転生させられてしまいました(現エステル視点)

 私は宮村裕美。

 どこにでもいるごく普通のアラサーOLである。

 総務とは名ばかりの雑用係。とりあえず渡された資料を片端から集計したり、会議の資料を作ったり。人手がないからやれることは何でもやる。


 今は新型感染症やらオリンピックのせいでテレワークと称して在宅勤務が基本になったのだが、これがなかなか曲者である。

 ちゃんとした会社ならテレワーク中も勤怠管理システムを利用して勤務時間を管理するはずだが、下請けばかりの中小企業ではそうはいかない。

 自宅で働いた時間は常に一定という扱いで、処理すべき仕事の量だけが増えていく。


 そんなこんなで昼夜問わず仕事のノルマをこなしつつ、隙間時間にちまちまとスマホでゲームをするのだけが癒しという不健全極まりない生活を送っていた。


 そんな中、週に一度の出勤日。渋谷駅で井の頭線からJRへの乗り換え通路があまりにごった返していたので、いったんエスカレーターを降り構外に出て、スクランブル交差点に出た。

 ハチ公前広場で「自粛はやめろ! マスクはいらない!!」と尖った声がする。

 やたらと大きくてひずんだ音なのは拡声器を使っているからだろうが、言葉や語調からあふれ出る攻撃性のせいで、こめられたッセージそのものまでがひずんで聞こえる。


 信号が変わって横断歩道を渡りかけたところでけたたましいクラションの音がした。すさまじい勢いで蛇行しながら暴走する車が見えて、一瞬すさまじい衝撃と痛みを感じたかと思うと、私の意識は闇に沈んだ。


 次に意識が戻ったのは訳の分からないシチュエーションだった。


 空間全体が淡く発光しているような白い空間に、ふわふわと虹のように様々な色に輝く髪の現実離れした美少女が浮かんでいる。


「宮村裕美さん、あなたは死んだのよ。まだ若くてやりたいこともいっぱいあったのにかわいそうにね。もっといっぱいイケメンたちに愛されたかったでしょ? ね、あなたの夢をかなえてあげる。あたしの世界で素敵な恋をして、傷ついた魂をいやしてみない?」


「はぁ??」


 何を勘違いしているんだろう、この子は。

 私はイケメンたちにチヤホヤされたいなどと思った事は全くないのだが。


「『素顔のままの君に星を願う』ってゲーム、いっぱいプレイしてくれたでしょ? あれ、あたしの世界をモチーフにしてるの。あなた、何度も何度もプレイして、他の人が思いつかないようなすごい結末に導いたりしてたでしょ」


 そういえば一時期ハマっていた乙女ゲームがそんなタイトルだった気がする。


「本当にすごかったわ。きっとすごくあたしの世界を気に入ってくれたんだな、って思ったの。だからね、恋も知らずに理不尽に殺されてしまったあなたあたしの世界に招いて傷ついた魂を癒してあげたいなって」


 ……これはもしや異世界転生物のテンプレを夢に見ている?


 たしかにあのゲームはすごく自由度が高くて、しかも変なところで作り込まれていて難しかったりと、ゲーマー魂をくすぐるものだった。

 おかげで全てのエンディングを見たくなり徹底的にやり込みまくったものだ。


 でも、あくまでゲーマーとして攻略法を模索していただけで、自分をヒロインに投影してあの世界に転生したいと思うようなのめり込み方は全くしていなかった気がする。


「私、ゲームの世界で生きたいとは全然思わないので、元の世界に戻してください」


「遠慮しなくていいの。あなたがヒロイン、あなたのための世界でたっぷり愛されて身も心も癒されてきて。期待しているわ。」


「遠慮なんてしてません。本当に迷惑なのですぐに帰してください」


 人の話を聞き給え。そんな 台詞が脳裏をよぎる。


「いいからいいから」


 一方的に会話が打ち切られると、また意識が暗転。

 気付いた時にはいつの間にか粗末な室内にいた。


「ぼうっとしてどうしたの、エステル?」


 どこかやつれた印象の中年女性に言われてぎくりとする。

 慌てて自分の髪の先をつまんで見てみると、日本人なら自然の状態ではまずあり得ない見事な桜色。


 ……これ、本当に転生させられた??


 うそ、どうやって元に戻ればいいの?


 あのゲームって鬼畜展開満載だよね?

 ただの創作だと思って遊ぶ分には面白いけど、あんなの現実に起きたらヤバいって。


 ヒロインやれなんて絶対無理。

 どうやって元の世界に戻ろう……


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