中間試験を受けることになってしまった。

中間試験へ向けて

 早十年前の出来事である。元の体で高校生を僕がしていた頃、最も苦手だった授業は国語だった。苦手、というよりモチベーションが保てなかったというのが正解か。

 友人間とのコミュニケーショにも困っていない。古文なんて今更学んで何の意味がある。

 そんな思いつきの言い訳を振り回して、勉強をサボっていたのだ。おかげで、いつも国語の点数は良くなかったことは覚えている。

 まあ、他の教科も特筆して良かったわけではないのだが。


 あれから十年。願わずも再び高校生活を送り始めてから、早一月が経とうとしている今日この頃。


「国語、楽しいなあ」


 僕は毎日楽しく授業に出席をしています。(病欠を除く)

 誰しも社会人になった時に抱いた後悔があったと思う。『もっと勉強しておけばよかった』。例に漏れず、僕もその一人であった。

 まあ正直、僕がそう思った理由は邪だ。会社の業務で時間を拘束されるより、身になる授業で時間を拘束された方が精神的ストレスを感じない。だから僕は、もっと勉強『しておきたかった』と思った。

 物欲が薄い僕にとって、仕事の対価でもらえるはずの金銭はあまり嬉しいものでなかった。いつもいつも、理由もわからず、裏で愚痴りつつ、文句を言われながら業務をこなしていたのだが、対価が魅力的でないのだから、ストレスばかり募るのも当然だった。あの時の悲痛ぶりに比べたら、勉学に励むことへストレスなど感じるはずがなかった。


 そんなわけで、今僕は毎日楽しく勉学に励んでいる。時が経ち過ぎて忘れ去った学習内容も取り戻しつつある。

 次回のテストは、前回の学力調査のような失態を犯さずに済むだろう。

 というか、起こせないというのが正直なところか。

 誰も知らないとはいえ、同じこと二回学んでいるわけだし。


「うーん」


 ただここ数日、そんな高いモチベーションを持つ僕とは裏腹に、悩みに耽っている少女が一人いた。

 安藤茜。

 隣の席に座る友人である。

 いつも気さくで明るく野次馬根性の強い彼女だが、ここ数日はどうもしおらしい。今だって、まもなく行われる一学期の中間試験へ向けての小テストで、わざとらしく頭を抱えて見せている。


「うぅーん」


 眉間に皺を寄せて、頭を抱えて必死に問題を解いている姿は、いつもの彼女からは想像もつかないくらい新鮮な絵だった。


「はい、終わり。隣の人とテスト交換して、採点し合って」


 国語の担当教師の言葉で、皆が机に向けていた視線を上げた。

 疲れたように背筋を伸ばすもの。

 ため息を吐くもの。


 皆様々なリアクションを取った後、隣の人と用紙を交換しあう。


「何だか芳しくなさそうなリアクションだね」


 用紙を交換しながら、僕は彼女に尋ねた。


「うん。全然駄目。あーもう、弱ったなあ」


「そうかいそうかい」


 内心ほくそ笑む。多分顔にも出ていた。十五歳の少女に対してこの反応。最低な大人である。


「鈴木君は?」


「ん。自信しかない」


 嘘偽りない感想である。


「うわー、すごい自信」


「何さ、疑っているのかい」


「まあ、この前のあれを見たら」


 うぐ。そりゃあ確かに、実力テストは悪かった。けど、あれは僕が十年振りにテストを行ったからだ。とても彼女に言える言い訳ではないが。


「ハハハ。とにかく採点してみるといいさ」


 百聞は一見に如かず。自信漲る態度を再度見せて、僕達は互いの答案を採点しあった。


 数十分後。


 僕は彼女の結果を見て、ワナワナと震えていた。


「うわあ、すごいよ鈴木君。七十五点! 本当、前回とは大違いだね」


 安藤さんは、僕の点数を見て嬉しそうに声を張った。


「で、あたしの方は何点だった?」


「僕をからかったのかい?」


「ん?」


 彼女はキョトンと小首を傾げた。どうやら故意ではないらしい。


「八十四点……」


「うわー、駄目駄目だー」


 なるほど。

 どうやら僕と彼女ではそもそもの目標が違ったらしい。だから、互いの態度に逆転現象が生じてしまった。

 ただこれでは……。くそう。僕赤っ恥ではないか。


「普通に良い点だと思うんだけど」


「全然だよ。九十点以上じゃないと」


 本当、高い目標だことで。


「この前の実力テストだって、点数低いって怒られたんだもん」


「えー」


 前回の実力テスト、そういえば彼女の点数、全部八十五点以上だったな。それで低いと叱る親がいるとは。教育熱心なご両親なことで。


 若干引き気味の僕に対して、安藤さんは二週間先の中間テストを憂いてか、大きなため息をついていた。


「GWもずっと勉強漬けだったし、少しは癒しが欲しいよお」


 あの明るい少女の愚痴を聞き、僕は少しだけ彼女に同情を覚えていた。大変なんだなあ、最近の子供って。

 まあ、親が子供に勉強を強いる気持ちがわかる。……人の親になったことはないのだが。

 結局この世は、頭が良い人間程出世しやすく、裕福になりやすく、それすなわち幸せになりやすい、という結論に繋がる。まあ幸せってのは主観的な感情だから、よりそうなりやすい、という意味で考えてくれれば構わない。

 血の繋がった我が子のため、心を鬼にしてでも子供に早い内から勉強を強いて、子が将来幸せになれるよう取り計ることは、悪であるはずがないのだ。

 

 ただ、安藤さんのようにそれがプレッシャーになっている状況には少しだけ違和感を覚えた。強い負荷を与えてしまうのならば、それは結局子の幸せには繋がらないのではないのか? 子も持ったことがない癖に偉そうだが、そう思ってしまう。


「ねえ、安藤さん。昼休み暇?」


「え、暇だけど」


 戸惑いがちに安藤さんは言った。戸惑う彼女も珍しい。


「一緒に昼ごはん食べない? たまにはさ」


「え、いいけど……」


 そう言ったはいいが、彼女は何か思うところがあるらしい。左後ろに目配せをしていた。


「どうかした?」


「いいの?」


「何が?」


 よくわからず、僕は首を傾げた。


「まあ、いいならいいんだけど」


 含みのある言い方に疑問を覚えつつ、約束を取り付けたことに満足した僕は、再び授業に集中した。

 ただ、しこりはある。

 彼女が左後ろに目配せをした意味だ。


『いいの?』


 左後ろ。あの辺に座っている人に遠慮しなくていいのって意味だろうか。

 あの辺に座っているのは……ああ、白石さんだ。


 ははん。

 安藤さん、まだいつかのことを勘違いし続けているのか。まったく。

 昼休み、そのことも話そう。


 そう思って、僕は今度こそ授業に完全に意識を戻した。 

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