新春の花嫁?
「う~ん、さすがにこの季節はイリュリアでもちょっと冷えるね」
「珍しいじゃないか、ヴォーレが職務中にぼやくなんて」
大みそかの夜の巡回中、一緒に回っているエサドに声をかけると微かな苦笑で答えられた。
日中の巡回とは違って夜間は騎馬で街中を回るので、今日は彼の弟子のエドンとドレインはお留守番。詰め所でコーヒーでも淹れて待っているはずだ。
「詰め所に戻ったらあったかいコーヒー飲みたい」
「俺も。さっさと終わらせて早く帰投しよう」
やれやれ、と二人で顔を見合わせて笑うとまた巡回に戻った。
あと数時間で新しい年を迎えるイリュリアの街はとても静かだ。というのも、この国では新年を家族で迎える事をとても大切にしている。
今頃、どの家でも今に生命の象徴であるトウヒの枝を飾り、暖炉の前で温かな
僕たちもさっさとお仕事を終わらせて、新年を仲間たちと迎えたいところだ。
異変があったのは、一般向けに解放されている宮殿の外苑にさしかかった時。誰もいないはずの外苑に、ほのかな灯りがともっている。
「誰だろう?こんな時間に」
港にほど近い繁華街なら、地方から出稼ぎにきた労働者が酒場で飲み歩いていたりもするが、外苑は貴族街の中にある。夜に平民の酔っ払いがうろつくような場所ではない。
「とりあえず行ってみるか」
エサドと二人、馬を入り口に繋いで中に入る。もちろんすでに武器を構えて臨戦態勢。注意深く周囲の気配を探りながら、慎重に足を進めていく。
灯りがともっているのは解放されている庭園の奥まったあたり、小さな築山に樹々が植えられ、ちょっとした森のようになっている。
かすかだが愉し気な人の声がしていて、どうやらそれなりの人数が集まっているらしい。
僕とエサドは顔を見合わせると頷きあった。二手に分かれて築山を挟むようにして回り込むつもりだ。
足音を忍ばせて灯りに近寄って……目が点になった。
「こ……小人……??」
築山のてっぺんで火を焚いて、鍋で何かを煮ながらジョッキに入った酒とおぼしき液体をあおり、愉しげな声を上げているのは……
小柄な僕のお腹くらいの背丈しかない十二人の小人たち。
「おや、これは可愛らしいお嬢さんだ。今日は寒いだろう?こちらで火にあたりなさい」
真っ白なひげを腰のあたりまで伸ばしたおじいさんの小人が僕に気付いて声をかけてくれた。
「あの……僕、お嬢さんではないのですが……」
思わず口をついて出たのはなんとも間抜けな台詞。いや突っ込み所はそこじゃないと言う気が自分でもするのだけど、無意識に出てしまったんだから致し方ない。
「いいから、遠慮しないで」
同じように灰色のひげを伸ばしたおじいさんが笑顔で僕を促してくる。うわ、この人たち他人の言葉が耳に入らないタイプだ。
「ああ、こんなに冷えてしまって。さ、一緒に温まろう?」
柔らかそうな桜色の髪と瞳の少年が僕の手を引いて強引に火のそばに連れて行く。右手に握ったままの
「さ、そんな無粋なものはその辺に置いておいて。ここには花でも探しに来たのかい?」
「いえ、不審者がいないか巡回に。……というか、何でこんな大みそかの真夜中に花なんか探しにくる人がいるんですか?」
訳の分からない問いに素で答えてから思わず突っ込む。ああもう、エサドはまだかしら?
「うんうん。こんな真冬にアネモネなんて取ってこいと言われても困るよね? 大丈夫、僕たちが助けてあげるから」
今度は鮮やかな深緑の髪と瞳の青年だ。
「いやアネモネなんて探してません。というか、こんなところで夜中に焚火しないでください」
全く話を聞いていない人たちになんとか注意しようとするのだけど、やっぱり誰も聞いてない。
「うんうん、こんな寒い夜に無茶なことを言いつけられて大変だよね。いつの世でも可愛い子は苦労するものだよね」
「……」
二十歳近い大の男が可愛いと言われても嬉しくありません。……いやまぁ、しょっちゅう言われてるのでいい加減諦めてはいますが。
あまりの話の通じなさにそろそろ帰りたくなってきた。
「とにかく、ここで夜中に焚火しないでください。宮殿の外苑で新年早々火事なんてシャレになりませんから」
コメカミがひくひくしそうなのを必死でこらえて、お仕事用の爽やか笑顔を必死に貼り付け、焚火をやめるように再度注意する。働き者の僕の表情筋に感謝。
「いやお仕事大変だね。もう新年が来るって言うのに」
やっと話が通じた? 真紅の髪と瞳の青年……と中年の境目くらいの男性がにこやかに言った。これで焚火を終わらせてもらえるかな?
「そうなんです。早く巡回を終わらせて帰投したいので、焚火を消していただけますか?」
「うんうん、この子が早く仕事を終わらせて帰りたいって」
これでなんとか帰れそう。僕と同じ真紅の髪だから少しだけ親近感を持ったりして。
「それじゃ四月の出番だな。アネモネをかごいっぱい持ち帰らなければいけないんだろう?」
「いやだから、花を摘みに来たわけじゃないんです。お願いだから焚火を消してください」
……やっぱり話が通じてなかった。もう泣きたい。
「そう遠慮しないで。僕が力になるから。さあ可愛いお嬢さん、この
「……はい……」
僕の左手を握って焚火の向こう側を指し示す鮮やかな若草色の髪と瞳の少年。どさくさに紛れて僕の手を撫でまわしている。ちょっと気持ち悪い。
もはや突っ込む気にも抵抗する気にもなれず、おとなしく
焚火の向こうにいくと、なぜか一面に赤と紫のアネモネが咲き乱れている。何だかもうやけっぱちになって、右手で握ったままだった
「おかげさまでかごいっぱいに花が摘めました。しおれる前に持ち帰りたいのでこれで失礼します」
焚火に戻って棒読みで言うと、なんだかめちゃくちゃ労わられた。なんともいたたまれない。ついつい、はるか極東の天涯山に棲んでいると言うスナギツネのような顔になってしまう。
「よくがんばったね、可愛いお嬢さん」
「四月の。君のお客さんがお帰りだよ」
――お嬢さんじゃないし、お客さんでもない。あと、可愛いって言われても嬉しくない。
ツッコミを内心だけに留めることに成功した僕えらい。
「もう帰ってしまうんだね、僕の可愛いお客さん」
――ええもう、一刻も早くさっさと帰りたいです。あと、あなたのお客さんじゃありません。
「お別れにこの指輪をあげよう」
指輪……?なんかもう、嫌な予感しかしないんだけど。
とまどって硬直する僕に構わず、四月と呼ばれている若草色の髪と瞳の少年は、僕の手を取るとそっと小さな指輪を握らせた。ついでに僕の手を撫でまわしてくる。
「これは婚約指輪だよ、何か困ったことがあればこの指輪を投げて『転がれ転がれ四月の指輪』と唱えれば僕が必ず助けに駆けつけるからね」
「……っ」
あまりのことに一瞬言葉が出ない。
唖然としている間に、どさくさに紛れてお尻を触られた。こいつ見た目に似合わずかなり変態っぽい。気持ち悪すぎて涙が出そう。
「うんうん。お嬢さんも感激のあまり言葉が出ないようだね」
「めでたいめでたい」
涙目で硬直している僕にかまわず、おじいちゃん小人たちが涙ぐみながら笑顔で頷いている。
「……ぼ……」
「さあお行き。花がしおれないうちに」
紅い髪のお兄さんに叩かれた肩がぷるぷると震えている。
「……ぼく……」
「それじゃ、用が済んだところでさっさと帰るぞ」
――なんでエサドがそこにいるのさ? いつから見てたのさ?? どうして止めてくれなかったのさ???
「……僕は……男だぁっ!!!!」
ついに耐えきれなくなって思いっきり叫んだ瞬間、教会の真夜中を告げる鐘が鳴り響いた。
それと同時に焚火が消え、後に残ったのはアネモネがてんこもりになった
それから、四月の少年に貰った小さな指輪。飾り気のない金色の指輪に小さなダイヤモンドとおぼしき石がついている。
「……どうしよう……これ……」
――心の底から気持ち悪いんですけど……
がっくりと肩を落とし、途方にくれていると、中天にかかった月が急激に欠けていった。やがて猫の爪より細くなって、完全に影に隠れると、真っ暗になるかわりに月が紅く染まる。
そして月の端っこからだらりと垂れたロープの先にぶら下がるナニかが鈴をふるような美声で話し出した。どうでもいいけど腐臭がスゴイ。
「いただいておきなさい。十二の月の精霊の加護を受けた指輪です」
「いやでも……僕、男ですよ。四月の精霊の嫁になんかなれません」
「大丈夫、来年の大みそかになればまた別の婚約者ができますから。それまで大切に持っていなさいね。今年一年のこの地の安寧を約束してくれる大切な指輪です」
――あの子、毎年婚約者変えてるんだ。なんか手が早そうだったもんね。
「……はい……一年だけなら……」
仕方がない。一年だけ我慢しておこう。
「一年で済めばいいですね」
――今何か言いましたか……?
思わず首根っこつかまえて聞き出したくなったが、月は元の姿に戻ったあと。琥珀色に
「すげぇな~、今のが
「……うん……いったい何しに出てきたんだろう……??」
「知らん。でもまぁ、とりあえず指輪は捨てない方がよさそうだな」
「う……うん……」
恐る恐る右手で指輪をつまむと、なぜか手が勝手に動いて左手の薬指にはめてしまった。
「うわ、はまっちゃったよ。気持ち悪い」
涙目でぼやくと、指輪がすぅっと消えてしまった。
「「うわ、消えた!?」」
思わず声を揃えて叫んでしまったが、消えたものは仕方がない。
「……とりあえず帰投するか」
「……うん……」
二人で顔を見合わせて、とりあえず見なかったことにした。
外苑の入り口に繋いだ馬に乗り、連隊本部まで帰り着いて
ふと季節外れの温かい風が吹いたかと思うと、耳元でさっきの四月の少年の声がした。するりと生温かい風が僕の全身を撫でまわすような感覚がして気持ち悪い。
「うふふ。今年一年よろしくね。僕の可愛いお嫁さん」
「……だから、僕は男だって言ってるだろっ!!!」
思わず涙目で叫び返すが、もう何の気配も感じることができなかった。
「まぁ、いいじゃないか。今年一年の祝福を受けたと思えば」
「うぅ……そういう問題かな?」
あの人たち、絶対に面白がってると思うんだけど。
「無事に年も明けたんだ。エドンもドレインも待ちかねてる。さっさと帰るぞ」
こちらも絶対に面白がっているはずのエサドに促され、不承不承ながらも詰め所に戻った。
「おかえりなさい!」
「新年おめでとうございます!」
詰め所の扉をあけると、飛びつくようにエドンとドレインが迎えてくれた。
温かなコーヒーと僕の好物の
二人の笑顔を見ていたら、悩んでいたことがどうでもよくなってきて、今年一年くらいは精霊の加護とやらを預かっておいても良いかと言う気になってくる。……あの綺麗だけどちょっと変態っぽい精霊の嫁になるのはごめんこうむるけど。
「ただいま、新年おめでとう」
「留守番ごくろうさま。何か変わったことはなかったか?」
かくて僕たちは可愛い後輩たちに笑いかけると、コーヒーとパイで新年を祝いつつ、今年最初のお仕事が終わるまでせっせと報告書を書いていたのであった。
めでたしめでたし?
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