薬物はやはりあれでした。

「とりあえず、今のクリシュナン嬢はそういった物騒な事には関わりたがらないようだが……わざわざ異世界から人を連れてきてるんだ、虹色女神イシュチェルとやらがそれだけで諦めるようなことはないだろう。これからどんな手を使ってくると思う?」


 そう、今の「エステル・クリシュナン」には「ヒロイン」としてこの国を混乱に陥れるつもりは全くない以上、そこで虹色女神イシュチェルの企みは終わってしまう……なら良いのだが。

 あの女神がその程度のことで諦めるようには思えない。


「やっぱり自分に都合よく動くようにデータをいじる……つまり洗脳しようとしてくるのではないでしょうか?」


 少し考え込んだのち、嫌そうに言い出したのはエステルだ。「データをいじる」という発想は僕たちにはあまりないものなので、こういう時には常識や価値観の違いを痛感する。

 『前回』のエステルとも全く違う印象だけれども、少なくとも技術体系や社会の在り方がこことは全く違う国から来たということだけは間違いなさそうだ。


「なるほどな。今回も薬を盛られておかしな暗示をかけられたようだし、やはり『イベント』とやらにかこつけて何か薬物を使って洗脳しようとしてくる可能性が高いな」


「そういえば薬物って結局検出できたんですか?」


 おそらく検査が終わったから話の輪に入ってこられたのだとは思うけれども、結果について伺うのをすっかり忘れてしまっていた。


「ああ、ばっちりだ。結論から言うとやはり盛られたのは天人朝顔だな。茶葉からも吐瀉物からもトロパンアルカロイドが数種類検出された。天人朝顔の花粉が混じっていたし、間違いないだろう」


「そういえば、いただいたお茶はお花や蜂蜜のような香りがしていました。とても甘かったです」


 やはり前回同様、天人朝顔が使われていたようだ。

 それを聞いてエステルも納得したようにうなずいている。


「前にポテスタースが言っていたように、天人朝顔の花と蜂蜜だろうな」


「蜂蜜作るってかなり手間かかりますよね? あの性悪女神イシュチェルが自分でせっせと作るとは思えないのですが。誰かに作らせるとしたらどこの誰だろう?」


 あの見栄っ張りな女神が農家のおかみさんのようにタオルを頭や顔にぐるぐる巻きにして蜂のお世話をしていたら、それはそれでなかなか面白い光景になりそうだけれども。


「他の植物の花粉はなかったから、温室か何かで天人朝顔の蜜だけを集めて作ったようだな。それなりの量を栽培して、温度や湿度も適切に管理しなければならないから、作る手間も馬鹿にならないだろう。『ヒロイン』に使わせるためだけにそこまでするかどうか」


「人間が作っているのであれば、何らかの形で『活用』されるはずだ、という事ですね」


 確かにそれだけの手間とコストがかかっているのだから、他にもいろいろと活用しなければ、かけた労力に合わない気がする。


「ろくな使い方ではないだろうが……やはり人身売買だろうか」


「暗示にかかりやすくなりますから、賭場で興奮状態の人に使っておかしな契約書にサインさせたりしそうですね。他には媚薬として使うか、麻薬の代わりにするか。暗殺に使うならもっと確実に殺せるものか、継続的に服用させて蓄積毒で病死に見せかけるものを使うでしょうし」


 今のところ、王都で幻覚作用や催淫作用のある薬物を多用した犯罪の情報はないと思うけど、念のため後で詰め所で訊いてみよう。

 組織犯罪を取り締まるうちの部隊にも時々薬物の情報は入るし、都市の風紀と衛生を保つ衛戍えいじゅを担当する部隊の方で何かつかんでいるかもしれない。

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