お守りを渡しました。

 ありがたいことに夢で月蝕女神イシュタム様に遭う(誤字じゃないよ)ことができた僕。

 これ幸いと虹色女神イシュチェルの暴挙を何とかしてくれと泣きついたのだけれども、どうやら神様というのはむやみやたらと姿を現したり力をふるったりしてはいけない存在らしい。


 というのも、神々が自ら生み出した世界に頻繁に干渉して思い通りに動かしてしまうと、その世界に生きている者たちの主体性と存在意義が薄れてしまうのだそうだ。度を越してしまえばその世界そのものの存在意義が失われ、やがて世界の存在があやふやになっていくらしい。そうなってしまえばその世界を作った神もろとも徐々に消滅するしかない。

 そのために、たいていの神は己の力や行動に自ら制約をつけているのだとか。


 つまりは、虹色女神イシュチェルの悪だくみを阻止したければ、僕たち自身の意志と力で何とかするしかないということ。更に言えば、その大原則を理解できていない虹色女神イシュチェルが調子に乗りすぎて自滅しないようけん制しなければならない。

 とてつもなく面倒だが、失敗すれば大勢の人命が失われ、生活を破壊される。慎重に取り組まなければならないだろう。


 面倒な夢から目覚めた僕が朝の勤務と訓練を終えて登校すると、コニーはもう教室で教科書を広げていた。


「おはよう。今日も早いね」


「ああ、早めに来て生徒会の業務を済ませてしまったからな。今日は教養科に顔を出さなくて良いのか?」


「うん、さっき様子を見に行ったらパブリカ令嬢と楽しそうに話してたから、今のところは大丈夫そう。お昼に先生の研究室に行こうって約束したからコニーも来る?」


「ああ。昼がつぶれるならお前も今のうちに予習しておけよ」


 そっか。お昼や放課後がつぶれるかもしれないから、朝早く来て生徒会の仕事や勉強を済ませてくれてたんだね。

 本来何の義理もないはずなのに、こうして時間を作ってくれるコニーには感謝しかない。


「ね、昨日の先生のお話だとコニーも狙われるかもしれないでしょ? お守り作ってきたから嫌でなければつけてくれる?」


「お守りなら前にもらったものを今も身に着けているが、あれでは足りんのか?」


 軽く袖をまくって見せてくれた左手首に見覚えのある飾り紐が結んであった。


「これ、入学前に渡したやつ……」


 もう五年近く前になるのに、まだ持っていてくれたんだ。

 少しだけ色があせているけれども、編み込んだ魔石の輝きは渡した時のままで、最初に封じた魔法がまだ生きている。

 

「これもちゃんと使えるんだけど、今回は精神操作系の魔法に対抗する術も組み込んでおいたんだ。一緒につけておいてくれる?」


 改めて、前に渡したお守りと一緒に彼の手首に巻く。忙しい彼をこうしてつきあわせてしまっているだけでも心苦しいのに、危険にさらしてしまっているのが申し訳ない。

 人間が相手ならばかなりの手練れだって後れを取らない自信はあるが、今回の敵は創世神イシュチェルだ。

 彼が一人の時に狙われたらきちんと守り抜けるのだろうか。


「大丈夫、必ず何とかなる」


 紐を結び終えると、コニーの穏やかな声が耳を打った。

 目を上げると目元がかすかに柔らかく緩んでいる。


「今までだってひどい災害や内乱をいくつも乗り越えてきたんだ。今回も絶対に大丈夫」


 目をしっかり合わせて力強くうなずいてくれると、不安でこわばっていた心が不思議とほぐれていった。


「そうだね、いつも通り自分にできることを一つ一つ重ねていくしかないね」


「その調子だ。俺も協力できることは協力するから、一人で抱え込まずに、見えている問題を一つ一つ解決していこう」


 いつもと変わらない、揺るぎのない言葉。初めて会った時からずっと支えられている気がする。


「いつもありがとう。僕、頑張るよ」


 少しだけ気持ちの余裕を取り戻した僕は、さっそく席について教科書を広げたのだった。

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