらしくなってしまった。
「こら、こういう時はとりあえず乗っておくんだよ」
「だって、こんな場面早々ないんだもん。突然対処なんて出来ないわよ」
小声でぶつくさとやりあうも、その間にも安藤さんは涙目になっていった。
「ごめんなさい」
ああ、これはまずい流れだ。だってこれ、また僕の悪評が流れる展開だろ。
「あっ、違うの安藤さん。えっとね、あたし達、期末試験の時にもまたあなたの家で一緒に勉強させてもらえたらな、と思って」
おい!
おいおいおい。
それは駄目だろう。君はまだいいさ。ご両親の絡みも、せいぜいただの友人程度だから。でも、僕はどうなる。何なら僕、鈴木君本人じゃないのだぞ。それなのにあんな熱視線、たまったもんじゃないんだぞ。
「鈴木君もそう思ってる?」
「えっ」
それはずるいだろ。
「ええ、勿論ですよ」
そう言って、安藤さんの顔が晴れたのを見届けると、次の授業が始まった。
僕は、約一月後に再び訪れる地獄を思い、天を仰いだ。
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昼休み、僕は一人で昼食をとっていた。
白石さんはいつものようにあの階段へ。安藤さんは、岡野さん達と共に今日は食堂でご飯を食べるそうだ。
まあ、こうして一人で昼食を食らうこと、実はそんなに少なくない。昼休みという、高校生が放課後に次いで二番目に自我を開放するこの時間。それは言い換えれば、中身二十五歳の僕にとっては、この世で二番目に周りの人間との文化格差に悩まされる時間であった。
僕達の時代といえば、学生時代に友人と話すことといえば、やれ昨日のドラマはどうだったとか、やれあの女優可愛いだとか。そんなことばかり。
でも、どうやら今の学生はそうじゃないらしい。彼らは、某動画投稿サイトに上がる動画のことを専ら喋っていた。彼らって、テレビに出ているわけでもないから、テレビ業界からすれば素人みたいなものなのに。そんなに楽しいものなのか。
素人とテレビに映るプロ、どっちの話の方が面白いのか。そんなの明白な気がするのだが、近頃の若者は手軽さを重視するきらいがある。
ちなみにこれほど熱弁した僕は、テレビも某動画サイトも見ない派。ダ○ーンでスポーツ観戦。観たいスポーツがない日は、ネット○リックスで昔のアニメを垂れ流す日々を送っていた。まあこれは、僕がこの体に取り憑く前の話になるのだが。だって、月額制の動画サイトをいくつも登録出来る高校生が、この世に一体どれほどいるというのだ。
最近はといえば、天井のシミを数えながら、クラシックを流し暇を潰す日が続いている。考えていることは、元の体で過ごした幼少期の記憶である。
そういえば昔はあんなことがあった。こんなことがあった。そう考えていると時が経つのは意外とあっという間であった。
もしかしたら僕は、ここにいる子達をバカに出来るほど、全うな時間を過ごしていないのかもしれない。虚しい時間を送りすぎじゃね?
「うおおい、お前それ、色違いのキョダイマックスラプ○スじゃねえか!」
昼食も食べ終わり、自己の哀れな人生を嘆いていると、窓際の男子二人がやかましいことに気がついた。
「すげえべ。捕まえるのめっさ大変だった」
見れば、彼らの手には携帯機というには少々大きめなゲーム機が握られていた。
「え、でもお前、ラプ○ス出るバージョンじゃなかったよな。え、もしかして改造?」
ラプ○ス。何だか聞き覚えのある名前だ。でも、巨大何とかは知らないなあ。別のゲームのキャラの名前だろうか。ありきたりな名前だし。
「ちげえよ。改造駄目、絶対。レイドバトルの配布をライブ配信している投稿者がいてさ。それに潜ったんだよ。いやー、人たくさんいて、めっさ連打しねえと入れねンだわ。マジやばかった」
「うおおおい。何だよ、それ。教えて教えて」
「いいべ。俺、チャンネル登録したし。URL送るわ」
男子……確か名前は、飯山大河君。同じくクラスの学級委員の一員だった気がする彼はゲーム片手に、スマホを操作していた。いやあ、器用なものだ。
「て、それポケ○ンじゃん!」
「えっ!?」
自分も気づかぬ内に、飯山君達に近寄っていた僕は、彼らが操作するゲーム機の画面を見て興奮を抑えきれなくなっていた。
「凄いな、それもポリゴンになってる。昔はドットだったのに!」
呆気に取られる二人にも気付かず、僕はまくし立てるように話していた。
「うわー、俺金銀までしか知らなかったからさー。随分進化したんだなあ」
「金銀て、俺達生まれてねえぞ」
つっけんどんな態度でもう一人の男子に指摘された。
「うぇえ! ああ、そう?」
ここで僕は、懐古の熱が冷めて背中に大筋の汗をかいた。また余計なことを口走ってしまった。
大慌てで頭を掻くと、飯山君達が大層不機嫌そうにしていることに気がついた。
「え、どうかした?」
「別に。なあ?」
「うん」
何だか敵視されている気がするのだが、気のせいか?
まあ、いいや。
「ねえ、ポケ○ンて何年くらい続いてるのさ」
真横の椅子に腰をかけて、僕は二人に尋ねた。
「は? 日本の国民的ゲームなのに、そんなことも知らねえの? お前日本人の資格ねえわ」
飯山君の相方は鼻をならして言ってきた。
「もうそろそろ二十五周年。ピ○チュウみたいに世界でこれほどまでに根付いたマスコットキャラクターなんて、他にディズ○ーの○ッキーくらいしかいねえのに。それも日本出身のゲームのキャラなのに。そんなこと知らねえとか、お前日本人の資格ねえわ」
非国民を強調されながら、僕は童心楽しんだゲームが長寿コンテンツとして名高いことを知った。
鼻にかかる言い方をされたものの、確かに言われてみればこのゲーム、相当な世界的ヒット作だったな、と思い出した。まだ若いとはいえ、この子達の知識力に、正直感服させられた。
「そうなんだ、すごいなあ」
「こんな当たり前のことで驚くとか、お前日本人の資格ねえわ」
「へぇ、じゃあ、それが最新のゲーム?」
「そ。そんなことも知らないのかよ。やれやれだぜ」
ほう。なるほど。
それにしても、知らぬ間にゲームも結構進化したのだなとシミジミ思わされる。大学時代はまだ嗜む程度にゲームもしていたが、社会人になってからはもう久しくやっていない。
あ。そうか、ゲームか。
僕は、最近の自らの哀れな人生を思い出して、一つの案を思いついた。
「ねえ、そのゲーム機、いくら?」
「二万九千九百八十円。プラス税だよ」
「うわあ、結構高いんだな」
「やらねえぞ」
飯山君の相方は、ゲーム機を僕から遠ざけた。
「勿論、もらわないよ。当然だろう」
「は、じゃあ買うのか? そんな金あんのかよ」
「ん。ない」
「は?」
「だから、バイトするのさ」
二人は呆気に取られた顔をしていた。
僕としては、随分と妙案が浮かんだな、と自画自賛していた。これで、労働の報酬を得られることに加えて、時間を潰すネタも確保出来た。
「でさ、そのゲーム機買ったらさ。バトルしてくれよ」
爽やかに二人にそう頼んだ。
「いいぜ。俺の役割論理でボッコボコにしてやんよ」
飯山君の相方は、不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
役割論理とは一体何なのだろう。
よくわからなかったが、僕は彼らと楽しくバトルをするその時を楽しみにして、バイト探しを始めたのだった。
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