第4話

 風子は次の日も、その次の日も来なかった。電話番号もSNSをしているかも知らない。連絡の取りようがなかった。


 ギターを弾いている内にクリスマスイブになる。俺は珍しく朝から活動していた。


「ルイくん、久しぶりね。今日はよろしくね!」


 肩を叩くのは少しぽっちゃりしている看護師長さんだ。


 俺がやって来たのは、親父が入院していた大きな病院だった。ギターケースも肩に担いで来ている。


 この病院では、毎年クリスマスイブには病気で入院している子供たちの為にパーティが開かれる。談話室にツリーと手作りの色紙で作った輪っかのロープが飾られていた。椅子に座って子供たちは看護師さんたちの劇を見て楽しんでいた。


 俺も親父がこの病院に転院してきたときから参加していた。パーティがあると聞いて音楽が必要だろうと、俺に歌えと親父が命じたのだ。最初は渋々だったが、親父も子供たちも楽しそうにしている笑顔が忘れられなかった。それから毎年参加している。


 サンタの帽子を被った俺がギターを持って一人で前に出ると、ルイくーんと長年入院している子から声援が上がる。手を上げて声援に応え、俺はギターをかき鳴らし始めた。


 まずは定番のジングルベルを歌う。サビでは子供たちも一緒に。


 子供たちが大きな口を開けて歌う。ここで長期入院している子供たちは音楽の授業もない。大きな口を開けて歌う機会はこのパーティぐらいだろう。


 ふと、奥で椅子に座っているショートカットの女の子と目が合った。車いすにも乗っていないし、点滴も受けていない。


「ルイくん! 次はなに?」


「お、おう! 次はあわてんぼうのサンタクロースだ」


 アレンジを加えたイントロを弾きながら、意識は女の子に向かっていた。彼女は楽しそうに手拍子を叩いている。


 楽しいパーティはあっという間に過ぎた。


「楽しかったね!」


 子供たちが親や看護師さんたちに連れられて病室に戻って行く。その波に乗って談話室を出て行く一人に声を掛けた。


「風子」


 振り返ったのは、ショートカットの素朴な顔をした女の子だ。この前まで会っていた風子とは正反対の印象の子。だけど、特別何も言わずに俺はポケットの中から赤い手袋を取り出す。


「これ、忘れていたぞ」


「……はは。ルイが持っていたんだ。探してもないはずだ」


 風子は短い髪を触りながら苦笑いした。





 俺と風子は自動販売機で紙パックのジュースを買い、だれもいなくなった談話室で斜め向かいに座る。


「私ね。春までこの病院に入院していたんだ」


 風子はリンゴジュースのパックを握りしめたまま語りだす。


「血液の病気で、移植が必要だったの。私は運が良くてドナーさんが見つかって移植は成功。もう外で生活できるんだよ。学校もすごく楽しい」


 風子がニッカリ笑う。久しぶりの笑顔に胸が暖かくなる気がした。


「ルイはどうして私が分かったの?」


「うん。最初リクエストしたのが、クリスマスソングだっただろ。風子が求めているクリスマスソングって何だろうって思って。思い出してみたらクリスマスソングを歌うことなんて、この病院でだけだからさ。ここに来たら風子がいると思ったんだ」


 ストリート以外ではここでしか人前では歌ったことはない。


「聞きたかったんだ。ずっと」


 風子は天井を見上げて言う。


「私、長く入院していたけれど、一度もちゃんと聞いたこと無かった。聞いたのは壁から薄っすら聞こえてくる音だけ。それでも、みんな楽しそうでさ。羨ましかった。今日、はじめて生歌を聞けた」


「じゃあ、俺からも質問。どうして、ストリートで歌っているところに来たの」


 俺の質問に風子は少し目をさ迷わせた。


「……うん。ルイのお父さんが亡くなったから、今年は来ないかなって思って。あ。病院には検査に来るから看護師さんに話は聞いていたんだ。ルイがストリートで歌っているってことも」


「そうか」


「歌を聞いてびっくりしちゃった。いつも壁越しに聞いているのとは全然違ったから。でも、すぐに分かった。ルイは空に向かって歌っていたから」


 しゅんと首を項垂れる風子。


「……風子」


 何もかもお見通しだったという訳だ。俺は風子の頭をぐしゃぐしゃに撫でまわす。


「ありがとうな、風子」


 顔を近づけてお礼を言うと、風子は顔を赤くする。


「そばで風子が聞いてくれたから、あれは鎮魂歌になったんだ。傍にいて親父を想ってくれて、ありがとう」


「うん」


「教授は怒っているだろうし、人より少し遅れるだろうけれど、俺ちゃんとした医学生に戻るよ。病気の子を治して歌を聞かせる。一緒に歌う。そんな医者になる。親父もきっと賛成してくれる」


「うん」


「風子にも一緒に歌って欲しい」


「うん?」


 首をかしげる風子。


 だから、ずっとそばにいて欲しい――。そう言おうとしたタイミングだった。


「風子。そろそろ帰ろうか」


 談話室に入ってきたのは見覚えのある中年男性だ。


「うん。あ、ルイ。この人、私のお父さん」


「初めまして、風子の父です」


「初めまして、山崎流維です」


 風子と一緒に歩いていた中年男性は、やはりお父さんというオチだった。


 きっと風子を迎えに来て、駐車場に向かっていたのだろう。それに風子は大病をした後だ。長い時間の外出は控えた方がいい。


「そういえば、謎が一個残っているんだけど」


 どう推理しても、そうする理由が思い当たらなかった。


「風子はどうしてウィッグを被ったり、化粧をしたりしていたんだ。今みたいにそのままでも、すごくいいと思うんだけど」


「……だって、ルイは大学生だから。大人っぽくしないと相手にされないと思って」


 そう言って頬を染め、口を尖らせる風子。


 今日はクリスマスイブ。


 大げさだけど、空からプレゼントを貰ったような気がした。

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クリスマスソング 白川ちさと @thisa-s

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