『裏設定』なるものがあるようです。
「どうしたの?書き出すのはわかる範囲でいいし、現実と違っていたらそれも大事な情報になるから何でも遠慮なく書いていってね」
急に手が止まってしまったエステルに声をかけたら、なんとも困ったような顔で振り向かれた。
「本当に大丈夫ですか? 王族の機密に関するような情報もありますし、プライバシーもあります。ポテスタース卿だって、安易に触れられたくない事がありますでしょう?」
「僕? 特に知られて困るようなことはあまりないと思うけど……」
「お師匠様のこととか」
「……っ!!」
なるほどね。
やはり
思わず息を飲んでしまったのは悟られたかどうか。
「クリシュナン嬢が必要だと思えば書いた方が良いかもね。でも、『ゲーム』と直接かかわらない事なら伏せておいても良いんじゃない? あなたの判断に任せるよ」
「全て『ゲーム』に関係はあると思います。普通は『対象者』の抱えるトラウマやコンプレックスを解消する方向で接することで『好感度』を上げますから。もっとも、通常のプレイに必要な『公式設定』の他に、コアなファン向けの『裏設定』もあって、ひどいトラウマになりそうなものはたいてい『裏設定』なんですが……」
にっこりと笑顔を作って『ゲーム』との関連を問えば、全て無関係ではないという答え。
なるほど、相手の心の傷をうまく利用することで好意を向けさせるのか。その製作者とやらはどれほど人の心をもてあそべば気が済むのだろうか。
冷静に言いながらも、気づかわし気な視線を僕とコニーに送ってくるエステル。何やら嫌な予感がする。
「その『裏設定』ってさ、僕以外にもあるの?」
「『攻略対象者』には全員あります」
「……」
なんてことだ。コニーにも僕にとっての師匠のような、何か人格の根源にかかわるようなトラウマが隠されているらしい。
そんなものを彼が抱えていること自体がショックだが、それ以上に彼の事を何も知らない自分が情けない。入学前、クセルクセス殿下の側近候補として選ばれて以来、陰に日向にずっと力になってくれているのに。
それをこんな形で思い知りたくはなかった。
本当に大切な人だからこそ、その心に土足で立ち入るような真似はしたくないし、誰にもされたくない。
それなのに、そんな心の底にしまってある重荷を単なるゲームのデータとして扱われていることがやりきれない。
製作者にとって僕たちはあくまでただの駒の一つで、生きた人間ではないのだということを痛感する。
「『攻略』に必要不可欠というわけではないならば、いったんは『公式設定』だけで良いでしょう。お手数をおかけしますがよろしくお願いします、クリシュナン嬢」
結局はエステルの様子を見て何か悟ったらしいコニーの提案で、いったん『公式設定』だけ書き出してもらうことになった。『裏設定』は後でどうしても必要になった時に見せてもらうことにする。
おかげで『攻略対象者』である僕たちの抱えている『心の闇』とやらも暴かれずに済んでほっとした。
コニーの言葉にうなずいたエステルは、もう迷うことなく次々と紙面を埋めていく。
どうやら『イベント』も『公式設定』も盛りだくさんらしい。
さて、いったいこの先どんな『イベント』が待ち受けていることやら。
楽しみなような、怖いような、複雑な気持ちで彼女がペンを走らせるのをしばし見守っていた。
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