対安藤親、作戦会議
昼休み明け、五限目の授業の後、僕は安藤さんに吉報を伝えた。
「良かったー」
彼女はホッと胸を撫で下ろしていた。
僕としては、その反応は期待されていなかったみたいであまり面白くはないのだが。
「まあ、後は君の親になんて伝えるかだね」
「うん。それが一番大変な気がするんだよねー」
安藤さんの言動から察するに、結構親とのやり取りに不安を覚えているようだ。助け舟を出せたらよかったのだが、いきなり部外者の僕が交渉に参加するのは不自然だし、今回ばかりで自分でどうにかしてもらうしかない。
「お熱いのね、お二人さん」
そんな中、白石さんが冷たい声で近寄ってきた。いや、本当に冷たい声だ。なにやら敵視のような鋭い視線も感じた。
「あ、白石さん」
「どうも。早速なんだけど、勉強会は今日からでいいの?」
僕と安藤さんは顔を見合わせた。さて、どうしようか。まあ、安藤さんの気分次第でいいのだが。
「顔を見合わせてないで教えて頂戴。こっちも予定があるの」
刺々しい言い方に、安藤さんは俯いた。どうやら萎縮してしまったみたいだ。
「ああ、じゃあ明日からでいいかな?」
「どうして。今日からした方がいいんじゃないの?」
「実は……」
安藤さんに目配せをしながら、僕は白石さんに安藤さんの抱える事情を説明した。
初めは不機嫌そうに聞いていた白石さんだったが、何か思うところがあったのか、少しづつ顔が変わっていった。
「そう。大変なのね」
「え?」
意外にも、白石さんは安藤さんを気遣うような言葉を投げかけた。意外っていうのは失礼だったかな。
「親の呪縛って、大変よね。それでも文句を言うでも、非行に走るのでもなく、認めさせてみせようなんて、凄い心意気だと思うわ」
白石さん、何か家庭環境への不満があるのだろうか。あまりの豹変振りにさすがの僕も絶句してしまっていた。
「いや、そんな大層なことは考えてないんだけど」
「そんなことないよ。絶対良い点取りましょうね」
なんだか良い塩梅にまとまったみたいだ。
「あなたにはビシバシいくから、覚悟しててね」
でも、僕が目の敵にされていることは変わらないらしい。まあ、あの二人がうまくいくのならそれでも良いか。
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放課後、僕達は安藤さんの親への承認取りの作戦会議を図書館で行っていた。
「で、何で白石さんもいるの?」
僕はいつの間にか参加していた白石さんに尋ねた。
「あら、あたしがいたらいけない?」
白石さんは高圧的な態度であった。
「まあ、いいけど」
「あたしも安藤さんの力になりたいのよ」
「し、白石さん」
白石さんが自らの胸中を吐露すると、安藤さんが涙ぐんでいた。あんたらいつの間にそんなに仲良くなった。安藤さん、昨日までは白石さん怖いとか言ってたじゃん。
「で、鈴木君。安藤さんの親御さんに納得頂くために、何をするつもりなの?」
気を取り直して、白石さんは僕に尋ねてきた。
「何をするもないよ。安藤さんに直談判をしてもらうだけ」
「うう。やっぱりそうなるのね」
「まあまあ安藤さん。鈴木君はこういう時、結構悪知恵が働くから安心して」
「悪知恵って」
目を細めていると、安藤さんが意外そうな顔をしていた。
「そういえば鈴木君、いつか小学校のPTA総会でも大活躍だったみたいだもんね」
「ええ。得意げに嘘ばかりついて、ああはなりたくないと思ったわ」
白石さんの言葉が鋭利なナイフのように突き刺さる。矢面に立たされた君を助けるために振舞ったのに、その言い方はないのではないか。
まあ、当人はいたずらっ子のように微笑んでいるから、冗談のつもりで言っているのだろう。
それと、あれは嘘ではなく交渉術だ。イメージが悪くなる言い方は止して欲しい。
「ほへー、でもやっぱり意外。鈴木君との初対面、そんな世渡りうまそうな人に見えなかったのに」
そりゃ、初日会った彼と僕は違うし。とは言えなかった。言ったら、どうなるかわかったもんじゃない。
「君達、そろそろ話を進めたいんだけど」
「あ、ごめんなさい」
可愛らしく、安藤さんが舌を出して謝る。
「さ、進めてくれるかしら。鈴木君」
白石さんはまるで上司のように振舞った。まあ、委員会という役職上、彼女は僕の上司にあたるわけだが。高校生の内から、上司部下の関係なんて、まっぴらだな。
「早速だけど今日話をする内容だけど、まず目的は次回の中間テストで安藤さんが全ての科目で九十点以上を取ること。そのために、白石さんに勉強を教えてもらう方針を親に納得してもらう。そのためにどうやって親に話せばいいか。それでいいよね?」
まずは、今回僕達が集まった目的の再確認。ここが変われば、そもそもこの集まり自体意味をなくす。
安藤さんは、真剣な眼差しで頷いた。
「うん。じゃあ、その方針を親に話すにあたっては、どういう内容を親に話すか。ここを決めようか」
「いつかの横断歩道の時みたいに資料を作るの?」
白石さんの問いに、
「それはしない。中間テストまでの時間も迫っているからね。そんなもの作って、勉強の時間を減らしてしまったら本末転倒だろう?」
実際の仕事においては、他業務の時間を削ってでも資料を、という話になったりもするが、親に話して認めてもらうだけのために資料を作るのは、それこそ時間が勿体無い。
「なら、どうするの?」
「話す内容だけ固めて、後は安藤さんに頑張ってもらうのが一番だと思ってる」
「えぇ」
安藤さんが苦悶の表情を作った。
「よく考えてもみてよ。親子の話なのに、部外者である僕や白石さんが入って話したらおかしな話だろう? というか、多分碌なことにならない。特に僕が入ったら」
安藤さんの親が娘の恋事情をどう考えているかはわからないが、いきなり異性の男が一緒に勉強したいんです、なんて言えば、下心を疑われるのは間違いない。絶対OKなんて出るはずがない。
「大丈夫。気心の知れた親相手なんだ。絶対にうまくいくよ」
未だ不安そうに安藤さんは俯いていた。
「大丈夫よ。そもそもあたしが勉強を教えて、九十点以下になることなんてあるはずないもの」
そう言い切れる白石さんには正直驚いた。勉強に関してはどれだけ自信があるのだ。
「うーん。頑張ってみるよ」
「よし、じゃあ後は具体的にどんな内容を話すか、だね」
「うん。そういえば昨日、鈴木君。どんなことを話せばいいか言ってくれていたよね」
えーと、と彼女は思い出すために天を仰いだ。
「どうしてそれをしようと思ったのか。どうして効果があると思ったのか」
「そう、それ」
安藤さんは喉のつっかえが取れたように清清しく言った。
「今回の場合だと、難しい問題に差しあたった時、よく間違った解釈をしてしまうことがあって、それがテストの時ケアレスミスを生んで、失点の原因になっていた。そこを正すためにも、クラスで一番頭の良い白石さんに勉強を見てもらいたい、とこんなところかな」
「え、ちょっと待って。私、難しい問題で間違った解釈をしてしまうなんて昨日言ったっけ? モチベーションに影響が出るとは言ったけど」
僕の提案を聞いて、安藤さんは昨日の自分の話した内容と照らし合わせた上で疑問を口にした。
「そうだったけど、難しい問題のせいでモチベーションが下がってとは言わないほうがいい」
「どうして?」
「心象が良くないからね」
白石さんの言葉に、僕は頷いた。
「モチベーションが下がったといえば、じゃあやる気をもっと出せって言われてしまう。背景を何も知らない人にしてみれば、言葉のまま受け取ってやる気のない子、と見られても何ら不思議じゃない」
「ああ、なるほど」
「難しい問題を独自解釈して、ケアレスミスに繋がったなんて、よくある失敗例の一つだし、違和感ないだろ? それでいて、だからクラス一頭の良い白石さんを頼りたいんだって答えにもストーリーとして繋がるだろう?」
「確かに」
ふむふむ、と顎に手を当てながら、安藤さんは頷いた。
「ただ、あたしからも質問があるわ」
白石さんが挙手をして、質問させてと促す。
「何かな?」
「その問いだと、例えばあたしでなくてもいいのでは、とならない? それこそ家庭教師とか、塾だとか」
「うん。なるね」
「え」、と二人して声をあげた。それでは筋道が違うのでは、と言いたい様子だ。
「二人とも、今回の目的は何だったかな」
「安藤さんの中間テストの点数を全科目九十点以上にすること」
「そ。それに向けて僕達は今、白石さんに勉強を教えてもらう手段を検討しているけど、ならば絶対にその方法でなくてはならないのかな? 違うよね。目的は安藤さんの点数UP。それさえ果たせれば、果たせられる方法であれば、安藤さんはご両親とどういう風な結論をつけても構わないんだよ」
呆気に取られたように、二人は目を丸くしていた。
「安藤さん。君が家庭教師や塾ではなく白石さんを頼ろうとしたのは経済的な理由だったよね?」
「うん」
「君には君の事情があるように、親にも親の事情があるんだ。例えば、娘の友達に勉強を教えてもらうだなんて、今度そのご両親達にお礼をしなくてはいけなくなって面倒だ、とか。だったら、初めから家庭教師を頼ってしまおう、とか」
「なるほど」
白石さんは納得したように頷いた。
「つまり、安藤さんとご両親が互いに納得できる方法を探して、それを推し進めれば良い、というわけね」
「そ。互いが互い百%意思を通そうなんて無理な話だ。互いに思惑があるのだから。だから、折衷案を探すんだ。安藤さん。君が考えるべきは、まずはテストの点数をあげるということ。その中でご両親と話をして、白石さんと勉強出来るようになったら万々歳。まあ、その道で進められるようにすべく、さっきの話はキチンとすべきだけどね」
安藤さんは感嘆の声をあげた。
「鈴木君、本当気持ち悪いくらい色々考えてるね」
「余計なお世話だ」
思わず口に出してしまった。
アハハ、と安藤さんは笑った。しかし、しばらくして、
「でも、あたしは折衷案は探さないよ。絶対、白石さんと勉強する」
と、安藤さんは決意のこもった瞳で訴えた。
「だって、もう誘ったのに、今更やっぱりごめんだなんて、酷いもんね」
「安藤さん」
白石さんが複雑そうな顔をしていた。多分嬉しいのだろう。
「なら、それを言うのも手だね。もう約束しているとなれば、親御さんも無下にはし辛くなる」
「うん。そうする」
決意のこもった顔で、安藤さんは宣言した。まあこの様子であれば、どんな道で進むにしても、テストでの悪い結果には繋がらないだろう。
「後は、これも前言ったけど。絶対に得意げに、自信満々に、はっきりと話すんだよ」
「ああ、これ前も思ったけど、どうして?」
「交渉ごとにおいて、弱みを見せた方が負けやすいからさ。交渉なんて言葉を使うから、大層立派なことを大人達はしていると考えちゃうかもしれないけど、実際は違う。あれはただの言葉の喧嘩さ。だから、不安げな態度とか見せたらすぐにつけ込まれる。それを防ぐために、虚勢でも強気な姿勢を崩さない」
「そういえば、いつかのあなたも、嘘でも何でもそれはもう自信満々に話していたわね」
「態度で人への反応を変える人は一定数いるからね。そういう外的要因は少しでも潰すべきだ。まあ後は単純に、自信なさげに話すと、それだけで相手も大丈夫か? って思うだろうしね」
「うん。わかった。頑張ってみる」
安藤さんの元気ある言葉を聞いたところで。
「よし、じゃあ決行は今夜で。結果はスマホで連絡してよ」
しきるように僕は言った。
「ちょっと待って。二人は連絡先を知っているの?」
そんな僕の言葉に動揺した人が若干一名。
「え、まあ」
「隣の席だもんね」
二人して頷きあうと、白石さんはまた目を丸くした。しばらくして、白石さんは頬を染めた。何かを言いたそう視線を泳がしていた。
「あ、白石さん。連絡先交換しようよ」
何かを察したように、安藤さんは白石さんに持ちかけた。ああ、そういうことか。
「うん。ありがとう。……えっと」
よし、無事解決だな、と思っていたら、白石さんはまだ何か言いたそうにしている。
「ちょっと、鈴木君」
「え?」
安藤さんに叱られた。
「す、鈴木君」
何が何やらわからないでいると、白石さんに呼ばれた。
「れ、連絡先、教えて……」
白石さんは頬を染めて、とても恥ずかしそうにしていた。
「あ、はい」
ようやく意味を理解すると、僕は白石さんと連絡先の交換を終えていた。
また一人。高校生の連絡先がスマホに記録された。
このスマホ、二十五歳が持っているのは本当にまずいと思う。未成年の相手の連絡先がたくさん記録されているのだから。
自らが治外法権になることがあるとはこれまで思いもしてこなかったが、いざそうなってみると、とても肝が冷える思いだ。
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