少年の正体

 四月八日。

 何もわからぬまま一日が過ぎ、僕は今日も何もわからぬまま学校に来ていた。


「うぅむ」


 思わず唸った。額にも汗が伝った。それくらい、絶望感があふれていた。

 今日。四月八日は、この体の少年にとって、高校生になってから三日目にあたる。入学式、始業式、多少の学内施設の紹介を受けて、今日。

 今日行う授業、というより、行事。それは、中学時どれだけここにいる少年、少女達が勉学に励んできたかの確認の場。

 学力調査試験の日であった。


 そして、僕。

 見た目は高校生男児。頭脳は二十五歳サラリーマンの、僕。

 僕の学力調査試験は、散々な出来になりそうな様相を示していた。

 いやだって、仕方ない。十年前に学んだことなど、覚えている方が異常だ。


「作者の気持ちなんてしらねえよ。本売れたらいいな、とかしか考えてねえだろ」


 ブツブツ呟いていると、隣の少女に笑われた。

 こうして考えると、学生の時学んだこととかが活きる機会は少ないんだろうな。とはいえ弁明すると、数学は満点である自信がある。まあそれも、業種が運よく活きただけ、というべきか。

 とにかくそんな感じで、僕の学力調査試験は散々な出来であった。

 いやもうホント、時間の無駄と言って差し支えなかった。


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 全ての試験が終わることを告げたチャイムが流れた。

 皆が試験が終わったことに歓喜している中、僕はどっと訪れた疲れに、机に伏せてしまっていた。


「鈴木君、その様子だとボロボロだったみたいだね」


 隣から甲高い声がした。顔だけ向けると、昨日の気さくそうな少女がにやけながらこちらを見ていた。


「いやいや、完璧だったけど? 目標は余裕で超えたね」


 正直、声もかけてほしくなかったが、無下にするのも悪いと思って、適当に茶化す。


「ちなみに目標はどれくらいだったの?」


「ざっと三十点くらいかな」


「ひくっ」


「目標は人それぞれでしょうに」


「まあ、そうだね。この辺でも有名な野球小僧だったもんね、鈴木君は」


 勉強している時間もないか、と少女は付け足した。

 何の気なしに話していた会話で、何だか重要そうなワードを入手してしまった。野球小僧、か。なるほど。この少年、野球部所属だったのか。有名と言っているくらいだし、もしかしたら地元で特集とかされる程度には有名だったのかな?

 であれば……。帰ってスマホで調べてみよう。まったく、便利な時代になったもんだ。


「実は面白い人なんだね、鈴木君。モテるんじゃない?」


「色恋沙汰なんて一切なかったけどな」


 少年としてでなく、サラリーマン二十五歳の自分に重ねて答えていた。年下に話して気分のよい内容ではなかった。綻んだ口を恨んだ。 


「意外」


 思ってもない風に少女が言った。あくまで、風にだ。

 こういうのは大抵、理解者であるあたしかわいいというアピールだ。


「肩、まだ痛むの?」


「まあ」


 僕は肩を摩った。未だ、時たま激痛に襲われる。しかし、そんなことまで周知とは。もしやこの少年、相当有名な野球小僧だったのではないか?


「ねえ、この後マック行かない?」

 

「いいよ、金ないし」


 本当にお金がないから断ったのだが、これってもしや惜しいことをしたのではないか?


「そっか」


 寂しそうに呟いた気さくな少女に別れを告げて、僕は家に帰った。


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「鈴木高広、と」


 スマホで調べると、やはりこの体の少年、相当有名な野球選手だったらしい。なんと某有名動画サイトでもその名を確認できた。

 中学時代のピッチング、正月番組に出演し、現役プロ選手から空振りを取ったなんてことも書いてある。

 動画のサムネイルには、『天才投手現る』、『未来の侍ジャパンエース!!』なんて煽り文まで書かれている。相当将来を期待された投手だったみたいだ。

 

「おお、あの人の動画でも紹介されてら」


 調べれば調べるほど、この少年の有望さに目が眩んだ。

 そして、合点もいった。


『あなたが言うと重みが違うわね』


 あのツンツンした少女が、怪我するぞという僕の言葉にこんな皮肉を返したわけ。

 そして、度々訪れるこの肩の痛み。


「怪我、したんだな」


 そして、プロ野球選手になるという夢を諦めた、とかか?


「そういえば……」


『実は面白い人なんだね、鈴木君』


 先ほどの気さくな少女がそんなことを言っていた。あれはもしかしたら、僕の知らない四月六日に、プロ野球選手になるという夢が絶たれ荒んだこの少年が、何かやらかしたのではないのか?


『なんか今日、おかしいよね』


 知り合いらしい少女が異変に気づいたのも、荒んでいた少年が突然、朗らかになったからではないのか?


『おじさん……』


 先ほどまで思い出せなかった、あの時電車に身を投げた少年の顔がよみがえった。

 それは、


「この少年じゃないか」


 今まさしく、姿見に映るこの少年ではないか。

 この少年は、夢を絶たれて自暴自棄になり、命を絶とうとしたのだ。

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