夢で遭いました。

 先生とやコニーに渡すお守りを作った夜のこと。


 いい加減、首吊り腐乱死体こと僕の主である大地母神イシュタムと遭えないかな~と思いながら眠りにつくと。

 珍しく願いが通じたのか、久しぶりに夢の中で我が主に遭う事が出来ました。


 やっぱり「会う」でも「逢う」でもなく「遭う」だよな~、と主のすっさまじい腐臭を嗅ぎながら思っていると、ふわふわした可愛らしい声で話しかけてくる。


「何だかとてもわたくしに遭いたがっていたようですが、どうしました? あなたならわたくしの助けなど要らないでしょう?」


「……いや何故か時間が巻き戻ってたりエステルが全くの別人になってたり……普通の人間として対処できる限界をとうに突破してると思うんですが」


 あれ?そこはかとなく機嫌が悪い?

 愛くるしい声でつむがれる言葉に珍しくトゲがあるような気がする。


「いやいや、眷属のくせに主を平気で腐乱死体扱いしたり、毒飲まされた女の子の喉にいきなり手突っ込んで毒物をみんな吐き出させたりできるあなたなら大丈夫!! きっと何とかなります!!」


 珠を転がすような可愛らしい声で満面の笑みを浮かべて力強く言われたけれども全然嬉しくない。やっぱり何か拗ねているんだろう。本当に珍しいことだが、言葉の端々にトゲがある。


 それが、声だけやたらと上品で可愛らしいもんだから、聞いていて余計に腹が立ってくるんだよね。

 いや毒吐かせた件については心より深く反省していますが、謝罪すべきは現エステルであってご主人様じゃないような気がひしひしと。


「いやでも、どこからどう見ても腐乱死体ですよね? なんか変な汁垂れてるし臭いスゴイし首こてんってするたびに目が物理的に零れ落ちそうになってるし」


「仕方ないでしょう? 腐ってるんですから」


「じゃあ腐乱死体扱いしても怒らないで下さいよ。実際に腐乱死体なんですから」


 相変わらず見た目は腐乱死体じゃなければ邪神、声はどこかのお姫様、中身は天然?な主にすっかりペースを飲まれている。

 いやまぁ、世界そのものだし人間風情がかなう相手じゃないんだけど。あ、僕の場合は「元人間」かな?


「とにかく、あのキラキラ根性悪がまた何か企んでるので、できれば力を貸してほしいんですけど」


「キラキラ根性悪ねぇ……確かにイシュチェルちゃん、ちょこっとムキになっちゃってるみたいですね。

最近ちょっと力がついたからって調子に乗って自分の世界の中に干渉しすぎだし。わたくしたちって基本的に世界を作ったり守ったりはするけれども、世界の中に直接干渉するにはそれぞれルールを決めて好き勝手に弄ばないように心がけてるんです」


「そうなんですか?」


 その割にはお二人とも気楽にほいほい顕現けんげんしているような気がひしひしとするんですが。


「どうしてもやろうと思えばできない訳ではありませんが、それをやってしまうと世界そのものの存在意義が揺らいで傷つくこともあるし、それが回りまわって世界の守護者である自分自身の力を殺ぐことにもつながるし」


「そうなんですか? あの虹色女神イシュチェルは前回も今回も好き勝手しているみたいだし、ご主人様が身動き取れないのはただ単に世界を内包しているせいかと思ってました」


「もちろん、わたくしがうかつに動き回ればわたくしが内包する世界の住民がただではすまないのは事実ですが、それだけの問題ではないのですよ」


 月蝕女神イシュタム様は困ったように腕を組むと、小首をかしげて解説を始めた。



「わたくしも、分身を顕現けんげんさせようと思えばできない訳ではありません。でもね、それ以前の問題として、好き勝手に神々が現世に関与して、何事も自分の思い通りにしてしまったら、その世界の中に生きているものたちの主体性が失われて何のために存在しているのかわからなくなるでしょう?」


「なるほど」


 僕たちは神々が好き勝手に動かせる玩具なんかではなく、あくまで主体性のある意志を持ったものだからこそ存在する意義があるというわけか。


「そうなれば、世界そのものの存在意義が失われて存在があやふやになっていくんです。だから神々はみんな自分自身にいろいろな制約を設けています。それが神と世界、双方の独立を維持して存在そのものを守るためだからです」


 だから神々が都合よく表れて彼ら自身の手で大きく歴史を動かすことはない。

 それがこの世界をはじめとする様々な世界に共通する大原則なのだ。


 ならば、頻繁に異世界から都合よく動かせる駒を連れてきたり、人々の前に姿を現して思いのままに操ろうとする虹色女神イシュチェルはかなり危なっかしい存在ではなかろうか。

 僕が思っていたより事態は深刻のようである。

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