転校生がやってきました。
教養科の教室につくと件の転校生はおろか、殿下や取り巻き立ちの姿もなかった。
まぁ、今日は校長から呼ばれているからだいぶ早めに登校したし、そんなもんか。
自分の教室に戻ろうかと踵を返しかけたところで、教養科の先生に声をかけられた。転校生を正門まで迎えに行ってくれとのこと。
なんでも今日一日は彼女に付き添って校内を案内して欲しいそうだ。
そういえば前回も案内しろと言われたような気がする。
授業を休みたくないから本音を言えば嫌だけど、前回の大惨事を思えばエステルと殿下たちをあまり関わらせない方が良いだろう。しっかりエスコートして学園内の不文律なども覚えてもらわなくちゃ。
……もっとも本人に覚える気があるかどうかあやしいものだけど。
とりあえず正門脇の馬車停に向かうと、ちょうど高位貴族用の門に近い降車場から殿下が馬車から降りてきたところだった。
そこに下位貴族用の降車場の方から桜色の髪の少女が小走りにかけてきて、殿下の目の前で顔面からべちゃりと転んだ。
……そういえば「前回」もこんな場面があったなぁ……
あの時は殿下がすぐに助け起こしたら、そのままエステルがべったりくっついていってしまって「お前は帰れ」って言われたんだっけ。
もちろんお言葉に甘えてさっさと授業にでてしまったんだけど、今回はそういう訳にも行くまい。
「おい、大丈夫か?」
驚きながら殿下が倒れこんでいる少女に手を差し伸べると、少女はがばりと身を起こすと、その手を取る事なくそのままずざざざざざっと後じさった。
「だっ、だだだだだっ、だいじょぶでありますっっ!! ごごっ、ごしんせつにありがとうございますっ!! どどっ、どうかわたっ……わたくしのことはおかまいなくっっ!!!」
まるで夏によく見かける頭文字Gの黒い虫のような動きで三メートルほど後じさってから、その少女はキャラメルブラウンの大きな瞳いっぱいに涙をためてどもりながら叫んだ。
そのままよたよたと立ち上がるとよろめきながらも校舎に向かって必死に走りだす。
「たいっへん失礼いたっしまっした~~~~~~!!!」
……そしてまた何もないところでべちゃりと転ぶ。
あんなに顔面ぶつけてばかりで大丈夫かな……??
「一体何だったんだ」
怪訝な表情でものすごく嫌そうに訊ねるクセルクセス殿下。
たしかにあまりにも訳が分からなすぎる。不気味に思うのも致し方あるまい。
「転入生らしいですよ。僕は先生から案内を頼まれているので行ってきますね」
「ああ、行ってこい」
いかにも関わりたくないといった風情の殿下に一言かけて、そのまま彼女を追いかけた。
「だいじょうぶ? 立てる??」
うつぶせに転んだまま、断末魔の頭文字Gのごとくぴくぴくとしている少女に手を差し伸べると、さっきと同じようにがばりと身を起こして這いつくばったまま必死に後じさった。
あんな態勢でよくまああそこまで俊敏に動けるものだと感心する。
見ていて面白いけれども、前回のエステルとは違いすぎる。
顔や声はまるっきり同じだが、あまりにも態度や表情が違いすぎるのだ。
前のエステルは「自分がちやほやされて当然」って態度で、相手が高位貴族や王族であろうが良くも悪くも伸び伸びと好き勝手に振舞っていた。
しかし今僕の前で涙目になっている少女は殿下や僕に対して委縮して怯え切っていて、どう振舞ったら良いかわからず混乱しているように見える。
これは一体どうしたことだろうか?
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