ろくでもないお願いをされました。
朝っぱらから呼び出された僕は、覚悟を決めて学園長室を訪れた。
「失礼します」
ノックと共に入室すると、学園長は珍しく満面の笑みで僕を迎え出た。
こういう時は絶対にろくでもない「お願い」を聞かされる羽目になるのだ。
呆れ半分諦め半分の気分で「人好きのする」笑顔をはりつけると、一礼して学園長の言葉を待った。
「よく来てくれたね。実は頼みたいことがあるんだが、なかなか君とゆっくり話をする機会がなくてね。そこに座ってくれないか」
どうやら話は長くなるようだ。ますます嫌な予感しかしない。
一方、僕が内心で嘆息しているなど夢にも思っていない学園長は、むやみやたらと上機嫌だ。
彼は僕に厄介ごとを押し付けて、途方に暮れる顔を見るのが楽しいのではないか。
そう疑いたくなるくらい、僕に面倒な「お願い」をする時に限って彼はテンションが高い。
「実は今日から転入生がくることになってね。クリシュナン男爵家の庶子で、つい最近までは下町で平民として暮らしていたんだ。それが最近になって母親が亡くなったため、正式に養子として届け出がなされてね。それで急遽この学園に転入してくることになったんだよ」
どうやら僕はエステルが転入してくる日の朝に巻き戻ってしまったらしい。
そう言えば「前回」も前日に実家に呼ばれて朝一番に学園長室に行く羽目になった記憶がある。
あの時も、「せめて前日までに言っておいてくれ」と心の底から思ったものだ。
それでも学園に通って勉強する機会を失いたくはない僕は、憂鬱な内心などおくびにも出さずに、笑顔で
「なるほど。そんなに急に立場が変わったならさぞや心細いでしょうね」
口早に並べ立てられる調子のよい言葉に、内心では「そんな訳あるか」と吐き捨てる。
僕の知っている「エステル・クリシュナン」なら、心細がるどころか、狂喜乱舞して「玉の輿ゲット」なんて奇声を上げつつ張り切って高位貴族の令息たちに突進していきそうだ。
もっとも、そんな邪念など表情にはおくびにも出さないが。
「そうなんだよ。貴族としての心得を全く知らない子だから、平民と接する機会の多い君が気にかけてやってくれると助かるんだ」
もちろん引き受けてくれるだろうね?
学園長の有無を言わさない口調に内心でため息をつきながらも、笑顔で引き受ける羽目になった。
げにすまじきものは宮仕えなり。
「かしこまりました。騎士団は平民出身の者も多いですから、慣習の違いにも慣れています。お役に立てるように励みます」
相手が常識的な平民ならば、とこっそり心の中で付け加えたのは内緒。
仕事柄犯罪者は見慣れているので、常人では理解不能な特異な思考の持ち主も見慣れている。
「彼女は教養科クラスだから政治経済科の君とはクラスが違ってしまうのだが、クセルクス殿下と同じクラスになる。何か間違いがあってからでは遅い。授業中は仕方がないが、極力様子を見てやってほしい」
まったくもって面倒くさい。
だいたい、王族なのに成績が悪すぎて落第するか教養科に編入するか二者択一を迫られるなんて前代未聞だ。
これ以上問題を起こさないでほしいというのが学園長の本音だろう。
「ああ、殿下たちは今年から普通科に転入しましたからね。もっとも、スキエンティアと僕は別のクラスになってしまったから授業中はどうにもなりませんが。休み時間や放課後は仕事が入らない限り様子を見に行くようにします」
当たり障りのない答えを返しながら、僕はまたあの悪夢がやってくるのかと内心恐れおののいていた。いったいどんな騒ぎに振り回される羽目になるのだろう。
願わくば今回こそはもう少しうまく立ち回って被害を最小限にとどめたいものだ。
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