本編第三部 死に戻り騎士の巻き戻し悪夢

まるで悪夢のようです。

 いつも通りの目覚め……のはずが、妙な違和感がある。

 布団が妙に柔らかい。部屋もやたらと広いし、年代物だが趣味の良い上質な調度が置かれていて殺風景な僕の自室とは大違い。

 起き上がって違和感の正体に気付いた。ここ、実家で僕の居室として用意されていた部屋だ。

 十歳で入隊して以来、この部屋で過ごしたのは数えるほどだから、あまり自分の部屋だと思う事はできないのだけれども。


 ちなみに最後にこの部屋に入ったのは、学園の最終学年の冬季休暇。どうしても帰ってこいと母上からせがまれて、非番の日に三日だけ泊まり込んだ時だ。

 あの時は「年末年始で巡回を強化しなければならない時にシフトから外れるなんて、部隊のみんなに迷惑をかけて申し訳ない」としか思っていなくて、ほとんど義務的に家の儀式に参加しただけだった。

 今から考えるともう少し家族と過ごす時間を大事にした方が良かったのかもしれない。


 それにしてもなぜ僕はこんなところで眠りについていたのだろう?

 僕はもう表向きは死んだ事になっていて、今は連隊本部の独身寮住まいのはずなのに。

 クローゼットをあけると着慣れた第二騎士団の制服の隣に学園の制服。

 まさか時間が巻き戻っているのか?


 僕は先だってとある事件に巻き込まれていったんは命を落とした。

 結局、その事件というのが人外のモノが面白半分に人間を引っ掻き回して遊んでいただけのもので、僕はその人外と似たようなモノによって眷属にされたあげくに復活させられたわけだけど。

 そんなこんなで、ちょっと時間が巻き戻ったくらいでは驚きはしない。


 あの騒動を起こした「創世神」と称するモノもろくでもなかったが、僕の「主」も似たようなものだろう。

 いやむしろ悪意の塊で人間を苦しめて愉しんでいた「創世神」よりも、悪意がないどころか善意で人間の発想の斜め上の事をしてくれる僕の「主」の方がいつ何をやらかすかわからない。

 何しろ持病で余命いくばくもないと嘆き悲しむ薄幸の乙女に出くわしたら、「それならゾンビになれば大丈夫!!もう痛みも苦しみもありませんよ!!」と善意百パーセントで死体にしかねないヒトなんだ。

 単純で行動パターンが読みやすい「創世神」よりもはるかに始末に悪いかもしれない。


 とにもかくにも、いつまでもベッドの上で悶々としていても仕方がないので手早く着替えをして食堂に向かう。ちょうど近衛に所属する次兄が朝食をとっていたので僕も一緒に食べていると、父がやってきた。


「ヴィゴーレ、今朝は登校したらすぐ学園長室に向かうように」


「かしこまりました」


 正直、今がいつなのかわからないので何の用か見当がつかないが、おそらく王太子クセルクセス殿下にかかわる何かだろう。上司ではなく学園長に呼ばれているというあたり、ろくでもない用件であることだけは間違いない。


 げんなりした気持ちが顔に出ていたのだろうか?次兄が席を立ちながら「がんばれよ」と僕の頭をくしゃりと一回撫でて退室した。

 うちの家族は質実剛健を旨としており、あまり感情を表に出すことがない。しかも初陣のあと戦場のPTSDに苦しんでいた頃に実家に戻るようにという話が出なかったので、以前はあまり愛されている実感がなかったのだ。

 しかし、死に戻った今となっては、あの時はプロパガンダのために僕に軍を辞めさせるわけにはいかなかったし、名門軍閥貴族である我が家がその決定に逆らう事は出来なかったのも理解できる。

 むしろ、こういうちょっとした行動にちゃんと愛されてたんだな、と感じられて感慨深い。


 もっと周囲の人も自分自身も大事にしなければ。

 ……って、人外になってから思っても遅いのかもしれないけど。


 気が重いものの、さっさと朝食を終えて学園に向かう。

 もちろん騎士団の訓練所に先に顔を出して今朝の鍛錬には参加できない事はきちんと報告するけどね。周囲に人がいない事を確認して、ため息を一つついてから学園長室のドアをノックした。


 鬼が出るか蛇が出るか。

 蛇はくだんの性悪女神の使い魔だ。もう二度と関わりたくない。

 できれば出てくるのは鬼でありますように。

 無駄とはわかっていても、僕は祈らずにはいられなかった。

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